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(2)桜とステーキとハードロック

 

 八方塞がりになって、どうしようもできなくなった最上は、気分転換をするために散歩がてらポトマック河畔に出かけた。


 快晴だった。

 そして、美しい花が盛りを迎えていた。

 その美しい花は、桜。

 日本から移植された桜が満開だった。

 1912年にたった2本植樹された桜苗木が大きく育つと共に、その後も日本から寄贈が続けられ、その数は今では3,500本を超えているという。日本でも見たことがないような見事な桜並木が目を釘づけにした。


 ポトマック公園では全米桜祭りが1か月間に渡って開催され、この日はマーチングバンドの演奏に合わせてチアリーダーたちが見事な踊りを披露していた。

 そして、日本食のブースに大勢のアメリカ人が列を作り、鮨やラーメン、焼きそばやお好み焼きなどに舌鼓を打っていた。家族連れも恋人たちも皆楽しそうな笑みを浮かべていた。

 それを見て、心が癒されていった。そのせいか、「桜と日本食か~、やっぱり最高だよな」と思わず独り言ちてしまった。

 すると、そんなにお腹が空いているわけではなかったが、郷愁に誘われて無性に食べたくなった。アメリカ人の列に並んで、お好み焼きを買い、河畔のベンチで味わった。


 広島風お好み焼きだった。キャベツ、もやし、豚肉、卵、そして、なんと言っても焼きそば麺。それに、このソースの旨いこと。笑顔の和風美人がシンボルマークとなったこのソースのまろやかな甘さが味蕾を刺激し、今アメリカに居ることを一瞬忘れてしまいそうになるくらいの口福に満たされた。


 あ~、幸せ。


 また独り言ちた。


 心が温かくなった最上は、川面に映る桜を見つめながら愛妻・笑美の顔を思い浮かべた。すると、「大丈夫、きっとうまくいくわよ」と笑美の声が聞こえたような気がした。


 そうだね、大丈夫だよね。


 頷きながら、また独り言ちた。


        *


 その夜、気合を入れるためにステーキ店に足を運んだ。ガッツリ食べたい気分だったので、Tボーンを900グラム注文した。


 ウエイターが運んできた大皿には、どでかい肉の塊が鎮座していた。50歳を超えた自分にこの肉の塊が食べられるだろうか? と一瞬不安になったが、覚悟を決めた。


 勝負だ! 


 ベルトを緩めて、一心不乱に(むさぼ)った。

 ガツガツと貪った。

 休憩なしで貪った。

 そして、食べ終わった時には赤ワインをボトル一本空けていた。最上はまるでライオンが舌なめずりをするように、口に付いた赤ワインを舌で拭った。


 ウォ~~~! 


 体の内側からほとばしる咆哮(ほうこう)を必死になって抑えた。

 しかし、抑えても抑えても内なる咆哮は止まらなかった。

 野獣のような猛々(たけだけ)しさが体中に漲っていた。

 不可能なことは何もない、そんな気持ちになっていた。


 ステーキ店を出てしばらく歩くと、若者がたむろする店が目に入った。

『ハードロック・クラブ』

 激しい音楽を聴きながら踊る店のようだ。ハードロックには興味がなかったが、今夜は身を委ねたい気分だった。


 店内に入ると、耳をつんざく程の大音量に襲われた。その曲に合わせて若い男女が体を激しく揺らしていた。その姿に見入っていると、長髪のヴォーカルがサビを歌い始めた。


 あっ!


 思わず声が出た。よく知っている曲だった。ディープパープルの『ハイウェイスター』。スナッチが大好きな曲で、彼の部屋でよく聴いたし、大学祭で彼が速弾きをしてカッコよく決めたのも鮮明に覚えていた。


 スナッチ~! 


 大声で叫ばずにはいられなかった。体も勝手に動き出した。わけもわからず無茶苦茶に踊った。そして、そのバンドの演奏が終わるまで踊り続けて店を出た。


 店を出ると、何か変だった。


 あれっ? 


 耳の奥でキーンという音が鳴っていた。


 ヤバイ! 


 大音量に晒し過ぎた。

 耳の状態が心配になった。

 すると、スナッチのことを思い出した。

 彼の耳鳴りの原因は大音量だった。


 ヤバイ、ヤバイ! 


 静かなところで耳を休ませなくてはと思い、両手で耳を押さえて外からの音を遮断した。そして、静かに休める店を探した。



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