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ざわざわ。
…まったくあまりの人を多さに溜め息が出そうだ。
どこを見ても、人、人、人。視線、視線、そしてもう一つ視線。
…流石は王都とでも言えば、いいのだろうか?
活気があり、物に溢れている。匂い立つ買い食いできる食べ物や、飲み物、珍しい果物や野菜、民芸品、さらには武器や防具に、回復薬という冒険者必須アイテムの数々、それらのどれかしらは誰であれ興味を持つに違いない。
おそらく以前来た時よりも、種類がアップデートされているだろう。
正直、【死の森】という人がまったくいない環境から、徐々に人がどんどんいる方へと移動してきたトーマからすれば、慣れるのにもう少し時間がほしいところだ。
なにせティスラータでも大して生活などしていなかったのだから。
そんな不満を人混みに対して、ぶつけでもしたい今日この頃。
似たような…いや、トーマより遥かに人馴れしていないであろうリーゼは様々な物の物珍しさに目を輝かせている。
「わぁ♪なんだこれは?」
「ふむふむ、そういうものか…。それならあっちは?」
「あれは美味しそうだな♪」
「この筒の中に火薬を入れるのだな?」
と、本当に無邪気で楽しそうにしており、歓迎されてないからと、わざとらしくそんな批判じみたことを考えていたトーマの口元ですら微かに緩む。
そんな風に新鮮な反応を見ながら王都のメインストリートを巡るのは、それなりに仕事で来ているトーマやメア、リアからしても他の観光客並みに楽しく、あれこれと店を周っていると、そんなにたくさん顔を出したわけでもないのに、いつの間にやら、昼食の時間となっていた。
昼食を摂ることになった場所は、クレープ専門店【ファンファーレ】。ちなみにクレープは今回の勇者、おそらくは穂乃果あたりが広めたのだろう。桃華は料理ができないから。
昼にクレープ?と疑問符を浮かべる者もいるだろう。
特に大の男からすれば、スイーツが昼食になるというのは、どうなのだ?と…。
まあそのあたりに関して、トーマはというと、割と食そのものに対して無沈着なので、まったく問題がなかった。
…まあ、育ての母のこれじゃない感が強いのに成功とされる料理や、誰もが逃げ出すような料理兵器を…料理を平気で食べていたもので…。
『どう?トーマくん、今回のは自信作なんだけど…。』
『うん、食べられる。』
『…美味しい?美味しいならそう言っても…。』
『うん、食べることはできる。(たぶん爆弾や毒とかの危険物は入ってないだろうから。それに今日は臭くもない。)』
『ぐすん…トーマくんの意地悪。でもそんなことを言いつつも、みんなと違って食べてくれるから好き♪』
ふとそんな懐かしい思い出に浸ってしまった。
…梅華さんは元気だろうか…。
さてさて、これでわかるとは思うが、今トーマが食べているこのクレープ?…正確に言うならば、甘くないパンケーキに生クリーム(同じく甘味なし)とテキトーな果物を挟んでもうこれでいいだろ、という投げやりな思いが詰まったように思える伝聞からできたであろう代物…はあれらの成功例?を思わず想起させるような出来栄えだった。
これが流行っている?いや、不味くはない。おそらく料理として、クレープを知らなければ、「ふ〜ん、こういうのがあるんだな。フルーツが邪魔だけど…。」となる程度には普通の食べ物である。
それでも、これはいくら勇者由来だというネームバリューがあったにしても、甘味にカテゴライズするなら、なんの冗談だとトーマは思った。
それを証拠にクレープというものを知らないでいるらしい周りの人は首を傾げつつも、美味しそうにそれを食べている。
それを見ると、トーマは自分がおかしいのかと思いそうになるわけだが、普段から甘味も含めて美味しいものを食べているであろう、同行者のリーゼたちのこの呟きを聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
「…これ…あんまり…。」
「…まあ…うん…。」
まあ、やはり甘味を求めて来たなら、そうなるだろうな…。
「…せっかく楽しみにして来たのだが…な…。」
そんな呟きがトーマの耳に届いた気がした。
道中、さらに聞いたのだが、リーゼが街に出るのは、年に数回あればいい方らしい。
そんな彼女にこんな思いをさせるのはあまりにも可哀想ではないか?と思う。
