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昼食後、トーマたちは見物を再開する。
今度はメインストリートではなく、1本入ったところや、それから少し離れたその通りからすればあまりたくさんの人がいない場所へと…。
むしろ日常品や良品などはこちらの方がたくさんあるのだ。
あちらは観光客や流行りものを求める人向けで、こちらはここで生活する民向けといったところか?
こちらはこちらで探検してみるのは楽しい。
さてさて、現在、トーマたちは雑貨小物店にいる。
トーマとしては、これまでずっと【隠蔽】スキルを使った人物からの視線を感じており、てっきり後をつけている彼だか彼女だかがお嬢様たちどちらかの護衛なのだろうと思っていたのだが…。
それが間違いだったのだと今、明らかとなった。
…打ってくるな…これは…。
「トーマ殿、これなんて…「【キャッスルガード】。」…え?」
………バーンッ!!ガシャッ、シュルシュルシュルシュルーーーーッ、カンッ!!
風を凝縮したような巨大な玉がまっすぐ襲い掛かり、木製の店の壁やドアを破壊したものの、トーマを起点とする店内を覆う光の壁がその衝撃の全てを吸収することによって、人が傷つけられることはなかった。
キャーーーー!!
「と、トーマ殿!?こ、これは一体!?」
「トーマ、何が…って、きゃっ!」
どうやらメアが誰かにぶつかられたらしい。
「お嬢様っ!」
リアが彼女を受け止め、メアを抱き抱えたまま、【キャッスルガード】、そしてその先を見る。
「ありがとう、リア。でも、これは…。」
それなりに店内は混乱していた。まあ、それはそうだろう。トーマの場合、【隠蔽】スキルのカンスト超えEX化により生まれた系統スキル的絶対優位により、居場所やしていることなど全てがわかって、【ウインドバースト】の風の凝縮音シュルシュルシュルシュルという音が聴こえて、まるでこれから「行きますよ!!」と言われているようだったが、他の人たちにはなにもなかったのだから。
店内には、悲鳴を上げる者、しゃがみ込む者、逃げ出そうと突然張られた【キャッスルガード】に拳を叩き付ける者と我を失う者が続出していた。
「お…おい…これって…。」
そして、どうやら外にもこの混乱は広がったらしい。
「うわー!!雑貨屋が吹っ飛んでる!!」
「な、なんだっ!?これは…なにが起こっているんだ!?」
「誰か衛兵!衛兵を呼べ!!」
そんな声が【キャッスルガード】の壁越しに聴こえてくる。
どうやら日常に水を差すこの襲撃により、店内外関係なく、大混乱が起こっているようだ。
おそらくまともに状況確認ができているのは、トーマとメイドたちくらいのものだろう。
見ると、リアとリーゼのお付きはすでに互いの主人を庇うようにしており、その様子からもし店内にもう1人くらいの共犯がいたとしても、爆弾をくくりつけるような特攻でもない限り、トーマが相手を戦闘不能にする時間程度は稼げると判断した。
よって、トーマは脅威への対処に移ることにする。
その魔術を放った相手は1人。おそらく魔術師だろう彼は向かいの建物の屋上にいた。
…そして、そこはトーマの糸の、先日の無茶のお陰で伸びた射程範囲10メートル以内だ。
「く、クソッ!ならもう一度!!」
相手が焦って、再び魔術を発動しようとした。
それはおそらく先ほどと同じ種類の中級と言われる第五位階風魔術【ウインドバースト】だ。
これは風魔術ということもあり、火や水、土と言った基本と言われる四属性魔術の中では比較的隠密性に優れたものだ。それを証拠に吹き飛ばされた残骸を形作っていたドアなんかに触れるまで、トーマ以外誰も攻撃を受けたことに気がつかなかった。
いや、それだけじゃない…か?
