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(2)キーボーの想い

 

「木暮戸令です」


 目の前に座る長髪の若者が頭を下げた。


 木暮戸……、

 あのキーボーの息子……、


 彼の顔を見つめたまま声を出すことができなかった。


 こんな縁があるのだろうか?


 学生時代バンドを組んでいたメンバーの息子と自分の娘がデュオを結成しているという不思議な現実をまだ信じられないでいた。


 それにしてもよく似ている……、


 キーボーの若い頃と顔つきがよく似ていた。というか、そっくりだった。そんな心の声が聞こえたのか、「オヤジ似だと、よく言われます」と彼は頭を掻いた。


「お父さんは今もアメリカ?」


「はい。録音エンジニアをしています」


 ビフォー&アフター解散後、エレガントミュージック社と専属契約を結んで録音エンジニアとして働いていたが、その後アメリカに渡り、大手録音スタジオのエンジニアになったことまでは知っていた。


「僕がジュニアハイスクール在学中に両親が離婚し、僕は母と共に日本に帰ってきました。そして、偶然にも麗華さんと同じ高校になり、今は同じ大学に通っています。音楽の志向が似ていたこともあって、自然とバンドを組むことになりました。REI&REIKAというバンド名で活動しています」


「それで、お父さんは……」


「アメリカ人と再婚しました。今は、ワシントンD.C.に住んでいます」


 ワシントンD.C.……、


 すぐに最上の顔が思い浮かんだ。


「お父さんは日本に帰ってくることはあるの?」


「いえ、忙しくてスタジオに(こも)りっ放しです。夕方家を出て朝方帰ってくる生活を続けています。録音はいつも深夜なので」


 そこで彼の顔が曇った。


「それが原因で、長期に渡って両親の生活がすれ違ったことが原因で離婚することになったと母から聞きました」


「そうか、そうだったんだ……」


 これまで音楽業界で活動する人間の悲しい行く末をいくつも見てきた。それは、華やかな外面とは違う厳しい現実だった。一流になればなるほど、人気が出れば出るほど、プライベートとのバランスが難しくなるのだ。


 キーボーの苦悩は、そして奥さんの虚しさはどのくらい深かったのだろうか? 


 それを考えると、深海に引きずり込まれるような感覚に陥った。


 口論が続いたのだろうか、

 それとも、(ののし)り合いになったのだろうか、

 それとも、キーボーが手を出すようなことがあったのだろうか、

 それに対して奥さんも反撃したのだろうか、

 それとも氷のような冷たい表情で互いを無視するように暮らしたのだろうか、


 そんなことを想像すると居たたまれなくなった。だから話題を変えようと思ったが、彼の近況が知りたいという欲望に勝つことはできなかった。


「お父さんとはもう会っていないの?」


「いえ、年に2回、夏休みと冬休みに僕がアメリカに行ってオヤジの家に泊まっています。何度誘っても母は行きませんが」


 また彼の顔が曇った。


 その表情を見て、部屋の空気がどんよりと沈んだように感じた。だからそれを打開できる話題を探したが、何も思いつかなかった。それは麗華も同じようで、視線を彼に向けてはいたが、口を開くことはなかった。


 そんな重苦しい雰囲気が漂う中、救世主が現れた。「ちょっと早いけど、夕食にしませんか?」という妻の明るい声だった。

 それでホッとして彼をダイニングの方へ誘ったが、彼は席を立とうとしなかった。遠慮しているのが表情に現れていた。


「若い人が遠慮するもんじゃないよ」


 なっ、という視線を麗華に投げると、麗華の表情が柔らかくなって、こくんと頷いた。

 それを見た彼が渋々という感じだったが立ち上がった。すかさず彼の腕を取ってダイニングテーブルの椅子に誘導した。


「一杯どう?」


 注ごうとしたビールを彼は手で制した。


「ありがとうございます。でも、酒は飲まないことに決めていますので」


 両親の離婚の原因は生活のすれ違いだけではなく父親の飲酒にもあったと、辛そうに口を開いた。


「仕事が終わって家に帰ってくると浴びるように酒を飲んでいました。半端ないストレスに晒されている仕事から解放されたかったのだと思います。録音に関する仕事はとても緊張を強いられる繊細な仕事ですから。でも、それだけではなく……」


 そこでうつむいた彼を、心配そうに麗華が見つめた。


「悔しかったのだと思います。オヤジが本当にやりたかった仕事はエンジニアではなくミュージシャンだったからです。他人の演奏を録音するのではなく、自分の演奏を録音してもらう立場になりたかったのです」


 その気持ちはよくわかった。

 十分すぎるほどわかった。


「家にいる時はビフォー&アフターのレコードをかけていました。ミュージシャンだった頃の幸せな時を思い出していたのだと思います。レコードジャケットの写真を見ながら、スナッチ、ベス、タッキー、と呟いていました。オヤジにとって最高の思い出なんでしょうね」


 寂しそうな笑みを浮かべた。


「仕事バカで、大酒飲みで、夫としては失格のオヤジでしたが、僕には最高の父親でした。ロック、ジャズ、クラシック、ボサノヴァ、ポップスなど、様々な音楽を聴かせてくれましたし、ピアノ、シンセサイザー、ギターなど色々な楽器の演奏方法を教えてくれました。それに、コンピューターを使った楽器の打ち込み方法も教えてくれました。更に、作曲についても多くのことを教えてくれました。オヤジは……」


「君をミュージシャンにしたかったのだね」


 彼は大きく頷いた。

 そして、いきなりテーブルに両手をつき、額をこすりつけた。


「麗華さんと2人でデビューすることをお許しください。そして、御社からCDを出させて下さい。お力をお貸しください。お願いします」



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