コンビニの過去
木嶋は自席で永田が出したこの事件のコンビニに関する報告書を読んでいた。
基本的には事実関係しか書いていないが、木嶋は事実と事実の間を勝手に補完していた。
女性たちが集まるガードレール沿いの反対側に空き地があるのだが、そこには以前コンビニが存在した。
コンビニは土地を持つオーナーの娘と、その娘と結婚した夫で経営し、一緒に店にも出ていたようだ。
周囲のコンビニとの競争が無かったタイミングで、その店舗はかなり儲けていた。
オーナーである娘の両親が亡くなった後、コンビニはその夫婦がオーナーであり、店長という形で店に関わるようになったという。
夫婦仲は円満だったようだが、しばらくすると夫婦の関係は冷えていったのだろう。夫はバイトを自分の好みで選ぶようになり、バイトの女性と関係を持つようになっていたという噂が残っている。
ついに妻は探偵に調査を依頼したらしく、探偵の調べた内容が記録されていた。夫はよくコンビニの制服を来たまま、坂の上のラブホにバイトの女性を連れ込んでいたらしい。
こうやって探偵が調査をしているように、結局、この件は妻にバレているわけだ。
夫婦の間に離婚の話が持ち上がる。
探偵の調査を突きつけられた夫は、困ってしまった。夫の不倫が理由で離婚されたら、今の生活、つまり妻の親から相続した土地も、コンビニも、何もかも失ってしまう。更に言えば、それだけでなく彼が慰謝料を払わねばならない。
浮気をやめればいいだけの話なのだが、手にした金と、満たした欲を手放すという考えには至らなかったようだ。
夫は、妻の殺害を計画し、実行してしまう。
木嶋は、レポートの中にあるWebリンクをクリックすると、事件に関する記事が表示された。
「保険金殺人……」
ただ殺すだけではない。
妻にかけた保険金を手にするように、巧妙に仕組んだ殺人だった。
正確にいうと、殺人ではない。誰も立証できていないのだ。
これはまだ、木嶋が一課に配属される前の事件だった。
容疑者としてコンビニの店長が浮かび上がったものの、警察はこの店長の容疑を立証し、捕まえることが出来なかった。
時間があれば、できたかもしれない。
だが、その前にこの夫は、愛人に殺されてしまったのだ。
愛人だったその女は、この店長を殺した後、証拠隠滅の為遺体を別の者に依頼してバラバラにした。その後、突然自首をしている。女は殺害と遺体遺棄の罪に問われ、裁判を終えて現在は服役中。遺体遺棄した男は執行猶予付きで、保護観察中。
妻の死については、この女の証言によって、夫である店長が保険金殺人を仕組んだ、と推定されているのだ。
「菜々子が監視カメラの映像で見たという、コンビニ制服を着た男は、こいつの怨念だとでもいうのか。死んでもまだ霊となって女を買うとしたら、相当強欲な男だな」
木嶋は報告書を読みながら、そんな独り言をいった。
それだと霊が犯罪をしていると認めることになってしまう。それは木嶋的には正しくないことで、認め難いものだった。
実際、人間を殺せるのは、現実にいる人間であるはずだ。
霊などに殺人ができてたまるものか。
もしこの考えが間違っているのだとしたら……
俺は警察を辞めなければならない。
木嶋はそう考えて、目を閉じた。
「木嶋さん電話です」
目を開けると、転送された電話を取った。
『もしもし、永田です。木嶋さん、また例の坂のラブホで、女性が遺体で発見されました。例によって監視カメラに映った人物は遺体で発見された女性一人です』
木嶋はメモ帳でカレンダーを確認すると、また月末であることに気づいた。
「事件は今日だな? 悪いが緑川くんを呼んで、また例のガードレールのあたりでの目撃情報がないか聞き込みしよう」
『わかりました』
