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暗殺者ギルドを取り仕切る(副)リーダー、元気印な美少女ドライの物理的撃により、一瞬、気を失いかけたトーマ。
彼は、これ以上生傷や内部へのダメージを作りたくなどなかったので、それから彼女に案内されるがままに、幹部が集まるまで最上階の部屋で歓待を受けた。
すると、全員揃ったからと、今度は地下へと案内される。
中央に黒い円卓が置かれた部屋へと。
ここには、数々の強者が揃っていた。剣、魔術、格闘、暗器、毒、使役、誘惑、拷問エトセトラエトセトラ。
このどれか一つでも自分の身に降り掛かったらと思うと、やはり口元が引き締まるトーマ。
「……。」
そして、ドライに手を引かれるまま、悪趣味な、まるで魔王が座るかのようなドラゴンの骨などで作られた椅子に腰を下ろさせられると、ぴょんとドライがトーマの膝の上に座り、会議が始まった。
「はーい!それじゃあ、会議を…。」
「ドライ?なにしてるん?死にたいんかえ?」
「ぶっ殺!ドライ、死ね!」
「ドライちゃん、メッ!」
…いや、訂正する。会議は始まらなかった。
視界の全範囲から自分より遥かに強い存在の殺気がこちらへと向き、奇しくも彼女たちが持つ剣の鋭さを確認させられ、トーマは物凄くここに来たことを後悔していた。
先ほど歓待の際に出された軽く摘めるものが美味しかったので、少し気分が良くなり始めていたのに、ドライのせいでもうそんな記憶は幾星霜の彼方である。
そんなトーマの絶望を知らず、ちぇっ…と、ドライが彼の膝から降りると、それらの殺気は霧散し、彼女がトーマの隣の席の椅子の前に立つと、それは始まった。
「みんな、起立!ボスに挨拶!」
「「「「「「「「「おかえりなさい、暗殺者ギルドへ!」」」」」」」」」
「……。」
「はい、着席!」
そして、全員が座ると、ん?とトーマはふと疑問に思った。
「?なんで女性しかいないんだ?」
確かここには男どもが…というか、ここの幹部はほとんどが男だった気が…と、思い出そうとすると脳が拒否反応を起こす記憶を辿るトーマ。そして、やはりこの王座とも呼べる椅子から見える円卓の風景が違うことを確信した。
「ん?ああ、それは…。」
「それはですね、皆さん。このギルドを抜けたり、引退したりなさったのです。」
彼女の名前はシンシア。ドライの姉的存在で、現在彼女が参謀的立ち位置でドライのことを支えているらしい。
彼女は先ほど歓待の時に幹部になったと挨拶に来てくれたので、その時色々と教えてくれたのだ。
このギルドの常識人といったところか?
かなりの美人だし、目の保養である。…まあ、それは他にも言えることではあるが、ここにはなぜか美人が多いから。
「他はまあ…うふふ♪」
…付け加えるなら、美人だからこそ、その笑顔やその奥に宿るものの恐ろしさ、そしてキレたり、仕事モードになった時の無表情が引き立ち、異次元の恐ろしさを敵対者のみならずそれを見る羽目になった人物に提供してくれるわけだが…。
「お姉ちゃん、それじゃあ、説明不足だって!なんで女性しかいないのか理由になってないじゃん!」
ドライがそう反論の声を上げると、白々しくシンシアは答えた。
「あら?そう?」
「そう!」
「じゃあ、ドライが説明してあげたら?」
と、シンシアは微笑んでおり、明らかにドライに最後は譲るつもりだったらしい。本当に妹に甘いお姉ちゃんだ。
「うん、あのね…。」
そうして、トーマは聴きたくもない裏の世界の現在に耳を傾けることになり…トーマはシンシアの行動に「ん?これってもしかして…。」と疑問符を浮かべながら、全力でそれを無視して聞き流し、記憶からの削除をし続けた。
なにせ聴いて、覚えてでもいようものなら、会う人会う人、信用できなくなるようなものに溢れていたのだ。
こんなもの、完全に知らぬが華、無知こそ幸せである。
そして、ドライにシンシア、他の美女連中、美少女たちのウインクなど込みの誘惑や自己紹介含む自慢話は終わり、ドライにこう締められた。
「要するに、みんな、ボスに心酔するファンってわけよ!!」
………は?
「ちょっとボスのこと好きすぎて、私が膝に座ったくらいで怒っちゃうのはいただけないけど。」
「ふふふ…そうよね。みんな怒り過ぎよ。」
「…いや、お姉ちゃんが一番怖かったよ…。無言で目を見開いて、殺意を出しながら、こっちを見続けるなんて…いや、もうあんなのホラーだから…。」
「…ド・ラ・イ〜?」
「ひいっ!な、なんでもないであります!!お姉ちゃんは素敵!お姉ちゃんは美人!私の憧れ!」
なんてやり取りをしていることなどトーマの耳には届かない。
…なにせまた意識が飛びかけていたのだから。
えっ…なんだって?
ファン?俺の?
なんで?
