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トーマは憂鬱だった。
トリギースに盗賊退治を押し付けられたのである。
おそらくアジトである洞窟というのは、かつてトーマが面倒事対策ティスラータ冒険者ギルドマスター直轄下請け業者のときに、討伐したオーガたちの住処だろう。
もちろんそこはオーガたちが暮らしていたこともあり、大変不衛生な環境だったわけだが、今より遥かに弱かったギリギリBランク相当の実力というトーマが討伐の際、毒の散布など手段を選ばなかったこともあり、汚染レベルが跳ね上がってしまった。
流石にこのままというのは、未知の病原体や生態系への影響があるのではと考え、当時【魔法糸】より遥かに得意だった治癒魔術を使い、浄化の限りを尽くしたので、それはもうかつての魔物の住処からすれば見る影もないほど住みやすい環境となっていた。
確かあれは4、5ヶ月ほど前だったか…。
確かにオーガたちが住んでいたこともあり、人からすれば天井も高く、先述のように衛生的で、街へのアクセスもそれなりなので人を襲い易いという点からも、かなり住みやすい物件だ。
…などと今は分析している場合ではない。
…それにしても盗賊…か…。
もちろん人間だよ…な…。
現在、トーマはかつてほど【魔法糸】の操作能力がなかった。
前までなら糸での拘束という器用なことができたのだが、現在はその能力を再獲得するために力を尽くすより、魔王討伐のために威力向上を至上の方針としていたため、殺傷能力に振り切っていたのだ。
このままでは間違いなく、何人も始末せねばならない。
そんなこともあり、完全に休日気分などどこかに行ってしまっていた。
「…はぁ…。」
それに…。
「ケッ!なんで俺がこんなインチキ野郎なんかと…。」
「トラスタっ!!ごめんなさい、トーマさん!」
「いや、別に気にしなくていい。」
口ではこう言ったが、自業自得とは言え、自分のことを嫌っている者が同行者というのも、ストレスの要因だ。
まあ、それが片割れのみというのが救いではあるが、これならば単独で向かった方が精神的にも少しは楽だろう。
…まったくトリギースは何を考えているのか…。
「そうだ!気にしなくていい、シエト!」
「トラスタっ!!」
「だって、そうだろう?コイツはカナリアの兄とかいうふざけた嘘を吐いたんだ!」
「それはアンタがカナリアさんに迷惑関係なく言い寄ってたからでしょ?あのままだったら、そのうち衛兵呼ばれてたわよ。」
「そ…それは…。」
「反省したって言ってたわよね?というか、だいたいそんなのわかりきった嘘を信じる方がおかしいでしょ。」
「うっ…。」
「まあ、それは俺も思う。ジョークだったのにな…あれ…。」
「…うっ…。」
「はぁ…。」シエトが仕方のない子ね、と出来の悪い子供でも見るような視線を送っており、トラスタはさらに居心地が悪そうにしている。
「それで?トラスタ?何か言わなくちゃいけないことがあるんじゃない?」
「……ちっ…わ、悪かったな。」
と、トラスタは頭を下げようとして…。
「なんて、言うかよ!バ〜カっ!」
「トラスタっ!!」
そうシエトが呼び止めるのも、聞かず彼は走り去ってしまった。
むしろここまで嫌われてしまえば、いっそ清々しい。
「…ごめんなさい、トーマさん。トラスタがご迷惑を…。」
「…だから気にしなくていい。お姉ちゃんも大変だな?」
「えっ…あっ…まあ、同い年なんですけど…ね。」
トラスタの前ではお姉ちゃんだったシエトだが、トーマの前で、このように顔を赤らめており、年相応に彼より年下に見え、少し癒された。
そんなやり取りをしていると、トラスタがこちらに戻ってくる。
「お、おい!こっちだ!」
どうやら盗賊のアジトを見つけたらしい。
…でも、そんな大声をあげると気がつかれ…いや、もう気がつかれてたみたいだな…。
おそらく放った斥候も見逃されたのだろう。一網打尽のために…。
トーマは洞窟の前の開けたところに人が集まる気配を感じていた。
―
俺は若い頃、騎士団なんてものに所属していた。
その腕一本で成り上がり、綺麗な嫁さんを貰い、貴族の仲間入りする…そんな幻想があと一歩のところにあった。
