8
「…で?なんでお前たちがここにいるんだ?」
ニコリ。
ビクッ…ブルブルブル!
腕を組んで笑顔で睥睨するトーマに、小さく縮こまる狼たち。
その様子は異様であり、この村の者たちからしても恐ろしく思えたのか、誰もが一様に心持ち一歩離れたところから見ていた。
すると、トーマを連れてきたおじさんは、彼女たちを哀れに思ったのか、とりなしなんてことをしてきた。
「あの…トーマ?お前の話を聞く限り、そいつらがやったわけじゃないんだろ?」
「…まあそうなんだけどね…。だいたい少なくともこの1週間はずっと一緒にいたし、夜中に出て行ったとしても、距離的にここまで来てイタズラして帰って来るなんて、できたとしてもここ2日程度くらいしかできなかっただろうから。」
「…ふむ、なるほど…正確そうな判断だ。」
そうおじさんとトーマとの間に会話が成立していたからか、彼より少し若い男ザンギが疑うような視線で、トーマを恫喝するように尋ねた。
「トーマ、本当にそいつらお前の知り合いなのか?」
「あ゙ん?」
「ひっ!?あ、あの…お知り合いですか?」
ふむ。確かに初対面…というか、魔物の個体識別なんてものはトーマでさえ、紅たちのこと以外には不可能だろう。
さて…どうしたものか…と内心少し悩むと、戯れの1つとして覚えさせた芸があったので、それを試してみることにした。
「…はい、紅、ジャンプ。」
「?……ワゥ!」
紅はトーマの言葉に一瞬首を傾げたものの、彼の意図を理解したのか、素直に返事を返してきた。
「クルクル回って。」
「ワゥワゥ。」
「ジャンプ!」
「ワゥ!」
「どう?」
「…こりゃたまげた…ここまで魔物を調教するなんて…。」
皆してパチパチと拍手なんてことまでしている。
しかし、これで少なくともコイツらがトーマの知っている狼たちで、トーマの言葉を信じるなら、彼女たちがやったわけではないとわかって貰えただろう。
問題は…「わぅ…。」「きゃう〜ん。」「きゃんきゃん!」…この付いてきちゃった娘たちの処遇か…。
いや、まあ、手がないわけじゃないんだけど…。
…まあ、スキルがないんだよね…。
この世界には獣や魔物を操る術なんてものが存在する。
【テイム】である。その能力は【テイム】した魔物と意思疎通が可能となり、またあまりいい表現ではないが絶対服従を約束する。その絶対服従の効果の信用は大きく、街にすらその魔物を連れて行くことが許されるのだ。
つまりこの状況を打破し、トーマは彼女たちとこれから一緒に旅を行えるということ。
彼女たちが付いてきてしまった以上、森で生活をすることよりも、トーマと一緒にいることを選んで出てきたのは想像に難くない。
できれば、その願いを叶えてやりたいのだが…。
ふとトーマは冗談混じりに女神ミスティアに祈るなんてことをしてみることにした。
…ああ、愛しの女神ミスティア様、あなた様に頼み事が…はははっ…なんて祈ってみてもダメだよ…『ん?どうかしたか?トーマ?』…な…。
「……。」
いや、今なんか聴こえたような…幻聴…幻聴だよな…。
『幻聴じゃねぇよ…なんだよ…せっかく応えてやったってのに…。それで用は?』
…あっ…それならスキル【テイム】がほしいんだけど…なんか懐いた娘たちが付いて来ちゃったみたいで…。
『はいよ…ほい、【テイム】っと!ほらやったぞ…これでいいか?』
……マジ?今ので使えるようになったの?
『不安なら試してみりゃいいだろ?』
「……紅。」
「ワゥ?」
「【テイム】。」
「ワァォン!(私はこれから名実ともに主のものです!)」
どうやらスキル【テイム】が発動したのだろう、紅の首に首輪が取り付いた。
それからセキとアカにも同じように【テイム】を使ってみると、同じような結果となった。
…うわぁ…マジで使えてる…。
『は?おい、お前…なに引いてんだよ?ったく…こっちはお前に頼まれたから特別にやってやったってのに…酷すぎないか…。』
…あっ…いや…ありがたいとは思ってるんだけど…。
なんか釈然としないというか…。
『……。』
…あ、ありがとうございます。
ミスティアの無言の圧力に負けたトーマ。
彼が彼女に礼を告げると、彼女は誇るような様子を見せた後、その雰囲気を一変させた。
『…そんで…。』
え?
『ほ、ほら…その…。』
トーマは、ミスティアがなにやら塩らしく、もじもじしている気がした。
『だ、だから…あ…愛してる…とか…。』
「……。」
そして、ミスティアの言葉を聞いて、頬に赤みが生じると同時に、この行動と成り行きから結末に掛けて、人としてなにかダメだと思い、2度と彼女にこんな頼み事まがいのことはしないと決めた。
そして、結果として、トーマの願いを叶えてくれたわけだからと…。
……あ、愛してる、ミスティア。
『う、うん…。(てれり)』