トーマは困惑しつつ、ドライたちのやりとりをまるで無声映画でも見ているような感覚で見ていた。
実のところ、トーマは自分のことを過小評価している。いや、もしかしたらそう認識しないようにしているだけか…。
トーマはおそらく対人間種相手最高の暗殺者である。
世界最高峰の【隠蔽】スキルに、まるで殺気を感じさせない技術。対魔物に対しては外皮の硬さに対する対応など問題点があるのは言うまでもないことだが、人間種の外皮はそれほど硬くはない。加えて言うならば、人間種は主に集団で生活をしており…おそらく彼の最大の弱点たる広大な範囲攻撃も、暗殺者がいると認識された後、つまりは暗殺成功直後に街や都市内部で使われることもまず無く、ほぼ無敵に近い。
しかも、その強大すぎる【隠蔽】スキルは果たして死後も続くのでは?などという不安もあり、もし仮に続くようならば、仕留めたにも関わらず、逃げられたのではという不安に生涯、もしくは子供や孫の代まで囚われ続けるという最悪なバッドステータスまでプレゼントしてくれるというオマケ付きだ。
要するに、彼と敵対するなど以ての外だとプロの暗殺者集団たる暗殺者ギルドは、調査の末、判断したわけである。
それならば、いっそのこと崇めてしまおうと…。
…それにそれ以上に彼女たち女性はトーマに感謝していた。
以前の彼女たちのトップだったドワンは、かなり女性の立場を軽んじていた。正確に言うならば、この暗殺者ギルドに強い男を繋ぎ止めておく道具くらいにしか思っていなかったのだ。
強い者は皆、程良くイカれている。
強い者が求める者はなにか?と聞かれれば、誰でもこのくらいは思いつくだろう。金、権力、女と…。
それに加え、本当の強者ならば、自分の強さをより高める強者の存在を望むに違いないのだが、それは冒険者ギルドにでも所属する方が明らかに正攻法。
権力は騎士や貴族の領分。
となれば、金と女。
ドワンは、不夜城があることもあり、よりその女に対して比重を置いていたのだ。
トーマは全く覚えていないのだが、彼がそれを崩した。
『私たちは何をすればいいの?』
ずっと…ずっと…ずっとずっとず〜っと付きまとわれ、いい加減嫌気がさしてきたトーマは、なんとはなしその繰り返され続けた質問に、こう答えた。
『…なら、組織運営はお前たちに任せる。まあ、男女平等みんな仲良くテキトーにやってくれ。』
『………っ〜〜〜っ!!うん!うん!わかったよ!ありがとう、ボス!!』
『…だから、ボスはやめろって…。』
しかしながら、そんなことはまったく覚えていない、単に追い払うためそれを口にしたトーマからすれば、自身より強い実力者たちからボスなどと言われ、さらに暗殺者ギルドの長などという悪名高き称号すらプレゼントされそうになっていると認識している現状、これはなんとも受け入れ難い。
正直最悪。まるで悪夢のようだ。
「…まあ、2人とも落ち着け。あと頼むから、そのボスというのはやめてくれ。ホント頼むから。」
トーマは本気でそう願い、口にした。
しかしながら、トーマよ…それは明らかな悪手だ。トーマの容姿は紛うことなく整っており、普段は憮然としていてあまり弱った姿など見せはしない。割と優しいのだが、敵に容赦なく、見るからにクールなのだ。
それなのに、そんな彼が自分たちの前だけは、弱った姿を見せてくれる。
これは彼に対し少なからず恩義や好意といった好意的感情を抱く女性からすれば、単に母性本能を刺激されるだけの行為だろう。
「…ダメだよ。ボスはボスなんだから。(くっ…これよこれ…可愛い…。)」
「……ダメですよ、ボス。(…ぎゅってして、ちゅ〜したい。)」
「「「「「「……(むずむずむずむず。)」」」」」」
とまあ、割と本気でファンクラブ的な活動に熱を入れる燃料をトーマ自身がドバドバと提供していた。
…はて、しかし、そんな女性たちはともかく男性はどうなのか?やはり自分たちのやる気のもとを奪われたのだ不満ではないのか?
なんとそれこそが今回の出来事の核となる。
なぜ女性陣のみで幹部が構成されているのか?
そして、誰がリーゼたちの暗殺の実行者だったのか?
これは繋がっていたのだ。
「単的に言いましょう。ボスの聞いたいであろう第一王女暗殺の実行者はどんな人物なのかと…。」
「?…なんだ…要件までわかってるのか…。」
「はい、まあ…色々と…。」
トーマの問いに全員が全員目を泳がせる女暗殺者たち。彼女たちにはガッツリ後ろ暗いことがあったのだ。
まあなんだ…彼女たちは暗殺者。闇に潜み隠れる者。
下手に【隠蔽】や殺気を出そうものならば、【隠蔽】スキルの最高ランクEX的優位性能により、殺気は【死の森】仕込みの人間離れしたレベルに強化された感知能力で、居場所、存在ともにトーマの感知範囲に入ってしまえば、簡単にバレてしまうのだろう。
だが、そんなことは欠片も出さず、単にファンクラブの活動として行動してしまえば、いくらトーマ相手であろうと、ストーカー、スニーキングなどの行為は、彼女たち幹部クラスからすればやってやれないことはない程度まで落ち着いてしまう。
まあ、それは今はいい。本筋には関係のないことだから。
トーマはそんな顔色を変えた彼女たちの事情を勝手に、今さっき流暢に話した、トーマなら思いつきもしないような悪質悪辣なことより、遥かに質の悪いものだと解釈し、内心を乱しつつ、その話に耳を傾けた。
「……コホン、それは置いておきまして…話を戻しましょう。実行依頼を請け負ったのは、西に流れた元暗殺者ギルドの男どもが新しく立ち上げた盗賊ギルドです。」
「…ふむ。」
「彼らはかつてここで培った人脈や能力を駆使して、急速に成長を続けており…。」
シンシアの言葉はそれからも続いた。
トーマは先ほどとは違い、今度は真面目にその内容を聞きながら吟味していく。
そして、大まかな原因を知ったのだ。