(8)デモテープ
翌日、部室に行くと、何事もなかったように3人が迎えてくれた。
あの日の陰険なムードは完全に消えていた。
「どうも」と言って、自分の定位置に座った。
4人でカセットテープを聴いたあと、コード進行を説明した。
「Cm→A♭→B♭→Cmの循環で始めて、サビは、E♭→F→G7→E♭→F、そして……」
それ以外にも何か所か確認したあと、ギターでイントロのリフを弾いて、ベースラインを、次に、ドラムを、そしてキーボードをと順に音を合わせていった。それが終わると、ヴォーカルパートについて説明をした。
「キーボーがリードヴォーカルを、ベスがハーモニーをつけてください」
2人は、わかったというふうに頷いた。
これ以上確認することはなかった。タッキーに視線を送ると、「ワン、トゥー、スリー、フォー」とスティックを叩きながらカウントを始めた。
それを合図に演奏が始まった。イントロを弾き終わると、歌が始まった。サビの部分でキーボーの高音が伸び、掛け合いのようにベスのハスキーヴォイスが絡んできた。ドキッとするくらいスリリングな絡みに気持ちが乗ってきた。間奏のギターを弾き始めると、連符の速弾きが決まった。
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練習を繰り返して完成の域に達したところでスタジオを借りた。デモテープを作るためのレコーディングをするためだ。8トラックのプロ仕様オープンリールに幾つもの音を重ね、ハーモニーは念入りに吹き込んだ。そして、イントロとエンディングのギターはツイン・リードで決めた。
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デモテープをレコード会社に送った。
その数は10社以上だった。
しかし、どこからも返事はなかった。
待てど暮らせど、なんの連絡もなかった。
全国のアマチュアバンドが自作曲を録音してレコード会社へ送ると自動的に新人発掘部門や企画部の担当者に届けられることになっているらしいが、その数が半端ではないことは知っていた。だから、担当者が聞くことができるデモテープはほんの僅かだということも知っていた。ほとんどが開封されないまま段ボールの中に放り込まれていると聞いたこともある。確かに、どこの馬の骨ともわからないアマチュアバンドのデモテープを積極的に聞こうとする担当者はいないかもしれない。
しかし、余りにも遅すぎると思った。まさか段ボールに詰め込まれてほったらかしにされていることはないだろうが、日が経つにつれて焦りの気持ちが強くなっていった。デモテープの出来に自信があっただけに、その反動は強かった。