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(2)生き残った……、

 

 気がつくと家に辿り着いていた。ハッとして郵便ポストの中を見たが、何も入っていなかった。しかし、そのことになんの感情も起きなかった。


 インターホンを鳴らしても応答はなかった。母は買い物にでも行ったのだろう。ジーパンのポケットから鍵を取り出してドアを開けると、しんと静まり返った玄関が迎えてくれた。すると、先程の疑問が蘇ってきた。そして、「ご愁傷様」という声も。


 一瞬立ち尽くしたが、思い切り頭を振ってそれを消し、台所へ直行して、冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出した。持つと軽かったのでコップには注がず、容器に直接口を付けて飲み干した。

 そこで手が止まった。いつもは中をゆすいできれいにした上で容器を開いた状態にするのだが、今日はとてもそんな気が起こらなかった。そのまま流しに置いて、居間に行った。


 テーブルを見ると、郵便物やチラシが無造作に置かれてあった。もしかしてと思って手に取ったが、待ち焦がれている物は見つからなかった。すぐに出て、階段を上がった。


 自分の部屋に入って、ドアを閉めた。いつもなら真っ先にレコードをかけるのだが、今日はベッドに倒れ込んだ。目を瞑っても眠れるわけはないので、ボーっと天井を見ていた。


 どれくらいボーっとしていたのかわからないが、電話の鳴る音が聞こえた。慌てて起き上がって部屋を出たが、階段の中ほどまで下りたところで音が止んだ。それでももう一度鳴るかもしれないと思ってその場で待ったが、二度と鳴ることはなかった。

 仕方なく部屋に戻って、またベッドに横になろうかと思ったが、枕カバーに付いた抜け毛に笑われたような気がしたのでその気が無くなった。机の椅子に腰かけると、目が長方形のものを見つけた。


 手に取った。

 名前が書いてあった。

 須尚正様。

 裏返すと、差出名が書いてあった。

 エレガントミュージック社。

 見た瞬間、息が止まった。

 息を吐くことも吸うこともできなかった。

 両手で持ったまま差出名を見続けていると、胸がグ~っと詰まってきた。

 限界に達した時、やっと息を吐き出すことができた。

 そして肺いっぱいに息を吸った。


 ハサミで封書の上部を切って、中から手紙を取り出した。

 三つ折りになったものを開くと、書類選考を通過したということが書かれてあった。

 その下に面接の日時が記されていた。

 何度も読み返した。

 しかし、現実のこととして受け止められなかった。

 右手で頬を抓った。

 痛みを感じなかった。

 やっぱりこれは現実ではない。

 でも、夢とは思いたくなかった。

 今度は唇を思い切り抓った。

 痛かった。

 声が出そうになるくらいマジに痛かった。


 本当なんだ……、


 じわじわと実感が沸いてきた。

 それでも喜びは湧いてこなかった。

 ヤッターという強い感情も湧いてこなかった。

 心の中に現れたのはたった一つの言葉だけだった。

 本当にそれだけだった。

 それしか湧いてこなかった。

 その言葉は心の中でしばらくとどまっていたが、何かに押されて歯の裏側まで移動してきた。

 そして、息が漏れるように静かに吐き出された。


 生き残った……、



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