…それなのに…。
「頭!来やしたぜ!!」
「ん?…ああ…寝てた…か…。」
未練?…まあ、そりゃああるだろう。
なにせ仕えていた国が滅びたんだから。
一緒に嫁さんまでも。
ブンブンとグレッグは頭を振り、その落ち込んだ気持ちを振り払うと、若い頃にはできなかった悪人面を作り、横長いイスから立ち上げる。
「野郎ども、獲物が掛かった。」
「「「へい!」」」
そう勢いよくグレッグたちは飛び出し、待ち構えたのだが…。
「…おい…。」
「へい!なんでがしょう?」
「…来たってあれ…か?」
グレッグの視線の先。
そこにいたのは、男2人に女1人というガキどもだった。
それはどう考えても、獲物が罠に掛かったというものではなかった。
完全にグレッグの想定外だ。
「……。」
不機嫌そうに部下を見つめるグレッグ。
すると、その部下だけでなく他の者たちまで彼から顔を背けており、トバッチリは御免だという様。
「…はぁ…。」
グレッグは部下のそんな様に呆れつつ、訓練ということにしようと、手で潜んでいる者たちに彼らを囲むよう指示を出した。
そして、トーマたちがその開けた入り口に差し掛かる頃には、彼らはしっかりと配置についた。
…よし…獲物は小物だが、いい手際だ。
グレッグの仲間には頭が残念なものも多いが、10年以上も盗賊ができていることからもわかるように腕が良い者が多いのだ。
さて…そうグレッグが口を開こうとしたところ、黒髪の青年が声を上げた。
「お前たちが盗賊か?降伏を勧告する。命が惜しい者は退け。そうでない者は死を覚悟しろ。」
「「……。」」
その男の仲間たちは彼の言葉に絶句した。
「「「「……。」」」」
もちろんグレッグの仲間たちも…。
そして…。
プッ!
そう誰かが漏らすと、グレッグの仲間たちは、彼含めて大笑い。トーマという黒髪の男の仲間2人はその青年を責めるようにしていた。
「プッ、なに言ってやがるんだ?この馬鹿は?」
「ひ〜っひっひ…やめろって腹痛え!」
「嘘つき、なに言ってやがる!!」
「そうですよ、トーマさん!!」
そんな馬鹿にしたような反応に、焦った反応が入り乱れる中、たった1人冷静に見据えている者がいるのをグレッグの視界に捉えた。
グレッグの馬鹿にしたような笑いが徐々に薄れていく。
…コイツ…。
なにかヤバい気がして、グレッグは腰にある剣に手を掛けた。
その瞬間。
ゾワリッ!!
言いようのない悪寒がその場にいる者たち全てを襲った。
カタカタカタカタ。
剣に触れた手の震えが収まらない。
他の者も同じ。
いや、トーマという男の仲間含めて、コチラの何人かは腰を抜かしてさえいた。木の上から落ちている者も。
そして、その様子を感情なく眺めている者が呟く。
「…やれやれ…もう一度警告が必要か?降伏か死か?好きな方を選べ。」
それはあまりにも傲慢な物言いだった。
しかしながら、グレッグは本能から死の雰囲気を感じ取っており、それを受け入れようと口を開こうとした。
すると、その瞬間、狂乱したのか仲間がトーマに飛び掛かってしまった。
「やっちまえっ!!」
「てりゃあっ!」
「おりゃあっ!!」
「やめ…。」
そうグレッグが口にした時にはもう遅かった。
スルリ。
何人もの首と胴体がほとんど同時にズレ始める。
ブシュッ…シューーーーーッ!!
その仲間から血柱が上がり、その首がゴロリと転がったのだ。
「あっ…。」
トーマが何をしたのか?単に軽く腕を払っただけに見えた。…いや、彼の指先からは長い光の糸が伸びている。これが原因だろうか…。
その糸はふよふよと漂っており…それを伝いわずかにその現象を起こしたであろう残滓たる血液が滴っていた。
「…もう一度警告する。次は全員の首を刎ねる。」
「野郎ッ!!」
仲間の1人がそう声を上げ、それに追随しようと武器に手を伸ばそうとする者が現れ始めたのを感じ…。
「待てっ!!!」
グレッグは全身全霊で一喝した。
「お、お頭…ですが…。」
彼は腰の剣をその場に落とし、ホールドアップして、一歩一歩トーマのもとへ。
後に回想するが、その時ほど生きた心地がしなかった時はない、とグレッグは言う。
そして…「我々は降伏する。」と宣言した。