常盤の知り合い
コンビニ店長を殺した常盤と面会した後、木嶋は常盤が遺体処理を頼んだ男の話を聞こうと、様々資料を確認していた。
常盤の裁判より先に、男の死体遺棄の罪が確定していた。
彼は責任を放棄するような傾向はあったものの、基本的には罪を認め、反省していると判断された。
実刑ではなく、執行猶予となったのだ。
彼はこの死体遺棄が初めての犯罪であり、保護観察がつけられている。
どれくらいの頻度で保護観察官と面接しているのかは不明だが、まだ続いていることは待ちがない。
そのため、住まいなどはすぐに知ることができた。
だが、本人へ連絡を取る前に、木嶋はまず男の担当の保護観察官に連絡を取った。
観察官は、当然ではあるが、彼の近況をしっかり把握していて、短時間で彼ことをよく知ることができた。
そして木嶋は監察官を通じて彼に会う約束を取り付けた。
木嶋は約束の日、彼と駅の改札で会い、近くのカラオケに入った。
死体遺棄の件に突っ込んだ話題になってしまう。周りに聞かれてしまうような場所で話して、彼の更生の妨げになってはいけない。
比較的ゆったり目の部屋をとり、木嶋は話を始めた。
二人は対面で座った。
「木嶋といいます。ちょっと思い出したくない話かもしれないが、付き合ってもらえるかな」
「鈴木です」
木嶋はメモを取り出してしたの名前、義徳確認した後、続ける。
「君が罪に問われた死体遺棄の話なんだが、常盤から、処理する遺体の顔とかは聞いていたのかね?」
「顔? 顔は知らないです」
「顔を知らないで、遺体の処理だけしたと?」
驚いたような目で木嶋を見つめ返す
「ええ、彼女が誰と付き合ってて、誰を殺したとか、そういうことは一切知りませんでした」
「じゃあ、どうやって遺体のところに」
「遺体がある場所は聞いていたので、それだけで問題なかったです」
木嶋はやっぱり、と思い目を輝かせた。
「そうか。そうなんだ。やっぱりあれは三上の死体じゃなかった」
「さあ、それはわからないです」
「常盤も、君が処理した後の遺体を見ていないと言っていた。ただ置かれていた死体を処理したのだとしたら、別の遺体を処理した可能性は残っている」
鈴木はムッとした顔で言った。
「遺体の身元は警察で確認していたはずです。それに遺体の全てが出てくるまで、僕は警察に協力しましたよ。後、その遺体が三上であろうが、なかろうが、僕の罪は変わらないと思いますが」
「そう。遺体が三上か三上でないのかは、君の罪に関わる問題ではない。常盤が殺人をしたかどうか、という点に関わってくる。そして……」
鈴木は目を細めた。
「今現在、発生している連続不審死に三上が関係しているのではないかという俺の見込みに影響するからだ」
「生きているわけないでしょう? 切り刻んでバラバラにしたんだから」
「違う。説明するとこうだ。常盤が『三上』を殺したと思っている。常盤は現場を去って、君に遺体の処理を依頼した。だが三上は生きていて、妻を交換殺人した時の遺体を持ってきて、自分が倒れていた場所に置いた。君は入れ替えられた遺体を『三上』だと勘違いしてバラバラに解体した。これで三上は生きていることになる」
鈴木は首を横に振ってから、言う。
「現場にあった血の広がり方から見て、僕の推測になるけど常盤が刺した男が生きていたというのは考えにくい。まして僕が現場に着くまでに別の遺体を代わりに置くなんて力仕事ができると思えない。大体、刺された腹の治療はどうするんです? 医者にかかった時の名前だってどうすんです。警察にしては考えが浅いのでは?」
「なんだと」
「常盤が殺した、ということ自体が虚言であれば、刑事さんの言っていることが成り立つでしょうね。だとしたらもっと細かい質問するのは私じゃなくて、常盤の方だ」
木嶋はムッとした表情で言った。
「君の発言が全て嘘で、君が三上と共犯の可能性だってある。瀕死の三上と君は会話して、助けてやるから金をくれという。そうすれば、君は常盤と三上から金を巻き上げることができるからな。三上の傷は君の保険を使って治療を受けさせる。遺体は君が運べばいい。なんなら別のところでバラしたっていい。事件当時、誰もそんなことを考えていないから、君が医者にかかっていたどうかなど誰も調べなかったろうが、今、調べ直せば分かるのではないかな?」
「そんなに疑うなら、別に調べてもらって構いませんよ」
「ずいぶん自信があるな。もう事件から五年経って、医療機関で保存しているカルテなど、残っていないと思っているからかな?」
鈴木はため息をついた。
「いいえ。そんな曖昧な根拠じゃないです。僕が見た時は完全に死んでましたから。事実と違うことを捏造しようとしたって無駄だということです」
木嶋は言った。
「わかった。とりあえずその言葉を信じよう」
「……こっちも信じますよ」
