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「ただいま。」
そうトーマがドアを開けるなり、子狼に襲われた。
「キャンキャン!キャンキャン!(わ〜い!主だ〜!おかえり〜!)」
ペロペロペロペロ。
まあ、襲われたとは言ったが、それはこの反応からもわかるように本当のところは出迎えてくれたというのだが、正しいだろう。
ペロペロペロペロ。
そんな風にアカにじゃれつかれていると、他の大人しくしている2匹が、まだかまだかと尻尾をぶん回しているので、軽く頭を撫でた。
「ただいま、紅にセキも。」
「ワゥワゥ。(おかえりなさいませ、主。)」
「キャンキャン。(おかえりなさい、主。)」
すると、なにやら玄関が騒がしかったのを変に思ったのか、ナナがエプロンで駆け足でこちらにやって来る。
「もしかしてカナリアさん?ただ今…って、えっ!?と、トーマくん、どうしたのっ!?試験だったんじゃ…。」
「ただいま、ナナ。」
「え…えっと…おかえりなさい?」
「まあ、色々遭って…いや、あって一旦帰ってきたんだ。説明は後でするから、この2人を泊めてやりたいんだが…できるか?」
「えっ…あ…うん…。一応部屋の掃除はしたけど…。」
「それなら大丈夫か…ありがとう、ナナ。」
「う…うん…でも…。」
ナナはトーマになにか言いたげだ。
おそらく…いや、間違いなく尋ねたいのは、この冒険者たちのことだろう。
トーマが冒険者ギルドでギルド証の更新を終えて出ていくと、2人の冒険者メアとリアと出くわした。いや、待ち伏せされていた。
彼女たちは今日泊まるところがないのだという。
彼女たちは…なので、もちろんそんなはずはないのだが、今日はトーマたちの都合でティスラータに引き返して来てしまったため、流石にトリギースに対して先ほど対応したように、「失せろ。」と告げるのは、あまりにもご無体だろう。
今回ばかりは仕方がないと、家に部屋が余っていることもあり、連れてきたのだ。
最悪、デカいベッドが備え付けられた自室を提供すればいいかと。
「へ〜え、あなたがナナちゃん?私はメア。今日からよろしくね♪」
「えっ…う、うん、よろしく。」
「私はリアです。今後ともよろしくお願いします。」
「こ、こちらこそです。」
3人の自己紹介はこんなところ。
玄関にずっといるのもなんだと思い、リビングに2人を案内し、トーマはというと食事の準備をするために厨房へ。
さて、いつものようにテキトーに…と、さっさと飯を作ってしまおうとしたところ、ふとクイクイと袖を引かれる感覚があった。
お茶を持っていったはずナナである。
「なにかあったか?」
そうトーマが尋ねたのだが、「い…いえ…そ、その…。」と、彼女は俯きながら口籠っていた。
どうしたものか…とトーマが思っていたのだが…すると、彼女は意を決したのか、トーマに詰め寄ってきた。
「あ、あの2人との関係って!!…なんなのかな…と…。」
2人との関係?
