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ビフォー&アフター

 

 エレガントミュージック社の応接室を出た3人の表情は完全に萎れていた。

 轟と会うまではレコードデビューのことしか考えていなかった。契約書にサインするためのカッコいいボールペンを新たに買って持ってきたし、印鑑まで持参していた。

 しかし、予想外の展開に言葉を失くした。あれほど胸が高鳴っていたのに、今は心臓が動きを止めているのではないかと思うほど存在感を無くしていた。今後のことを相談するために駅前の喫茶店に入った。


「どうする?」


 タッキーがベスに視線を向けた。


「まさかね……」


 ベスがキーボーを見た。


「前座の話だとは思わなかったよな~」


 キーボーがうな垂れた。


「でも、プロへの扉が開いたことは間違いないよね」


 タッキーが鼓舞しようとした。


「それはそうだけど……」


 ベスの声が沈んだ。


「ドサ回りだからな~」


 キーボーがため息をついた。


「じゃあ、やめるか?」


 タッキーが語気を強めた。


「それはちょっと……」


 ベスが戸惑ったような声を出した。


「親に相談してみようか」


 キーボーが頼りなげに言った。


「そんなことしても意味ないだろ。反対されるに決まってんだから」


 タッキーが気色ばんだ。


「確かに。オフクロに泣かれるのは目に見えてるしな」


 ベスが何度も首を横に振った。


「まあな。自分を何様だと思っているんだ! 世間はそんなに甘いもんじゃない! いい加減に目を覚ませ! とかなんとか言われそうだよな」


 キーボーが両手を広げて、肩をすくめた。


「当然だよ。留年したと思ったら今度は音楽で飯を食いたいだと? 何を考えているんだ! って雷を落とされるのがオチに決まってる」


 タッキーが顔をしかめて、ブルブルッと顔を振った。


「家出するしかないか……」


 キーボーがため息交じりに呟いた。


「母さん、泣くだろうな~」


 ベスの顔が曇った。


「参ったな~」 


 それまで強気だったタッキーが頭を抱え込んだ。


「やっぱり断るしかないよな~」


 キーボーが力なく呟いた。


「ドサ回りだからな~」


 タッキーが肩を落とした。


「やっぱり無理だよな~」


 ベスが諦め顔になった。


        *


 1週間後、エレガントミュージック社に出向いた3人は、神妙な面持ちで轟に向き合った。


「わかりました。残念だけど仕方が無いわね」


 彼女があっさりと諦めた。少しは引き止めてくれると思っていた3人は顔を見合わせたが、今更どうしようもなかった。「済みません」と謝った。


 すると彼女は苦笑いのような表情を浮かべたあと、「まあ、縁がなかったということで」と言って何故かさっぱりとしたような表情に変わった。その時、同席していた男性社員が彼女に声をかけた。


「このポスター、無駄になっちゃったね」


 彼は試作段階のようなポスターを手にしていた。そのポスターに写っていたのはエレガントミュージック社所属の中では最も人気のあるバンドで、全国ツアーを告知するものだった。

 しかし、それだけではなかった。そのポスターの下のスペースには、『期待の新進バンド「ビフォー&アフター」初登場!』と書かれてあった。


 それを見た瞬間、アッ! という声が3人同時に漏れた。


 しかし、そんな様子を気にもしないように、「もういらないから」と言って、破るような仕草を彼女がした。


「そうだね」


 彼は手に持ったポスターを破ろうとした。


「待ってください」


 タッキーがテーブル越しに彼の両手に飛びついた。タッキーが彼の手を封じている間に、ベスが彼の指を一本一本緩めていった。それを見たキーボーがゆっくりとポスターを下の方に引っ張った。彼の手からポスターが離れて、キーボーの手の中に納まった。丸まったポスターを3人でゆっくり広げて、改めて下のスペースを凝視した。


『期待の新進バンド「ビフォー&アフター」初登場!』


 3人が轟を一斉に見て詰め寄った。


「やります。やらせて下さい。お願いします」


        *


 話が決まればそのあとは早かった。ツアーに向けての準備がどんどん進んでいった。それはまるで既定路線に乗っかっているようだった。すぐにギタリストを紹介されたのだ。凄腕のミュージシャンだと言われたが、そんなふうには見えなかった。髪はくしゃくしゃだし、ジーンズはヨレヨレだった。


 しかし、初めて音合わせをした時に驚いた。プロのギタリストのギターワークは流石に凄かった。スナッチとはタイプの違うギタリストだったが、そのテクニックは超一流と言っても過言ではなかった。


 すぐさまスタジオに籠って練習に明け暮れた。年明けから始まる全国ツアーが目前に迫っていた。前座として成功しなければその次はないことを肝に銘じて、覚悟を決めて練習に没頭した。そして、何度も誓い合った。


「スナッチ、俺たちは必ず成功する。お前がプレゼントしてくれたロンリー・ローラでデビューするからな」



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