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バチコン!
ウインクのオマケ付きで…。
トーマたちにすっかり無視され、途中で彼の魔の手から解放されてから、傍観者と化したトリギースはその光景に立ち会い…現在、彼はトーマの手中にあったその時よりも、遥かに危機的状況に身を置いていた。
そう、彼は吹き出すのを必死で耐えていたのだ。
サービス?え?なにが?思わずそんな言葉がツララ相手に出そうになるが、そんなことをすればトリギースの氷像の完成。そう誰でもわかるような危機的状況である。
しかも、おそらく彼女の使役する氷の大精霊もすっかり自分には慣れており、耐えられるでしょとばかりに、トーマたちの時のような防御が完成するまで発動を遅らせるような手加減などしないのだから、絶対に笑ってはいけないという思いをよりトリギースに与えてくる。
そう、耐えろ耐えろ、俺!と、俯きながら、プルプル震えるトリギース。
すると…。
「いや、俺ロリコンじゃないから。」
トーマは冷めた目でそう言った。
ブフォッ…「ゲホゲホッ。」
セーフ。今のは咳でアシストした。
「「「……。」」」
トーマの周りもトーマ同様、まあ、そうだよなと言う反応をしており、概ね予想通りのそれだったため、なんとかトリギースは爆笑の波を抑えようとし、抑えきれそうだった。
予想の範囲内。予想の範囲内。
これならなんとかなる。トーマは天然。トーマは天然。
そう言い聞かせ続け、笑わせてくる危険性が最も高いトーマに強い警戒心を持つトリギース。
しかしながら、それは甘い見落としがある。似たような天然なら他にもいるだろう。彼がよく知る人物が…。
トリギースは思わず、こんな声に反応し、そちらを見てしまった。
「は…。」
「は?」という、トーマの声と内心で同期してしまうトリギース。
「…は、話が違う。男はみんなロリコンだって聞いてたのに…。」
ガビーン…いや、ズガーンか?
…いや…いやいや、そんなことよりも……あっ…ヤバッ…これは予想外すぎ…って、プッ………グハッ!
トリギースはとうとうアシストする余裕を失い、完全に吹き出した。
「プッ…アハハハッ!流石トーマ!正直すぎだろ!!…プッ…アハハハッ!そ、それに…つ、ツララ様もその返しって…プッ…あ、ああも、もうだ、ダメだ…。プッ…は、腹がよ、捩れる…プッ…アハハハッ!!」
と、始まり、とめどなく、それからひとしきり笑ったトリギース。
そう伏兵…いや、それどころか大本命なマイペースさんがいたのだ。彼女がビッグウェーブを引き起こし、トリギースの我慢の防壁をすっかり攫って行ってしまった。
そんな愉快痛快といった様子のトリギース。
…しかし、わかっているのか、トリギース?自分がなにをしているのか…。
そんなトリギースに、まるで冬の海の風…サーッと血の気が引くような冷たい風どころか、凍えるような冷気…が徐々に徐々にと、迫ってきていた。
「…なにが面白い、トリちゃん?」
「えっ…あっ…いや…その…。」
やっちまった…助けて…。ヘルプ!!とトリギースがトーマに視線を送ってくるが、まあ、無視される。
すると、トリギースはガーンという風に一瞬落ち込んだものの、瞬時にどうにかせねばと真面目な顔になった。
じと〜。「トリちゃん?で?どうなの?さっきのはなに?何が面白かった?詳しく教えてほしい?教えられないの?身体に聞く?冷たい物言わぬものになりたい?やる?殺る?ヤル?」
「……。」
この饒舌になり始めるのは、彼女がキレかけている前兆だ。
ヤバいと、トリギースは百面相をする。どうやらツララは本気でさっきの子供のお遊びがマジで誘惑的なサービスだと思っていたらしく、しかもそれが自身に満ち満ちていたものだったらしい。
