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(3)面接順?

 

 面接当日の朝を迎えた。

 天気は良くなかった。曇り時々雨という予報が出ていた。


 大事な日なのに……、


 空に向かって恨み言を投げたが、空は機嫌が悪いままどんよりとしていた。


 台所に行くと、母親が朝食の支度をしていた。

 カツカレーだった。

 大の付く好物だった。

 それに、縁起を担いでくれたのが嬉しかった。

 スプーンですくって口に入れて、勝つ! 勝つ! 勝つ! と気合を入れながら肉を噛み砕いた。ご飯と共にカレールーを流し込むとスパイスが効いて胃が覚醒してきて、うっすらと汗が額に浮かんだ。


 母親は黙って見ていた。

 食べ終わって無言で席を立つと、「忘れ物が無いようにね。それと、傘を持っていってね」と心配そうな声で念を押された。


        *


 会社には早めに着いた。

 それには理由があった。

 受付でトイレの場所を聞き、小走りで向かった。

 毎朝必ず食後に便通があるのだが、今日はなんの音沙汰もなかった。

 だから、家で粘るのを止めて面接会場で頑張ることにしたのだ。

 下半身に違和感を抱えた状態で面接に臨みたくなかったので、時間ギリギリまで踏ん張った。

 しかし、便意は催さなかった。僅かばかりのガスが排出されただけだった。


 面接中に便意を催しませんように! 


 祈るような気持ちでトイレをあとにした。


        *


 待合室には自分を入れて5人の学生が椅子に座っていた。

 面接順は5番目だった。

 緊張して座っていると、横の学生2人が親しげに話し始めた。

 聞き耳を立てていると、同じ大学のバンド仲間だということがわかった。

 自信があるのか、とても落ち着いた声で話していた。

 それに比べてこっちは更に緊張が増していた。

 心臓の音が聞こえてきそうだったし、口の中はカラカラに乾いていた。

 唇も同じだった。舌で舐めたが、僅かな湿り気しか与えられなかった。


 待合室のドアが開いて1人目が呼ばれた。

 名前は湯島だった。

 落ち着いた様子で部屋に入っていった。

 すると、それほど時間が経っていないのに、隣接する面接会場から笑い声が聞こえてきた。

 盛り上がっているようだ。

 更に緊張が増した。


 20分ほど経ってドアが開き、出てきた彼が丁寧にお辞儀をしてドアを閉めた。そして、こちらの方には目もくれずに部屋から出ていった。


 2人目が呼ばれた。

 名前は早稲田だった。

 彼も落ち着いていた。

 部屋に入って1分も経たないうちにまたもや面接会場から笑い声が聞こえてきた。

 2人目も盛り上がっているようだ。

 それを聞いていると一層緊張が高まってきた。自分の時もこんなに盛り上がるのだろうかと焦りが募ってきた。

 それでも、こんな状態ではだめだと思って心を落ち着かせようとした時、隣に座っている2人の小声が耳に入った。


「おかしくないか?」


 声のした方を見ると、大柄の学生が顔をしかめていた。


「なにが?」


 小柄な学生が首を傾げた。


「何がって、面接順って普通、アイウエオ順だよな。なのに、1番目が湯島で2番目が早稲田って……」


「あっ、本当だ」


 大柄の指摘に小柄が大きく頷いた。そして、小柄が大柄の顔を指差して、「お前が青山で、俺が小金井だから」といって、こっちのネームプレートを見た。


「3番目からはアイウエオ順か。ということは……」


「最初の2人は別枠かもしれないな」


「別枠?」


「ああ。間違いない」


「それって」


「コネだよ、コネ。間違いなくコネ」


「嘘だろ。じゃあ、この面接って形だけなのかよ」


「ああ。その可能性は高いな。でもな、それだとあとでばれたらヤバいから、少なくとも1人は正式な面接で取るんじゃないかな」 


「1人か~」


 2人は顔を見合わせてため息をついた。


 1人……、

 若干名ではなく1人……、


 衝撃を受けた。と同時に最高潮に達した緊張が体を金縛り状態にした。

 その上、最悪なことに下腹部の違和感が蘇ってきた。我慢するしかなかったが、少しして面接会場から出てきた早稲田の満足そうな顔を見た瞬間、膨満感が増した。ガスが今にも出てきそうでメチャヤバかった。お尻の穴をギュッと締めて堪えた。


「それでは、青山さん、お入りください」


 女性社員に呼ばれて、大柄の彼が入室した。しかし、前の2人のような笑い声は聞こえてこなかった。


 20分後、部屋から出てくると、小金井に近寄って耳打ちをした。


「地方の営業でもいいかって聞かれたから、『私はディレクター志望です』って断った。お前も自信を持って面接しろよ」


 小金井が頷いて、小さな声で「サンキュー」と言って面接室に入っていった。

 その瞬間、我慢できなくなって立ち上がり、トイレに急いだ。下腹部の違和感が限界だった。

 でも、音沙汰はなかった。またしてもガスが申し訳程度に出ただけだった。


 時計を見た。

 まだ少し余裕があった。

 個室の中で面接時の受け答えについて思いを巡らせた。「地方の営業でもいいか?」と聞かれた時の対応を考える必要があったからだ。

 今まで自分の中に営業という選択肢はなかったが、それを断った時のリスクを考えると、柔軟な対応をしなければならない。希望部署とは違っていても、相手の期待に応えることが重要だと言い聞かせた。今日は人生を決める面接なのだ。夢みたいなことを考えていてはいけない。


 よし! 


 思い切り気合を入れた。すると、溜まっていたガスが一気に出て、お腹がすっきりした。


 大丈夫だ!


 自らに言い聞かせて待合室に戻った。



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