木嶋はメモを書きつけると、それを上着の内ポケットにしまった。
支払いを済ませると、木嶋は鈴木と別れた。
木嶋はまず鈴木が使った治療の状況を調べた。
もし腹部を刺された三上を鈴木と偽り医者に診てもらったかもしれないからだ。
殺されたという証言のある地域の医療機関、鈴木の住居があった地域の医療機関など、全く情報が残っていない。
そもそも医者にかかったことすらないのかもしれない。
木嶋は鈴木の保護観察官と連絡をとり、金回りについて調べた。
常盤から得た金については、どうやって受け取ったかがわかっているらしい。
それ以外の預貯金については全くなく、生活状況から見ても三上から金を受け取ったということはないと判断した。
いよいよ鈴木が言っていたことが本当になってきた。
やはり、もう一度、常盤にあって確認してみるべきなのだろうか。
常盤がそもそも三上を殺した、というのが嘘だとする。
だが、三上を殺したと自供してしまえば、あまり考えずに警察はそれを受け入れたに違いない。そもそも殺人から、かなり時間が経過してから自首してきたのだ。バラバラになっていた遺体を探したのなら、死亡推定時刻などは意味がなく、いつ殺されたのか、誰が殺した遺体なのか、本人の供述以外で確認する方法がないということだ。
後は遺体が三上本人だったか、どうか。
これも三上本人が死んでいなくても『本人の部屋から採取した毛髪』と死体のDNA鑑定があっていれば三上と誤認するだろう。実際は三上の部屋から採取した『殺された男のDNA』と『バラバラになった男のDNA』が一致したに過ぎないのに、だ。
鈴木側の証言や行動に全く問題がないとすれば、違う遺体を使って三上を生かすことが出来るのはやはり常盤ということになる。
もし常盤が三上を殺さずにいたとして、あるいは三上がうまく常盤と鈴木を騙して、別の遺体とすり替わり、本人はのうのうと生きているのだとしていたら……
木嶋は、考えながら歩いていると、人に前を塞がれた。
避けようとすると、その方向に動いてくる。
木嶋はその人物の顔を確かめる。
「!」
見覚えがある顔だが、名前が浮かばない。
顔や首筋に年相応のシワが見受けられた。
長い髪が風で揺れる。
「すみません、どちら様でしょうか」
「菜々子の母です」
菜々子の霊視の力を頼って、連続不審死の現場に連れて行ったら、何かに取り憑かれたようになってしまった。
その菜々子を助けに来たのがこの母親だ。そして木嶋はこの母に菜々子を連続不審死事件に関わらせないと約束する紙を書かされた。
「約束通り、菜々子さんは事件から……」
「あなたのことです」
菜々子の母は、木嶋の言葉を遮るようにそう言うと、木嶋の目を見て頷いた。
「私が何か?」
木嶋はとにかく話を聞くことにし、近くにあったチェーンのカフェに入った。
何から切り出していいのかわからない木嶋が黙っていると、菜々子の母が口を開く。
「以前、菜々子が取り憑かれた事件、まだ続いているのですね」
「ええ。解決に向け捜査をしているのですが」
「この事件は、目にみえるものだけを捜査しても解決しません」
またオカルト方向に持っていこうとしているのか。
木嶋は急に興味を失った。
「ええ、付近のコンビニであった過去の事件が関係しているのではないかと考え、関連を調べています」
菜々子の母が目を見開いた。
「それだわ!」
その大きな声に木嶋は落ち着くようにと手で抑えるような仕草をする。
「ええ、捜査はしっかり行って……」
「その件を調べれば、あなた死ぬわよ」
「私は警察ですよ。調べない訳にはいかないし、連続不審死を止めるためであれば、どんなことでもしなければならない」
菜々子の母は、横の椅子に置いていたバッグから何かを取り出して、机に置いた。
それは名詞だった。
「除霊請負人?」
その下には名前があった。
「堂守莉々とお読みすればいいのですか? どういったお仕事なのでしょうか?」
「読んだままのことをします。今回のことコンビニ店長の件は除霊案件なんです。当然、連続不審死も、です。依頼をされれば除霊をしますが、今回のように問題の土地の所有者がいなくなっているような場合、誰も除霊の依頼をしていこないため、解決ができなくて長引きます」
手に取った名刺をテーブルに戻すと言った。
「霊で人は死にませんよ」
霊で死んだように見せる仕掛けか、仕組みがあるだけだ。
木嶋は自分の信念を言葉にしていた。
「……とにかく今は関わらないで。何度も言いますが、あなたに解決できる事件ではないんです。もう少ししたら土地の所有者から除霊の許可を取れます。土地の除霊が済んでしまえば何を調べていただいても構いませんから」
「大丈夫。以前約束した通り娘さんは巻き込みませんよ」
木嶋は吐き捨てるようにそういうと、立ち去った。