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「おお…ようやく斥候が戻ってきたか…。それで?相手のアジトはわかったか?」
「……いえ、撒かれてしまって、正確には…。…ですが、近くに洞窟らしきものが…。」
「おそらくはそこ…か…?」
「ええ、おそらく…ですが…。」
「ご苦労さま。」
トリギースがそう労うと、紅一点のパーティーの斥候はそこを離れた。
「ジリッド、聞いての通りだ。どうする?」
「…どうするもなにも…やるしかないでしょう。」
実際の戦力を知るトリギースなら間違いなく攻めるだろうが、ジリッドなら撤退を進言すると思っていた。
トリギースはもしかしてトーマの実力を理解したのかと期待し、今はまだ彼らに任せてみることにして、静観することにした。
それゆえに攻めるというのならば、現状の確認をしなければ…と、今取り仕切っている彼に尋ねた。
「…そうか…それでこちらの損害は?」
「…怪我が2人…。」
トリギースの言葉に、ジリッドは俯いており、それは現状を悲観してのものかとも思ったのだが、声のトーンがなにやら苛立ちを孕んでいるものに思え、今はそんな焦りを持つべきではないという気持ちを込めて聞いた。
「なんだ?なにを焦っている?気になることでもあるのか?」
「焦り?気になること?いやいや…。」
トリギースがジリッドに聞くと、そう馬鹿にしたように笑い、彼はすぐに大声を上げた。
「そんなことじゃない!!俺…いや、俺達は不満なんだ!!それも大いに!!」
「…そんなこと…ほう…?」
トリギースはジリッドの感情を優先し、現状を軽んじる言葉に目を細めた。
「…なにが不満なんだ?」
「アイツ!…ですよ。馬車の中にいる奴…なんでアイツは戦闘に参加しないんですかい?」
「は?」
トリギースからして、ジリッドの言葉は寝耳に水だった。
「だ・か・ら!!なんでサボってやがるんだっ!!ってんだよっ!!」
「…いや、サボってないだろ?ちゃんと護衛してるって。」
確かに冒険者を馬車に乗せて…なんてことはあまりないかもしれないが、護衛となる人物が自前で用意できない場合、たまにある。
中でまで護衛してもらえるなら、安心だというニーズも確かにあり、特に今回のように魔物の動きが活発ならば、試験においてこれほど適当なことはないように思えた。
…それに貴族と一緒に馬車の中というのは案外気まずいものだ。トーマはどうにかしてそれを脱却したようで、今は楽しそうな声が漏れ出てはいるが、それが原因でサボってるなんて言うのは、流石に口にするのも憚られる。
「…どうだか?みんなもそう思うよなっ!!」
ジリッドがそう口にすると、ほとんどの者もそれに同調し、「おうよ!」「そうだな!」「そうですよ!」と声を上げた。
どうやら彼らも不満に思っていたらしい。
これは間違いなく、ジリッドたちがトーマの実力を知っているなどということはないと判断したトリギース。
つまり盗賊相手になんの対抗手段もないということだろう。
すぐに撤退を伝えようとトリギースは決めた。普段なら力づくでそれをしただろう。
しかしながら、トリギースは現在、試験監督である。
指導する立場なので、なるべく頭で理解してから動いてもらおうと働きかけることにした。
年上が何人かいるようだが、「あのな…。」と切り出そうとし…ガチャ…。
すると、タイミング悪く、馬車のドアが開いた。
「……は?」
そして、斥候が帰って来ず、おそらくいつまでも出発しないことを疑問に思ったであろうトーマが出てきてしまったのだ。
「どうかしたか?」
―
敵意。敵意。敵意。
なんともまあ、素晴らしいくらいに敵意一色。
いっそ清々しいくらいだとトーマは思った。
「と、トーマ、今出てきたら…。」
そうトリギースに声を掛けられたところに、割り込むようにしてジリッドから声を掛けられた。
「よう!トーマとやら?」
「あ?なにか?」
「随分と良い身分だな…おい?」
「えっ…どこが?」
これがトーマのマジの反応である。
もしかして馬車に乗ってたこと?と顎に手を当てるトーマ。
すると、ジリッドはガシガシと頭を掻いていた。
「チッ…ああ…ガキが…自分が恵まれていることに気がついていやがらねぇ。」
「?」
えっ…マジで馬車に乗ってたことか…?むしろかなり疲れたんだが…。
ドン!
