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トーマが送られた先、彼はその光景に見覚えがあった。
どんよりとした空を覆う木々に、ジメジメという表現が正しい空気。
どことなく周りから感じる様々な殺気と獣臭。
「って…【死の森】じゃねぇかっ!!」
そう…そこはトーマが1ヶ月以上に渡り、命がけのサバイバルを繰り広げたところ。
勝手知ったる【死の森】…などと口にできれば、こんなに慌てはしない。ここは規模にしていくつもの国をのみ込むほどに広大で、また隣接する地域。確認されている魔物の種類も膨大で、Dランクから、果てはSランクすら存在すると噂される。
Cランクが一般冒険者と言われるこの世の中、Dランクが衛兵1人程度。そう言われれば、その程度と言われるかもしれないが、本当のところこの森に住むほとんどの魔物のランクはCランクが一般的。
Dランクというのは本当に極少数の存在なのだ。そのDランクとギルドが定めた基準もまた、この森では通用しないこともある。森から出てから考えてみたり、他の地域で同種の魔物たちと遭遇した限り、トーマ自身、何度かそういう存在に出会っていた。
ちなみに、トーマがここで見かけた最高ランクの魔物はAランク相当。
まあ、異世界に来たばかりの人間がそんな巫山戯た場所の攻略などできるはずもない。結果として、ほとんどの魔物たちを倒すことができず、なんとか木ノ実なんかで食いつなぎ、ギリギリのところで逃げることができた場所が、ここ【死の森】である。
以前は殺気のさの字すらわからなかったが、今ではそれを感じ取れている。
「まあ…成長ってやつだろうな…ふふふ…。」
トーマは到着するなり即座に、現実逃避をした。
……しかしながら、そんな暇などこの【死の森】では、ほんのわずかも許されないのだ。
スッ…つー…。
何かがトーマの頬を切り裂いた。血が頬を伝う。
「っと!」
それはスニーキングマングースのツメである。
何かしら毒々しい液体が滴っており、明らかに質の悪そうな毒である。
即死か麻痺か。
実のところ、麻痺が正解なのだが、トーマに毒は効かない。
トーマはこの森でかなり強い毒耐性を手に入れていた。
トーマは木ノ実なんかで飢えをしのいでいたと言っただろう。当然、木ノ実には猛毒のそれが含まれ、下位の治癒魔術を絶え間なく掛け続けないと死ぬという状況を味わってもいた。
なので、これはちょっと頬の辺りが痺れるくらい。
おそらくこの状況、1年前のトーマなら、逃げの一択だっただろう。
かのマングースの攻撃を恐れての。
しかしながら、トーマも言葉にしたように成長している。
トーマはスキルを2つ発動させた【隠蔽】と【魔力糸】を……。
「キュッ!?キュッ!キュッ!」スニーキングマングースは、どうやらトーマのことを舐めていたらしい。
まあ、当然と言えば当然か…。
森の中で、図体がデカいわけでもないのに、あんなにもわかりやすいところにいたのだから。
そう小動物(ここでは人間サイズも含む)は隠れて、生活しているのだから。
そして、【隠蔽】で隠れたまま、マングースの首を刎ねる。
ブシャッ!!「キュッ!……。バタン。」
トーマは勝鬨をあげることなく、素早くマングースの死体を【アイテムボックス】に仕舞うと、【隠蔽】をそのままに、すぐにその場を離れた。
そのまま数十分の全力疾走。
トーマはようやく足を止め、一息を吐いた。
「ハァハァハァ……はぁ〜…やれやれ…。」
危なかった。肝が冷えた。
トーマにあったのはその気持ちだけだった。
命を拾った。
咄嗟に避けていなければ、首を跳ね飛ばされていた…それがトーマの考えである。
【死の森】…ここはそういうところだ。
1年前、もし【隠蔽】スキルがなかったら、すぐに死んでいた。
トーマは気を入れ直すと、再び【隠蔽】スキルが掛かっているのを確認し、どちらが森の出口かと徘徊することを決めた。