木嶋はすぐに支度をすると、現場へと出かけた。
以前と同じように、緑川は私服に着替え、ガードレール沿いに並ぶ女性に声をかけては連れてくる。連れてきた女性に、遺体で発見された女性の目撃情報を聞くということを繰り返した。
木嶋は、以前の聞き込みの際に、コンビニの制服を来た男と歩いていた、と証言した女性がいたことを思い出した。
「緑川くん、以前『コンビニの制服を着た男』を見たという女性がいたら、連れてきてくれないか?」
木嶋には、この『コンビニの制服を着た男』がポイントなっているような気がするのだ。
「……」
「どうした?」
緑川はスマホを木嶋に見せた。
「この娘です」
「じゃあ、話が早い。連れてきて」
「そうじゃないんです。それは被害者なんです。以前証言してたのが今回亡くなった娘なんですよ」
木嶋は唖然とした。
現在までの目撃情報は今回亡くなった被害者の証言と、菜々子が監視カメラ映像に見た二つだけだ。
菜々子が霊的に受け取ったものだとすると、本当に犯人を目撃したのは今回亡くなった女性の証言しかない。いや、他にコンビニの制服を着た男の目撃証言がないのだから、この女性も菜々子と同じように強い霊感があったのかもしれない。
いや、そんなことを考えるべきじゃない。
彼女は目撃してしまった為に、犯人に狙われた、そう考えることも出来るだろう。
「そうか…… とにかく、聞き込みを続けよう」
緑川は頷くと、証言を集めにガードレール沿いへ向かっていった。
木嶋は永田と顔を見合わせた。
「……木嶋さん」
「……」
「木嶋さん?」
永田が木嶋の方を指さした。
木嶋は振り返ると、そこに女性が立っていた。
化粧気がなく、髪を洗っていないのか油っぽい黒髪をまっすぐ垂らしていて、顔も半ば隠れている。そんな女性だった。
「えっと、どちら様でしょうか?」
女性はボソリと言った。
「警察の方?」
肯定すれば、警察であることが周囲にもバレてしまうが、否定するのも変だった。
木嶋はその言葉には反応せずに、聞き返した。
「なんでしょう」
「噂なんですけど」
「うわさ?」
女性はゆっくり頷いた。
「うわさ、とは」
「デスノートです。あの空き地にあるコンビニでデスノートが」
木嶋は慌ててメモをとる。
「おい、永田。この女性は何を言ってるんだ?」
「デスノートって、殺したい相手の名前を書くと、その人が死んじゃうという漫画ですよ」
「コンビニで漫画を売っていた、と?」
女性は何も言わずに振り返ると去って行こうとした。
木嶋はすぐさま追いかけて、女性の正面に回り込む。
「待ってくれ。この事件、手掛かりが無さすぎるんだ。ラブホで死んだ女性のことで、君、何か『うわさ』を知っているんだね?」
女性は黙ったまま頷く。
「そのデスノートがどうしたと」
「コンビニのWi-Fiがデスノートに……」
「わいふぁいがですのーと?」
女性は首を傾け、視線を落とす。
そして木嶋を避けるようにガードレールの通りに向かって歩いていってしまう。
「すまん、待ってくれ!」
メモとペンを手にしたまま木嶋は、歩みを止めない女性についていくように歩いた。
「それで、君は何を知って……」
「……」
木嶋が食い下がるが、女性は口を開かない。
しばらくすると、ガードレール側から緑川が戻ってきた。
「どうしたんです木嶋さん?」
「この女性が何か知っているというんだが、話がよくわからないんだ……」
女性は緑川を見て近づいていく。
緑川に顔を寄せ、耳元で何か話している。
「なんだ、何を言って……」
木嶋が大きい声を出すと、緑川が制した。
「ちょっと木嶋さん。待ってください。一旦、永田さんの方に下がってもらえますか?」
木嶋は緑川の言葉に従い、後ろを向くと永田の元へ戻っていった。