「ハッキリ言うけどな!もし!テメェがこんな風に何もしねぇで試験に受かっても誰もCランクだなんて認めねぇからな!」
「あっそ。別にいいけど?」
「なに…テメェ…おっとっと…。」
ジリッドに胸ぐらをつかまれそうになったが、トーマは避けた。
「短気はやめろって…オッサン。というか、俺は何もするなって言われてるんだがな…。むしろそれが俺への今回の依頼だ。」
「は?…ど、どういうことですか、トリギースさん?」
トラスタがトリギースに尋ねた。
トリギースがなんで馬鹿正直に言うんだと、トーマを一瞬睨みつけてくるが、トーマとしても知り合いと後からわかったとは言え、それまでは割と馬車の中で居心地が悪かったりとか大変な思いをしており、まったく聞いていたような休日要素がなかったことに軽く不満を覚えてもいたので、これくらいは言ってもいいだろうと答えたのだ。
別に極秘とは言われてなかったから。まあ、カッコウもそれを口にするとは思ってなかっただろうけど…。
トーマが、馬車に乗る前、腹を抱えて笑っていたトリギースから、プイッと顔を逸らしてやると、彼は大きく溜め息を吐き、諦めたらしい。
おそらく自分が出発前、トーマに言っていたことでも思い出したのだろう。
「…はぁ…トーマは戦闘に参加しないようにと言われてる。理由は言えないが…。」
それはトリギースの妥協だった。
しかし、「それって…。」そう誰かが声を上げると、それが不満に火を点け、狼煙となってしまう。
「やっぱりインチキじゃねぇか!クソが!悔しかったら、テメェが盗賊たちを退治して来やがれ!なぁ、みんな!!」
「そうだそうだ!行ってこい!」
「仕事しやがれ、インチキ野郎!!」
「Fランクからやり直してきやがれ!」
男たちの罵詈雑言である。ちなみに女性たちは全員が引いていた。
まあ、こんな罵声を浴びたところで、トーマはギルドからの指示を破る気など毛頭なかった。なにせギルドマスターがカッコウだ。確かにトーマ自身、グレーゾーンを闊歩したことなら何度とあるが、完全なるブラックは流石にダメだろうと自重していた。
まあ、いつかちょっとくらい手を突っ込んでみたいとは思っているが…。
と、本気でジリッドたちのことなど眼中にすらなかったトーマ。
しかしながら、1人…いや、3人ほどブチ切れている者たちがいた。2人は馬車の中に。
そして、もう1人は…。
「…最終通告だ。トーマを戦わせるな。」
トリギースが襟を正して、そう告げるが、すぐに反論の声が上がる。
「ふざけんじゃねえ!!」
「Aランクのくせに、なにインチキ野郎を庇ってやがる!!」
「トリギースさん、アンタに憧れてたのに…クソが!!」
…もうトリギースにも優しく教えてやる気などなくなったらしい。トリギースの顔から表情が消えた。
「…そうか…なら、今回試験を受ける者で多数決を取ろう。もし賛成多数なら、トーマに盗賊退治をさせてやるよ。」
トリギースの言葉に、トーマがギルドに逆らうのはマズいと声を上げようとしたのだが、「上等!」というジリッドやトラスタたちの声によって遮られてしまった。
「それじゃあ、トーマが退治に行かなくてもいいと言う者……。」
「はい!」「はい!」
2人は別々のパーティーの女性だった。あと一人の女性ハイネはというと、おずおずと半分ほど手を上げようとしていたが、カウントされているか不明だ。
…まあ、どちらにしても結果は変わらないのだが…。
女性たちはおそらくトリギースの言いように何か危険を感じたのだろう。正解だ。
しかしながら、それが逆に多数派である男たちの怒りを膨らませた。…トーマがイケメンだったから。
…クソ女どもが。という現代で言えば、女性蔑視発言とも取れるような声が、トーマにも聴こえてくる。
そして…。
「…トーマが盗賊退治をするべきだと思う者…。」




