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トーマたちは門が閉まるギリギリに、捕縛した盗賊たちを明け渡すために、馴染みの街ティスラータへと舞い戻って来た。
衛兵に彼らを明け渡したところ、どうやらその中にかなり有名な人物がいたらしく、特別報酬に期待していろと言われた。
まあ、それはそれとしてトーマとしては折角、自宅のある街に戻ってきたのだから、さっさと帰宅して、飯を食べて明日に備えたいという思いだったのだが、なにやらトリギースから報告があるらしく、冒険者ギルドまで試験を受ける全員が集められた。
トリギースの面持ちはどこか真剣で緊張している様子。
てっきり明日の集合時間の連絡でもするのだと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。
「さて…それでは試験結果を伝えよう。」
そうトリギースが口にしたのだ。
「え?」「は?」「なんで?」
昇格試験受験者の反応はそのようである。
もちろんトーマもその中に含まれており、「?」と小首を傾げていた。
「質問は後で聞こう。結果だけ言わせてもらう。Cランク昇格試験…合格者は…。」
ドキドキ。ドキドキ。
急な結果発表にそんな反応すらできず困惑する者もいたが、トリギースが勿体つけるせいか、概ねそんな鼓動の高鳴りを体験していた。
そして、合格者が明かされる。
「…トーマのみだ。」
「「「……。」」」
一瞬の静寂。
そして…。
…ざけるな…。
「ふざけるな!!」
「なんで私が不合格なのよ!!」
まあ、予想通り不満の声が湧き上がる。
それはそうだろう。
なにせ今回の試験内容は【王都までの護衛】だったはず。
にも関わらず、盗賊討伐というアクシデントで舞い戻ってきた故、未だここはティスラータであり、王都ではない。
だというのに、試験の合格者が発表され、トーマ以外がそれに引っ掛かっていないのだ。
「ん?なんだ?トーマが合格なのが不満なのか?」
「「「……そ、それはない。」」」
まさかの不満を口にした者、全会一致である。
「だ、だから…トーマ…さんは関係なく…ですね…。」
その様子は明らかにトーマに対してビビっていた。正直、帰りの道中、馬車に乗っていたのが不満なのだろうと思ったトーマが彼らと同じように行軍したのだが、最初とはまるで違い、かなり丁寧な態度を取られたため、異様に居心地が悪く、馬車の中に舞い戻った程なのだ。
…ちなみにトーマが馬車の中に戻った時、捕まった盗賊含めてほとんどの者が安堵のため息を吐いていた。
「…なに冗談だ。本気にするな。では説明を始めるとしよう。」
そうして、トリギースは不合格を下した相手に説明を開始した。
まず彼らがしたミスの1つ目…それは依頼内容を舐めるということ。
「冒険者はどんな依頼に対しても誠実でなければならない。にも関わらず、お前たちは依頼内容が明かされた途端に、気が抜けたような顔をしていたな?いくらなんでもあれはダメだろ…。」
「あ…あれは…。」
「あれは?なんだ?」
「…なんでもない…です。」
2つ目のミス…それはギルドの命令無視。
「俺は何度もトーマを戦わせないようにと言っていたな?あれはむしろお前たちへの救済措置だった。なにせコイツがいれば大体の事は片がつく。それも簡単に。こんな奴がいれば、他のやつは何の見せ場もなしで判断のしようもあるまい。そんなギルドからの温情まで無視するやつを合格にするわけがないだろう?」
「…うっ…。」
最後に…。
「はぁ…それにまさか気に入らないからと、仲間を死地に追いやるような奴らがいるとは思わなかった。」
「「「「……。」」」」
「馬車に乗っているのが不満?楽しそうにしているのが不満?お前らは馬鹿か?トーマは依頼相手…しかも貴族相手に良好な関係を築いてくれていたんだぞ。」
「「「っ!?」」」
「貴族と同じ馬車に乗れてラッキー?そんなわけないだろ?貴族には死ぬほど質が悪いのが沢山いる。上位の冒険者となれば、それらと関わることも増えるだろう。要するに、どんな奴らでも関わらねばならない。コミュニケーションもネゴシエーションも仕事の1つだ。」
「「「……。」」」
受験者たちはもうメタメタである。
トーマが被害者のところに関しては大目に見ても別にいいんじゃね?くらいの軽い感覚だったのだが、まあ、今回は実践というより試験なので、そのくらい厳しい目で見る必要があるのか?くらいの感覚で納得はした。
さて、そろそろ終わりだろうとトーマは当たりをつけていたのだが、トリギースは視線をさらに鋭くして続けた。
「それと…ジリッド…アンタたちはさらに問題外だ。」
「…なん…だと…。」
なんとその相手は色々と取り仕切ってきたジリッドたちに対してだった。
「お前ら冒険者を舐めてただろ?」
「っ!?」
「今、お前たちは冒険者だ!まずそれを認めろ!!」
トリギースはそう口にした。
おそらくトーマ含め鈍感な者以外は気がついていたことを…。
ジリッドはトリギースを睨みつけるようにして…そして、程なくして身体の力が抜け、座り込んだ。
「………はぁ……その通り…だな…。」
―
「…ジリッド…。」
ジリッドのことを仲間たちは何か言いたげに見ている。
何を認めている?俺たちは…だろ…か?
…いや、違う。
そんなことはもうジリッド自身にもわかっていたのだろう。
みんな心のどこかではわかっていたのだ。
あの傭兵団はもうないことを。
今まで中途半端に冒険者モドキをしていたことを。
そして、いい加減自分たちが新たな一歩を踏み出さなければならないこと…。
ジリッドは試験を受けた全員が見える位置に立つと、勢いよく頭を下げた。
「みんな…特にトーマ…すまなかった!!」
こうして、ジリッドたちは冒険者になった。