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盗賊たちのアジトはやはり斥候が掴んだ…いや、正確には掴まされたか…情報通りだった。
頭の名前はグレッグ。
各地を転々としているだの、大きな盗賊団の頭目だのと噂される賞金首である。
以前、討伐依頼があったのだが、あの傭兵団でさえ、討伐できなかった相手。
まさかこんなところで奴と再び相見えるとは…。
しかも捕縛されている現場を見ることになろうとは夢にも思わなかった。
そして、その捕縛をした相手が…。
「こ、これをトーマって野郎がやったってのか…!?」
「…ああ…。」
ジリッドにそう短く答えたのは、トラスタ。
「…信じられん。」
ジリッドはそう呟きつつ、周りを見渡す。
なにせあのグレッグ盗賊団のほとんどが無傷にも関わらず降伏し、自ら拘束されるよう委ねているのだ。
「…それにそいつらを一瞬で殺したのも…。」
トラスタはわずかに震えており、青い顔をしていた。
そして、指さした先。
そこには夥しい量の血が流れたのだろう。それを吸い取った赤い地面があった。
すぐそばには、全て正確に首が刎ねられた死体が纏められてあり、その切断面は刃物を使う者が見ればわかることだが、見事の一言。
ジリッドには逆立ちしようともできない。要するに、少なくともジリッドより遥かに手練れだった。
先ほどジリッドもなにやら死神に鎌を突きつけられるような感覚を感じ取っていた。あそこからは大分離れていたように思うが…あれはまさか…と、ジリッドが考えを巡らせようとしたところ、それは不意な大声によって遮られた。
「おお!見事な切り口。流石だな、トーマ。」
トリギースは死体の前に座り、切断面を見ていた。そして、うんうんと笑っている。
この様子…というか、先ほどジリッドたちが食って掛かった時の態度からも察するに、彼はどうやらトーマの実力を知っていたらしい。
「…この死体の血の固まり具合はほぼ同じだな…。おお!つまり6人を一気にか…こりゃあ、相当に腕を上げたか…。いいね!いいね!今度はいい勝負になるかもな♪」
この光景を見て、なにが楽しいのだ。
ジリッドはイカれたものを見るかのようにトリギースを見ていた。
というか…勝負?
トーマは現在自分たちと同じDランク冒険者である。
もしかしてそんな奴がかつてAランクに楯突いたのか?アイツもイカれてやがる。
そんなことを思い、また現状を把握したジリッドは自分がやってしまったことに冷や汗を流す。
いや、無理矢理トーマに盗賊討伐を押しつけた男連中は全員が…だな。
みんな一切、トーマの方を見ずにセコセコと働いている。
手を止めるのは、時折、トリギースが肉食獣のような気配を出しては、それに気がつき抑えてを繰り返しており、それがわかる者がビクビクと反応する時くらいのものだ。
女連中はというと、トラスタとともにトーマに付いて行かされたシエトという女が怯えているのに付いており、見たところ励ましているらしい。
とまあ、全員が全員、程度に差はあれど、トーマという存在の強さ、もしくはヤバさに気がついたということだ。
すると、トリギースはようやく正気に戻ったのか、指示を出し始めた。
「おっと…いけないいけない!依頼人に引き返す許可を貰わなくては…。お前たちもそれでいいな?」
捕らえた大勢の盗賊を抱えて、王都までより明らかにティスラータへ向かう方が楽だった。
まあ、もしそれを除いたとしても、今のジリッドたちは反論などしなかっただろうが…。なにせ…。
「それでいいだろ。一旦戻ろう。」
トーマがそう口にしたのだから。
「…い、イエッサー…。」