つまりは、期せずとも、トリギースは全力でツララのプライドを刺激してしまったということ。
これはヤバい。なにせSランクがブチギレたのだ。下手をしなくとも、普通に自分は死ぬ。周りを巻き込んで。
実のところ、トリギースはツララがこんな風にならないように…また、そうなったら身体を張って怒りを鎮めるように…と、彼女の姉であるフリッカから無茶なことを言われてもいた。
要するに、トリギースは、現在、本気で追い詰められていた。
「…で…どうなの?」
「じ…自分は…。」
そして、トリギースは覚悟を決めたのだ。
「じ、自分はドキドキしましたッス!!もう鼓動が凄くて心臓が止まりそうでした!!」
「…そう…。」
そう短く言葉を呟くと、ツララの魔力が徐々に引いていく。
どうやらツララの怒りは収まったらしい。いや、トリギースに向ける視線はあまりよろしいものではないから、正確にはこれくらいで勘弁しようだろうか?はて、しかしあのツララがこの程度で自分を赦すだろうか?もしかして他になにか…。
そうトリギースが考えてはみるものの、すぐに答えは出ない。
……まあ、しかし、なんとかこのデンジャラスシチュエーションは乗り越えたと思っていいだろう。
後は、トーマを丸め込…説得して、ツララを押し付ければ、自分は晴れて自由の身。この心臓に悪い生活とはおさらばだ。
ツララがトーマを相当に気に入っているのでなんとかなるだろうと、楽観視していたトリギース。
しかしながら、まだ彼には試練があるらしい。そう、これがあったから、ツララは引いたのだ。
そこには、ちょうどいい人物がたまたま通りがかっていたのだ。
「へぇ…。」
トリギースの耳にこの聞き覚えがある声が届いた。
「そう…あなた…小さな娘が好きなの…ふ〜ん。」
昔からよく耳にしていた普段から落ち着いた、現在はなんとなく怒りを孕んで聴こえる声。
それはトリギースからすれば、聞き間違えようがないものだった。
「か、カレラっ!?…違……うっ…うう…ああ…そ、そうだとも…お、俺は小さな娘が好き…なんだ…。」
ふとツララの冷気が押し寄せ、思わずそう口にしたのが原因だろうが、トリギースよ…そんなことをしてしまえば、もう後の祭りとなってしまうことだろう。
「…知らない。」
「か…カレラ…。」
スタスタスタスタ。
「あっ…ああ…。」
トリギースは打ちひしがれるように地面と友達になった。
―
「さて、それじゃあ、今度はどこに行く?」
「ああ…それなら…って、君は鬼かいっ!?」
…リーゼは真面目だな…。
別にトリギースがどうなろうと知ったことではないだろうに…。どうせこの野郎は、このSランクを俺に押し付けようとか考えていたんだから、自業自得だ。
その証拠に…ほら3人なんてもうすでに…。
「グレープ…なんと甘美な響き。」
「新作ベリーベリー味っ!?」
「お嬢様、これは見逃せません!買って来ますね、人数分…6人分ですね!」
リアなんて明らかにトリギースの分を除いているし…な…。
…でもまあ、少しくらい気を遣ってやるとするか…リーゼがそう言うなら…。
トーマはトリギースの肩にポンと手を置いた。
「…トーマ。」
「まあ、落ち込むな、トリギース。通行の邪魔だから、そんなに落ち込むならそっちの隅でやれ。」
「……うん。」
危なっかしく立ち上がると、トボトボと隅へと移動しようとするトリギース。
はあ…こんな言葉に言い返す気力もなし…か…仕方がない。
トーマはトリギースの肩を掴んでこちらを向かせた。
「まあ、待て。…仕方がないから、また今夜に付き合ってやる。」
「と…トーマ…。うん…ありがとう…。」
トーマは、まあ、自分ならそんなことよりカレラを追いかけるが…と思わないでもなかったが、まあ、これだけ弱っているわけだし…なによりトリギースだしいいか…とそれを口にせず放っておくことにした。




