表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/103

(5)最後通牒

 

 採用面接から少し経った日の午後、意を決して部室に向かった。プロへの挑戦を断ることを告げるためだ。


 部室に入ると、彼らが待ち構えていた。

 いつもの椅子に座ったわたしは、突き刺さるような視線を避けて、うつむき加減で声を絞り出した。

 彼らは腕組みをして睨みつけるような目で聞いていた。


「済みません」


 エレガントミュージック社からの採用通知を右手に握りしめたまま、頭を下げた。


「なんでだよ~」


 タッキーがやり切れないというような表情で言葉を吐き出した。


「留年までしたのに」


 ベスが虚ろな目で天井を見上げた。

 キーボーは何も言わず窓の方を見ていた。


「済みません」


 掠れた声でもう一度言うと、その後は沈黙が続いた。

 永遠に続くかと思うほど長い沈黙だった。息苦しさに窒息しそうで、逃げられるものなら逃げ出したかった。血が出るかと思うほど唇を噛んだ。


「俺たちは、やるよ」


 沈黙を破ったのは、キーボーの絞り出すような声だった。


「スナッチがいなくても、俺たちはやるんだ」


 そしてタッキーとベスに向かって、「やるよな、俺たちだけでも」と念を押した。2人は当然というように大きく頷いた。


 何も言えなくなってうつむくと、「これっ切りだな」という声が耳に届いた。タッキーの最後通牒(つうちょう)だった。


 顔を上げると、ベスが頷いていた。

 キーボーは睨みつけるような目で見ていた。


「済みません」


 それ以外の言葉が見つからなかった。


「済みません」


 ただ頭を下げるだけだったが、ギーという音がしたので顔を上げると、部室のドアが開いて、出ていく姿が見えた。

 バタンとドアが閉まって見えなくなると、大事な宝物を失ったような気がして、目の前から光が消えたように感じた。

 頭を抱えてしゃがみこんだ。

 そして、動けなくなった。


        *


 3人と別れたあと、家に閉じこもった。大学に行く気がまったくしなくなった。

 しかし、家に居ても何も手に付かず、ほとんどの時間ボーっとしていた。卒論の仕上げに取り掛からなければならなかったが、集中することはできなかった。

 それに、断っておきながら、バンドへの未練を断ち切れないでいた。あんな別れ方をしたままで終わらせたくはなかった。悶々とした日が過ぎていった。


 卒論にまったく手が付かなくなったので、ギターを弾くしかすることが無くなった。アンプに繋ぐわけにもいかないので、しょぼい音しか出せなかったが、それでも机に向かっているよりはましだった。

 しかし、気がつくとバンドの持ち歌を弾いていて、これは逆効果になってしまった。彼らとの思い出が次々に浮かび上がってきて切なさが募ってきた。


 何をやってもダメだ……、


 ギターを置いてベッドに倒れ込むと、天井のクロスの小さなシミが見えた。

 ため息が出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