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最上極(1)

 

 社長になってからも多くの時間をアメリカで過ごしていたが、あの日以来、頭の中は耳鳴りと難聴のことでいっぱいになっていた。親友を救いたい、老人を救いたい、耳鳴りや難聴を解決したい、その想いがどんどんと湧き出していた。それは、使命感が弱気の虫に勝ったことを意味していた。


 しかし、手掛かりはまったくなかった。アメリカのベンチャーで耳鳴りや難聴にアプローチしている企業は数社あったが、どの研究も途中で頓挫(とんざ)していた。人脈を頼って大学や研究機関の情報を探しても、目ぼしいものは何も見つからなかった。


 そんなある日、新聞を読んでいたら、発毛剤の開発物語に目が留まった。日本でも最近発売されて話題になっている発毛剤だった。当初は血管拡張作用に注目して高血圧症の適応取得を狙って開発されていた薬だったが、副作用として発現した発毛に注目した研究者がいて、その人の努力が実り、世界初の医療用経口発毛剤として発売されたのだ。


 その経緯はよく知っていた。だから、そのことに興味はなかった。注目したのは、開発途中で捨てられた成分のことだった。

 一つの薬を開発する途中で、誘導体と呼ばれる様々な化合物を作成する。その一つ一つの安全性や有効性を確認し、その中から安全性と有効性が最も高い化合物を選び出すのだが、その過程で多くの誘導体が表舞台から消えることになる。

 しかし、その中に宝が潜んでいる可能性がある。その当時のニーズや技術で判断できないお宝があるのだ。


 もしかして……、


 新聞の記事を詳読した。すると導かれるように、インタビューを受けた研究者の言葉に目が止まった。


「今、振り返ると、発毛効果に注目できたのはとても幸運だったと思います。当初、誰もが副作用と考えていたものを発想の転換で主作用としてアプローチできたのですから。…………。数多くの誘導体を作成しましたが、ほとんどは発毛効果が低いものばかりでした。中には、産毛はよく生えるのに太く育たないものもありました」


 産毛はよく生える、


 その言葉に釘づけになった。


 もしかして……、


 新聞を持つ両手が震え出した。ぶるぶると震えるのを止めることができなくなった。


        *


 何度電話しても、色よい返事は貰えなかった。発毛剤を開発した研究者に面会の申し込みをしていたが、断られ続けているのだ。彼と話すことさえできなかった。秘書の段階で止まってしまうのだ。


「現在、大変忙しく、お目にかかる時間を取ることができません。大変申し訳ないのですが、ご了承ください」


 秘書の返事はいつも同じだった。

 もちろん、諦めずに食い下がった。粘りに粘った。


「わたしは怪しい者ではございません。最上製薬の社長であり、アメリカの大学院で博士号を取得した研究者でもあります。ほんの短い時間だけでも結構ですので、なんとかお時間を作っていただけないでしょうか」


 しかし、秘書の返事は丁寧ではあったが、冷たいものだった。


「大変申し訳ございませんが、何度お電話いただいても同じお返事しかできません。本当に時間が取れないのです。ご了承ください」


 そして、電話を切られてしまうのだ。

 もう10回以上同じ事を繰り返している。

 これ以上続けても埒が明かないことは明白だった。

 別の方策を考えなければならなかった。

 だからあらゆる伝手を探し回ったが、人脈にその研究者と繋がっている人はいなかった。

 なんの進展もないまま悪戯に時間だけが過ぎていくのを甘受するしかなかった。



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