なにせ彼女はこれからいつ来るかわからない次の機会まで、この苦々しい思い出がまず頭に浮かぶというのだから。
そんなことを考えていたトーマ。彼は思わず立ち上がり、「トイレ。」と行き先を告げると、まっすぐ厨房へと向かっていった。
「失礼。」
「お、お客様っ!?こ、困ります!ここは立ち入り禁止で…。」
「料理が不味すぎる。」
「なっ…。」
「金は払うから、自分たちの分は俺に作らせろ。」
トーマは敢えて傍若無人に振る舞い、反論を口にする、チーフらしき女性料理人の目の前にドサリと金貨の袋を置いて黙らせると、手を洗い、手際よく分厚く、甘い風味しかないパンケーキというクレープモドキではなく、砂糖などを適量加え本来の常識的な薄さのクレープ生地を焼き、手早く生クリームなどを塗り、ベリーなどの果実を加え、サンドではなく包む。
そして、適当に一口大に切り、味見を1つ。
パクリ。
「……ダメだな…捨て…。」
そうトーマがゴミ箱に捨てようとしたところ、彼女に止められた。
「お、お待ちください!!」
「…なんだ…邪魔をするな。」
「あの…もしよろしければ…それ、頂けません?」
「…まあ、構わないが、失敗作だぞ。」
「いえいえ!食べ物を粗末にするなんてとても…。」
さっきまであんな粗末なものを作っておきながら…と、トーマ自身思わないでもなかったが、まあ、どうせ捨てるのだからと好きにさせることにした。
「ほら。」
「あ、ありがとうございます!!」
まさかそんなに感謝されるのは…と、なんとなくむず痒くなったトーマは【アイテムボックス】から、以前作って余っていたカスタードと、ちゃんと甘い生クリームを取り出すと、クレープ生地に、それと果実を加えて包んだものを皿に乗せ、軽く皿に回りなんかをまた【アイテムボックス】から取り出したベリーソースなんかで飾り立てて、それを持って厨房を出た。
…なんか料理人である彼女たちまで付いてきているが、まあいいだろう。
「ほら、リーゼ。お待ちどおさん。」
「えっ?」
「どうやら俺たちのテーブルには間違えたものが、置かれたようなんだ。…なぁ!」
せっかくだ。付いてきた奴らも活用させてもらおう。
「えっ…あっ…は、はい!その通りでして、大変申し訳ございません!!」
「そ…そうだった…のか?」
「えっ…あっ…「ああ、そうだったんだ。さっさと食べるといい。」。」
トーマは料理人が余計なことを言う前に、リーゼにさっさと食べるよう促す。すると、リーゼは戸惑ってはいたものの、ナイフでそれを切り分け、フォークの上にそれを乗せた。
「えっと…じゃあ、とりあえず食べるとしよう。では、いざ…パクリ。」
……………。
リーゼはクレープを食べるなり固まってしまった。
そして…。
「…お…。」
「お?」
「……おいひい♪」
…そう口にするなり、とろけるような笑顔を見せてくれた。
彼女は上品に…しかしながら、次々とそれを口に運んでいく。
その度に料理人が「ああ…。ああ…。」と物惜しげに呟やいており、それがなんともトーマの耳を汚す。
お前らもしかして食べたかったのか?
確か彼女たちはトーマが先ほど作った失敗作。上品なバターに限りなく近い、おそらくパンなんかに塗るなら上等な生クリームを使ったクレープを奪い合うようにして、食べていたように思う。
トーマとしては、彼女たちを意地汚い…料理人なんて人に振る舞ってこそだろ…と一瞬固定観念が浮かんだのだが、昨今では自分が食べたいものを…と料理人になる人も増えているらしいと思い、内心少し反省する。
彼がそんな内面での精神的一人遊びに興じていると、料理人たちがいつの間にやらすっかりと肩を落としており…どうやらリーゼが全てを完食したらしかった。
「……。」
リーゼはジーっと皿を見ていた。
そうただジーっと。まるでそこにあったものはどこに消えたのか問い掛けるように…。
そして、メアもまたジーっとなんで私にはないのよ!というようにトーマのことを、敢えて重ねて言うがジーっと見ていた。
はぁ…。
「お代わりいるか?」
「っ!?もちろんだっ!!」
「トーマ、私にも!!」
さらには店内からも次々と同じものをというような注文が来て、トーマは正直目眩がした。
「…あ、あの…私たちもよろしいでしょうか…。」
そう料理人たちからも言われ、トーマは大きく溜め息を吐くと、リーゼたちに取り繕うのも忘れ、厨房へと向かった。
「…あっ…トーマ殿…。」




