うわさ
女性警官である緑川は私服で聞き込みをしていた。
一人の女性から証言を聞き出そうと、公園へ連れてくる途中だった。
公園からは、連続不審死の事件を追っている木嶋と一緒に歩いてくる。
木嶋が緑川に声をかけると、木嶋が追っている女性が、突然緑川に近づき耳打ちした。
「あなた警察の人ですよね。あの人に何を言っても分かってもらえないんで代わりに話を聞いてもらっていいですか?」
「ええ、もちろん」
「あの人、私の言うこと、分かってないのに分かったフリするんで困るんです」
「……」
緑川は、木嶋を追い返すとまず連れてきた女性に言った。
「ちょっとこの女性の話を一緒に聞いてもらっていい?」
「いいよ」
そう言うと緑川が連れてきた女性はスマホを取り出して、何かを見始めた。
緑川はそれを責めるわけでもなく、淡々と続けた。
木嶋が追っていた女性は、化粧をしていない風だった。
肌は白く、髪は洗っていないのか油っぽかった。
「ええと、お名前とかを聞いていいかしら?」
緑川は簡単に名前と住所、連絡先などを聞いた。
「山本さん、木嶋さんに何を伝えたかったのかしら」
「うわさなんですけど、ここら辺で変なWi-Fiに繋がるんです」
「変なWi-Fi?」
この山本という女性の話だと、この近辺で残りの通信量が足りない人のスマホが『謎のWi-Fiに繋がる』ことがあるそうだ。
そのWi-Fiはログインするような代わりに、四つの選択肢から選ぶことになるという。
「それがデスノートだって、これも『うわさ』に過ぎないんですけど」
「もしかして、その選択肢の人間が死ぬということ?」
山本は頷いた。
「今回亡くなった女性も、多分、誰かが選択したと思う」
「……何バカなこと言ってんのよ! そんなのあるわけないじゃん」
突然、緑川が連れてきた女性が、血相を変えてそう言った。
露出の多い赤いワンピースを着た女性は、言葉を続けた。
「その女性が言ってる通り『うわさ』よ。死ぬわけないじゃん。そんなの警察が聞く話じゃないでしょ」
山本がその赤いワンピースを着た女性に、しっかりと顔を向けた。
「そう『うわさ』だけど、ここの人達は半ば信じ始めている」
「……信じてないわよ」
緑川は自分が連れてきた赤いワンピースの女性の、スマホを持つ手が震えているように見えた。
「田山さん、あなた何か知ってるの?」
「知らない。信じてないし、そんなのあるわけないじゃん」
あからさまに何かある反応だ、と緑川は考えた。
緑川は田山の肩を抱き寄せるようにして、椅子に座ろうと話しかけた。
三人は、公園の端にあった椅子に並んで座った。
左端に緑川、真ん中に田山で田山の隣に山本が座っている。
緑川は田山が落ち着いたと思って口を開く。
「信じてなくても構わない。何かあの界隈で不審死に繋がるような何か、知っていることを教えて欲しいの」
「これ」
田山はスマホの画面を見せた。
それはスマホ画面のスクリーンショットだった。
さっき山本が言ったWi-Fiの接続画面らしい。
四つの選択肢があり、選択肢には苗字やあだ名のように個人を特定する名前が入っていた。
「うわさは知っててさ。たまたま自分のスマホで出ちゃったから、面白そうだなと思ってスクリーンショット残してみた」
緑川が指をさす。
「これ、選択してしまったの?」
「どうしても月末でギガが足りなくて」
「選択された女性は?」
山本も田山に近づいて、画面を覗き込む。
「これって『ひろ』ちゃん?」
「山本さん、この女性知ってるの?」
「知っているっていうか、知っちゃう感じ。あそこにいる女性は殆どお互いを知らないけど、人気のある女性は、男の人が大声で名前を呼んじゃうことがあるのね。だから、有名な子ほど、名前覚えられちゃうの」
緑川は状況を理解した。
「知り合いじゃないけど、名前を知っているからってことね」
「『ひろ』ちゃんって、最近、名前聞かない」
「うわさじゃ『売り』は辞めたって」
緑川は考える。この女性達は、お互いのことを知らないのだとしたら、誰が不審死したのかも知らないのではないだろうか。だとしたら。
「待って、今から画像見せるね」
緑川はスマホを使って被害者の顔を表示させ、田山と山本に見せるように置いた。
そして、フリックして全員分を見せた。
「えっ?」
田山は何かを見つけたような反応をした。
「どう? この中に『ひろ』ちゃんって女性いた?」
緑川が写真をゆっくり戻していく。
「……」
「どうかな」
緑川が言うたび、田山の顔が青ざめていくように思えた。
山本が写真を止めた。
「この女性だと思う」
緑川は一度スマホを自分の手元に寄せる。
そして、写真ではなくリストからそれぞれの名前を確認した。
この中の一人が『ひろ』と呼ばれていたとしたら、なんらか苗字なり名前なりに『ひろ』に相当する文字があって良いはずだった。
しかし、被害者の身元を照会して作ったはずのリストに『ひろ』がつく人はいない。
山本がさし示した女性は、楠木萌見という。どこにも『ひろ』要素はない。
「山本さん、さっきの女性で間違いないかな」
「私じゃないから!」
「待って、田山さんどうしたの?」
「私のせいじゃない……」
緑川は頭を抱え込む田山の背中に手を当て、ゆっくりとさすった。
「落ち着いて。何か言いたいことがあれば、順番に言ってみて」
田山は俯くだけで話をしない。
緑川はまずスマホで写真を準備すると、山本が言っていた女性と同じかどうかを確認する。
「田山さん、最初に言っていた『ひろ』さんは、この写真の人でいいのよね?」
少し顔を上げ、田山は頷いた。
「さっきのスクリーンショットを見せてもらってもいい?」
田山が押しつけるようにスマホを渡してくる。
緑川はそのまま受け取ると、操作して画面を確認した。
URLの部分が切れていてよく分からない。
ブラウザを開いてみる。
「履歴見てもいい?」
俯いた田山は頷きながら、声を返した。
緑川は長押しをして履歴を開くと、キャプティブポータルと呼ばれるWi-Fiの入り口でログイン規制したりするものを見つけた。
恐る恐るその画面を開く。
繋がっていないためなのか、ほとんどの画像やボタンが表示されない。
だが選択するボタンらしい配置はあり、この画面がそうであることは間違いないと思われた。
そもそもキャプティブポータルはその、ローカルのWi-Fiに入口サイトであり、インターネットに設置されたサイトとは違うのだ。アドレスを知ったところで、そこにアクセスできるものではない。
「このスクリーンショットの画像、もらってもいい?」
「うん」
緑川は写真アプリからメールに添付して画像を飛ばした。
「これで誰かが死ぬなんて、私は信じないけど、念の為。念の為に、残りのボタンを押したら、私に連絡くれないかな?」
「押したくない」
「もちろんそうよね。押さないなら押さないで構わないわ。それと、これは山本さんも聞いて、このWi-Fiに繋がったら、いつ、どこで繋がったか教えてくれないかな。このサイトで押したとか、押さないで人が死ぬことはないと思うんだけど。何か事件と関係している気がするの」
二人は、静かに頷いた。