「?冒険者仲間じゃないか?たぶん。」
言葉はすっかり尻すぼみとなってしまったが、じ〜っとこちらを見つめてくるナナにトーマは、そうありのままを答えた。
正直、トーマとして彼女たちはそれ以上でもそれ以下でもない存在なのである。
じ〜っと見つめても、あまりにも普段と変わらないトーマの言葉を信用したのか、ナナはしみじみと呟き、微笑んだ。
「…そ…そうなんですね…♪そ、それじゃあ、これ、持ってくね♪」
「…ああ…。」
―
トーマは夕食後、消化器官などに良くないことは
わかっているが、すぐに寝室へと赴き、布団の柔らかさに身を委ねた。
…やっと…眠れ……す〜す〜す〜……。
野宿をしていた1週間ぶりにそれから5、6時間ほどトーマは幸せそうに眠りに身を委ねられたのだ。
しかし、ふいに…ガチャリ。
「ふふふ…。」
誰かがトーマの部屋に侵入した。
彼女はそ〜っとそ〜っとトーマのもとに近づく。
そして、そのままベッドに入り込み、囁いた。
「トーマ様、デザートがまだです。」
優しい声音ながら、ねっとりと誘惑するように。
「ん?んんん~?……なんだ…リアか…。」
「なんだ…リアか…じゃないですよ、愛しのリアです。」
「…そうか…愛しのリアか…。」
「ええ、ふふふ…寝ぼけてるんですか?」
リアの言う通り、間違いなくトーマは寝ぼけている。
それなので、リアのこんな格好を見ても、動じることなどないのだ。
リアの格好。
彼女の美しき肢体を包むのは、いわゆるネグリジェというやつだ。それも非常に生地が薄く、隠さなければ、ならないようなところが隠れきっていないような…。
具体的に言うならば、月明かりのみでも、胸元の桜色なんかはどんな色合い、形なのかすら、ちゃんと見てさえいれば、見えてしまっていたことだろう。
これは間違いなく…。
「せっかく夜這いに来たんです。今夜は楽しみましょう。」
「……こくん。」
「えっ…いいのですかっ!?……っ〜〜〜〜っ!!」
リアは内心でガッツポーズをしていた。
リアは今回のトーマとの再会を本気で喜んでいた。
かつてと言うほどではない昔、リアたちは依頼の途中でピンチとなり、死の直前にトーマに救われた。
概念上、確かに2人が救われたのだが、その時リアは主であるメアのことを庇って覆いかぶさっており、直接的にはリアがトーマによって救われていたのだ。
『大丈夫か!?』
『…は、はい…。』
『……よかった……。』
この時見せたトーマの安堵したような笑顔は、リアにとって誰にも見せたくはない宝物だ。実際、メアも彼女に覆い被さられ見ておらず、そんなものがあったことは秘密としている。
『……っ〜〜〜〜〜っ!!!』
たぶんその時の自分の顔は血の気が引いた状態から急激に赤みを取り戻していたので、見たことがないほど真っ赤だったのだと思う。
いや…それも今日でその記録はさらなる更新を迎えるのだろう。
メアも間違いなくリア同様に恋心を抱いているだろう。これは間違いなく主人へと裏切り行為。そんなことはわかっている。でももう…。
追い返されて終わりだと思っていたのに、こんなにも上手くいってしまったのだ。
これではもう止まらない…止められない。
「お嬢様…ごめんなさい。」
リアはそう俯きつつ、呟き、いざ!と覚悟を決め顔を上げ…。
「……へ?」
リアは今まで出したことがないほど間抜けな声を上げたのだ。
理由は簡単である。
「ちょっ…ちょっとトーマ様?…トーマ様っ!!」
す〜す〜す〜。
リアがトーマの肩を揺すっても今度は起きる気配もない。
まあ、それはトーマが悪いとは言いにくいことだ。なにせトーマはこの1週間、ロクに寝ず労働を…それも無茶な肉体労働をしていたのだ。
そりゃあ、試験にも合格し、完全に気が抜ければ、こんな風に爆睡くらいするだろう。
実のところ、先ほど目を覚ましたのも、本当に奇跡的だったのだ。
「トーマ様っ!!トーマ様っ!!起きろっ!!」
誰にも見せたことがないほど、リアは目元に涙を溜め、そんな風に揺すった。
そして、再び奇跡が起きる。
「……リア、用があるなら、明日に…。」
しかしながら、目が開いたのは、ほんの一瞬で…す〜す〜す〜と規則的な吐息が残るのみとなった。
「もう!もう!もう!!トーマ様のバカ!バカ!バカーーーッ!!」
シクシクシクシク。
ベッドに座り込み、泣くリア。
そして、次第に泣きつかれたのか、それは気怠さに変わり、コテンと倒れてしまう。
それから数十分ほどか…また、たまたま寝ぼけたトーマが何をしているんだと…リアにも布団を掛けた。
…風邪を引いちゃうだろ…と。




