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「勇者トーマよくぞ私の呼び掛けに応えてくれました。」
「……女神様ですか?」
「はい、女神ミスティアです。お久しぶりですね、トーマ。」
1年ぶりに目の前に現れた、貼り付けた笑顔の美女にトーマは首を傾げた。
「……なんです、その口調?」
「っ!?……何のことでしょう?」
「いや、確か以前お会いしたときはそんな口調ではなかったような…。」
『おい!テメェ!!よくもアタシの仕事増やしやがったな…。』とか。
『チッ、テメェもそのまんまじゃ、大変だろ。仕方ねぇから、いくつかスキルやるよ。あっ、一応言っとくけど、勇者どもより劣るからって文句言うんじゃねぇぞ。』だとか。
そんな口調だったような…。
じ〜〜〜〜〜〜。
「はぁ…チッ!わかった!わかりましたよ!!サーセンでした!!」
ミスティアの反応にトーマはうむ!と満足げに腕を組む。
やはり女神様はこうでなくては!!
「それで?何のようです?」
「ああ…それなんだが…な…。」
言いづらそうにする女神様。すると、彼女はパンと手を合わせていた。
「頼む!勇者になってくれ!!」
「えっ…。」
「聞こえなかったか?だから!勇者になってくれ!!」
「いや、聞こえなかったわけじゃなくて…なんで?」
ミスティアは逡巡し、そして絞り出すように口から言葉を吐き出した。
「…お前もアイツら見ただろ?」
女神の一言で全てを理解した。
「…アイツらはもうダメだ。」
「…うん。俺もそう思う。」
女と肉欲に溺れた男2人。
狂気に溺れたように何かを殴り書いている女。
「けど…石動桃華は…。」
と、トーマが希望を口にすると、ミスティアは首を横に振り、映像を見せてくれた。
そして、聴こえてくる声。
『キャーッハッハッハッ!!ハーッハッハッハ!!ヒャッハーー!!』
映像に映るのは、髪を振り乱し、魔物の群れに突っ込んでいく黒髪に血肉がへばりついた女性。おそらく今現在の映像なのだろう。
似ても似つかない姿に一瞬誰だと思ったトーマ。
すると、ズームアップで寄ってくれて、その美しい顔が明らかとなる。
彼女は嗤っていた。本当に楽しそうに、狂気に溺れた笑みを浮かべていた。これでは完全にバーサーカーだ。
トーマはず〜んと落ち込む。これで勇者パーティー兼クラスメイト全滅である。
トーマ、再び体育座り。
そんな彼にミスティアは気を遣ってか、とぼけたように話を振ってきてくれる。
「…ところで、お前、そんな顔だったっけ?」
「……?もともとこんな顔だけど?ああ…そうか…髪切ったからか…戦闘の時、邪魔になって死にかけたことがあって以来、ちゃんと定期的にメンテしてんだわ…。」
どう?似合う?と気を遣ってくれたミスティアに応えると、彼女は案外良さげな反応を見せてくれた。
「ま、まあ、うん、良いんじゃね。アタシは良いと思う。似合ってるよ。」
「うん、あんがと。」
ミスティアはこれでも目を見開くほどの美女である。そんな彼女に褒められては誰であろうと、頬くらい染める。少し元気が出た気がした。
「…こんな状態のアンタには悪いんだけど…。」
「…ああ…わかってる…けどどうする?今、石動のこと見てわかったけど、俺、勇者並みの力はないんだろ?それじゃあ…。」
魔王なんて討伐のしようがない。そうトーマが言葉にしようとすると、ミスティアはトーマの肩に手を置いた。そして…。
「ああ、それなら大丈夫。ほれ、スキル強化。」
そう女神が唱えると、トーマの身体が輝き、力が溢れるような感覚を覚えた。
「これで勇者と同格だ!どうだ?」
「…まあ、あんがと。」
そんな彼女にトーマは苦笑い。
いきなり転移直後、【死の森】などというところに飛ばされた時、この力があれば…とか、ミスティアに対して思うところがないわけでもなかったが、彼女のドヤ顔と素の笑顔の可愛いらしさに、やれやれと口から罵倒など出ては来なかった。
「フフン♪ならこれで勇者になれるな!よし!頑張れ、トーマ!!」
どうやらお別れらしい。トーマをより強い光が包みこんだ。
少し寂しいかもしれない。
トーマはそう思うと同時に、また会えるかもわからないのではと思い、少しくらい意地悪をしたい気持ちがないわけでもなかったので、ほんの少し軽口を叩くことにした。
「ああ、頑張る。けど世界のためじゃないから。」
「へ?」
「ミスティア、アンタのためだ。」
「えっ?えええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」
という絶叫がそこに響いた。