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(2)NME

 

「高用量投与中のマウスとラットの有毛細胞に微小な毛の再生が認められました」


 ニタスの声に誰もが身動きできないでいた。

 固まっていた。

 喜びが大きすぎて声が出なかったのだ。


「最上博士の仮説が証明されました」


 ニタスが最上の手を握った瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が会議室を包み込んだ。研究員同士が肩を叩き合い、中には涙ぐんでいる者もいた。


「やりましたね」

「やったね」

「やった、やった」


 皆の興奮が落ち着くと、ニタスが今後の計画を話し始めた。


「この誘導体の薬効は遅効性だと思われます。なので、あとから合成した新規誘導体の時のように再生した毛が急に太くなるということはないと思われます。しかし、基本骨格が近似しているので、再生した毛が徐々に太くなる可能性が絶対にないとは言えません。そこで」


 ニタスは今後の実験計画を白板に記した。


 ・高用量群→投与を中止して再生毛に変化があるかどうか観察を続ける。

 ・中用量及び低用量群→投与を継続して再生毛が生じるかどうか見極める。


 最上はこの誘導体に『NME』という名を付けた。

 Nは誘導体を合成したニタス博士のN。

 Mは仮説を立てた最上のM。

 Eは最上の声に反応してくれたマウス「エミ」のE。

 そして、日本から愛情を送り続けてくれている笑美のEでもあった。


        *


 その後の観察で、投与を中止した高用量群は再生毛が抜け落ちることなく、太くなることもなく、状態が維持されていることが確認された。

 中用量群は、高用量群から半年遅れて毛の再生を認めた。

 低用量群はなんの変化も見られなかった。


「前臨床試験が間もなく終了します。NME高用量群は毛の再生後1 年間、その状態を維持していますし、毒性もなんら認められません。本来なら、この結果を持って健常人による第一相臨床試験を始めたいところですが、骨格の似ている新規誘導体で発現した〈聞こえすぎによるショック死〉が気になります。慎重を期して、チンパンジーでの投与実験と作用機序の解明をすべきと考えますが、どう思われますか」


 考えるまでもなかった。慎重には慎重を期さなければならない。ショック死などという悲劇が起こってはならないのだ。全面的に賛成すると伝えた。


「チンパンジーでの投与実験中に、なんとしても作用機序を解明しなければなりません」


 ニタスは、NMEが毛を再生させる機序と、その再生毛が成長しない機序の解明ができなければ、人への投与はできないと強調した。


 当然、これにも同意した。このハードルはなんとしてでも越えなければならない。どんなに高いハードルであっても越えなければならないのだ。


 大きな課題が残されていたが、アメリカ製薬と最上製薬は両社合意の上、合弁研究所の共同研究期間を10年に延長すると共に、チンパンジーへの投与実験を始めることを決定した。有毛細胞の毛が抜け落ちた難聴モデルのチンパンジーへの経口投与実験だ。今回も用量別に3群に振り分けた。


 最上は高用量投与中のメスのチンパンジーには「エミ」、オスのチンパンジーには「スナッチ」と名づけて、アメリカにいる時は毎日彼らに声をかけ続けた。



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