おそらく技を放つ余波もだな…。
そうでなければ、なにせ店を半壊させるような威力の魔術だ。トーマの他にも風が集まる音や、妙な風の流れなどを感じた人物が誰かしらいただろう。
おそらくは、属性的な恩恵に加え、かの暗殺者は低位とは言え、【隠蔽】スキルを魔術に付与していたのだろう。この辺に関しては、いくらEX化していても、このように自分の認識と外から推定される状況を比較しないとわからない。その点くらいだろうか、EX化の不便な点といえば…。
「……。」
まあ、それはともかく、その技術は誰にでもできることではない。
この暗殺者はおそらく余程その技を磨いたのだろう。
…つまり、それは冒険者や兵士など、面と向かっての戦闘が得意な輩が、小遣い稼ぎとばかりに受けた依頼ではないということ。
【隠密】スキルよりレアな完全に気配すら感じることもない【隠蔽】を使った手慣れた様子の尾行技術からもわかるように相手は間違いなくプロ。
しかしながら、彼はおそらくあまりこの技を使っての失敗というものを想定していなかったらしい。そのあたりは声から感じ取れるような年齢相応だったのだろう。
「【ウインドバ…えっ…杖が落ち…。」
カランカランという杖が下に落ち転がる音が周りにも聴こえる。
彼は失敗に動揺したのか、自身に掛けた【隠蔽】が解けた状態で魔術を発動しようとしてしまったのだ。
これでは完全に見え見えである。
「う、腕?ど、どこ?お、俺の腕?あっ…あっ!あっ!腕腕腕腕腕っ!!俺の腕がーーーーっ!!」
そして、詠唱短縮された魔術が発動する前に、トーマは【魔力糸】で右腕を切り飛ばされたのだ。
「クッ…失敗だ…逃げ…。」
そして、腕を失いようやく事態を理解した暗殺者が逃亡を図ると、今度は左足が刎ねられる。
ブシュッ!!
「グアァァァーーーっ!!!」
慟哭が響き渡り、周りにいた人たちがなんだ?と暗殺者の方へと視線を向け…それを見た者はさらに青ざめた。
キャーーーーーッ!!
…そして、先ほどのものを超えるような悲鳴が生み出された。
関係者以外からすれば、最悪の結果…より混乱度とトラウマの植え付けという結果…を生み出しているのは言うまでもないことだろうが、とりあえずメアかリーゼのどちらかを敵の排除はこれでひとまず終了だ。
トーマは同じ第五位階魔術ながら防御特化な魔術【キャッスルガード】越しに、使っていた【魔力糸】を分解し、消し去ると、すぐさま向き直る。
「…なんて考えてる場合じゃないな……メアたちは…。」
ほんのわずかな時間とは言え、他にも暗殺者がいるかもしれない中、意識をそちらに向けてしまったため、メアやリーゼたちのことが心配になったのだが、先ほどと変わらずメイドたちに抱えられており、特に2人とま何もなかったようで、トーマも小さく息を漏らした。
「それでトーマ、一体なにが…。」
メアにそう尋ねられ、トーマは単的に答えた。
「暗殺者だ。」
その答えに全員が顔を青くし、従者たちはそのままなるほどと頷いた。
「あ…暗殺者だと…。」
「リーゼ、逃げないと!」
しかしながら、主人たちは慌てており、下手な行動をとろうとしたので、トーマは向かいの建物の上で叫び悶える存在を指さし、教えてやる。
「ほら、あそこ。とりあえず右腕と左足を刎ねたから、問題ない。相手は魔術師だが、あれではもう魔術をまともに使えるだけの集中力もあるまい。」
「「……。」」
絶句。いや、ドン引きか?
いやはや、でも仕方がないだろう?
女神ミスティアに能力の底上げをされてから、以前ほどコントロールが安定していないのだ。今もし拘束なんてことをしようものならば、下手をすると首から上を残してミンチになりかねない。
だから、それよりはマシだと思ってほしい…というのが正直なところだ。
「トーマ様、姫様たちをありがとうございます。どうやら衛兵が来たようです。」
「ん?ああ、気にするな。」
こちらへと向かってくる鎧が擦れる金属音がいくつか聴こえてきた。
「こ…これは一体なにが…。」
衛兵の1人が呟く。
さて、それじゃあ、事情聴取でも受けるとするか…。
トーマはここでようやく【キャッスルガード】を解いた。