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最上極

 

 桜が満開だった。大学の構内も近くを流れる川の両脇もソメイヨシノのピンクが空に映えて、幸せな春の到来を告げていた。早咲きの寒緋桜(かんひざくら)河津桜(かわずざくら)の濃い色を好む人も少なくないと思うが、ソメイヨシノの頼りなげな薄いピンクはなんとも儚げでいじらしく、思わず手を差し伸べたくなるような、庇護してやりたくなるような、そんな気持ちを抱かせられる人も多いのではないかと思う。


 それはともかく、この季節が一番好きだ。厳しい冬を乗り越えて迎える暖かく穏やかな光と風に勝るものはないと思っている。


 しかし、4年生になった今、ウキウキとした気分はどこかへ飛んでいた。将来の進路を決める分岐点に立っているからだ。決められた道、家業を継ぐという道に進むことに迷いはないが、そのために決断しなければいけないこと、2つの選択肢のうちどちらを選ぶのか、ということに頭を悩ませているのだ。


 その悩みは深い。どちらを選択しても必ず副作用が出るからだ。比較することさえできない。

 例えば、第1選択肢を選べば、短いとはいえない期間、最愛の人との別れを覚悟しなければならなくなる。しかし、それが嫌で第2選択肢を選ぶと、世界最先端という専門性を犠牲にすることになる。難しい決断に迫られているのだ。


 そんな時、須尚から電話がかかってきた。飲みに行かないかという誘いだった。

 渡りに船だった。このまま悩んでいても埒が明かないので、相談しようと思っていたところだった。ただ、飲みながら話す内容ではないので、喫茶店で落ち合うことにした。


        *


 約束の時間の5分前に着くと、窓側から離れた奥の席に座る須尚が右手を上げた。

 頷いて対面に座ると、「どうかしたか」とちょっと心配そうな目を向けられた。


「うん」


 すぐには言い出しにくかった。まだ頭の中でまとまっていなかった。


「なに?」


「うん」


 そこでウエイトレスが注文を取りに来た。コーヒーを頼んで水を飲むと、「どうしたんだよ」とさっきよりも強く見つめられた。


「実は、」


 大学院に行くことを決めているが、アメリカに行くか日本で進学するかで悩んでいると正直に伝えた。


「修士?」


「いや、博士」


「ということは……」


「5年」


「5年か~、ちょっと長いな」


「うん、結構長い」


「だよな~」


 そこでコーヒーが運ばれてきたので途切れたが、一口飲んだ須尚が核心に触れてきた。


「問題は笑美ちゃんだな」


「うん、そうなんだ」


「それ考えると、アメリカはちょっとな~」


「うん。でもね、」


「簡単に諦めるわけにはいかない」


「そう。薬学や医薬品開発はアメリカが世界のトップを走っているし、有望な新薬が次々に生まれている。今後のことを考えると最先端の研究現場を経験しておきたいんだ」


「なるほどね」


「うん。だから、簡単には決められない」


「そうか~」


 そこで振り出しに戻ってしまった。相反する2つのことを同時に満たすためには、分身でもいない限り不可能なのだ。


「笑美ちゃんか、最先端か、う~ん」


 自らのことのように唸った須尚だったが、いきなり何かが閃いたように目を大きく見開いた。


「日本で修士を取ってアメリカで博士って、できないの」


「あっ」


 瓢箪(ひょうたん)から駒だった。いや、青天の霹靂(へきれき)と言ってもいいかもしれなかった。正に〈目から鱗が落ちる〉というのはこのことだった。アメリカか日本かの2択しか考えていなかったが、もう1つ選択肢があった。


「気づかなかった……」


 首を揺らすと、須尚はホッとしたような笑みを見せたが、釘を刺すのを忘れなかった。


「笑美ちゃんにきちんと話せよ」


 おでこを突くように右手の人差し指を向けた。



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