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菜々子

 木嶋は菜々子(ななこ)を連れて、事件現場近くのガードレール沿いを歩いていた。

 今も女性たちが並んで立っていて、男は並んでいる女の顔を見ながら品定めしている。

 通りを少し進んだ時、不意に菜々子が立ち止まった。

 女性が並んでいるガードレールと反対側を見ているようだが、何を見ているのか分からなかった。

「なんだ?」

「今、すごく『チキン』が食べたくて」

 木嶋は、改めて菜々子を視線を追った。

 チキンカレーの店、の『のぼり』が出ている。

「今からカレーを食うのか? 後にし……」

「違いますよ、こっちの」

 菜々子は『空き地』を指さした。

 木嶋はハッと気づいた。

「そこに何か見えるのか?」

「……」

「空き地に『チキン』って」

 木嶋が見る限り、チキンを扱いそうな店がない。

 完全に推測になるが、監視カメラに映っていなかった人物と思われているコンビニの制服を着た人物がいる。つまり、菜々子に見えているのは……

「まさか、コンビニが見えるのか?」

 菜々子はゆっくりと頷いた。

「これは事件の鍵になるかもしれん。見えたものをメモしてくれ」

 木嶋が言うと、菜々子はひたすらあきちを見てはメモに記録することを続ける。

 木嶋は住所を調べて、署に連絡をした。

「……ああ、そうだ。今は空き地だが、その住所にコンビニがあったはずだ。調べてくれ」

 木嶋が通話を切ると、菜々子が急に木嶋の腕をとった。

「どうした?」

「怖い」

 空き地から、木嶋を盾にして体を隠すように、菜々子が回り込んだ。

「おいおい、何かいるとでも……」

 よく見ると彼女は震えている。

 ここに何かいる(・・・・)のだ。彼女から答えは返ってこないが、それが答えなのだ。

「やばいなら、ここから逃げよう」

「……血だらけの女性が」

「女性?」

 木嶋は驚きに目を見開くが、どう足掻いても彼には何も見えない。

「コンビニから出てきたのか?」

 彼女が頷く。

「血だらけの女」

 ラブホに同伴したのなら、コンビニの制服を着た『男』だと思っていた。

 彼女にしか見えないこの霊体が、心臓発作を起こさせている? リングのサダコじゃあるまいし、そんな心霊現象の事件が実際にあってたまるか。

「どうする、今日はやめておくか?」

「……」

 木嶋が彼女の顔を覗き込むと、髪を後ろに縛っているためにはっきり見えている耳が、赤くなっていた。

「行きましょう」

 そう言った彼女は何かにあてられたように、虚な目をしていた。

「無理するなよ。体調が悪いとか、霊的に問題があるとかなら、現場を見るのは今度にしよう」

「平気」

 菜々子は木嶋の腕を抱えるようにして引っ張る。

 木嶋からすると、わざと胸を当てているようにも思えた。

 二人はガードレールのある通りをすぎ、坂を登った。

 二件目の事件が起きたラブホの前で、木嶋が言う。

「ここがその一つだ」

 菜々子は微笑むと、こくりと頷いた。

 客のふりをしてラブホに入り、木嶋はメモを開き事件のあった部屋番号を調べた。

「この部屋番号だ」

 ちょうど、問題の現場の部屋が空いていた。

 そのまま無人受付をすると出てきたカードを受け取り、二人は部屋に向かう。

 部屋に入ると、突然、何かに打たれたように菜々子が背を伸ばして立ち尽くした。

 木嶋は声をかけれないで、菜々子が何か言うのを待っていた。

 だが、あまりに動かないので木嶋は痺れを切らして声をかけた。

「どうした? 何があった?」

 彼女が振り返る。

「何って?」

「さっきから変だぞ」

「全く変なことはないけど」

 彼女はいきなり、自身の着ている服のボタンに手をかけると、順番に外し始めた。

 木嶋はそれを不思議そうに見ていたが、シャツを脱いだ時点でおかしいことに気づいた。

「おい!」

 木嶋は彼女の腕を掴んで押さえた。

「痛いっ!」

 強く握りすぎたと思って、木嶋は手を緩める。

「気が付いたか?」

「……」

「何か見えたのか?」

 菜々子は呆然と壁を見つめている。

 事件の捜査に霊能を使おうなどという考えが間違っていた。

 霊能で犯人が見えるとか、手がかりが掴めるなら、もっと多くの霊能者が警察に採用されているだろう。

 人間の目に見える現実的な捜査が必要なのであって、霊能者を連れてきたのは間違えだったのだ。

 あの監視カメラ映像に『コンビニの制服』を着た者が見えたと言うこと自体かなり非現実的だ。機械的に記録されたものを再生しているのに、そこから人智を超えた何かを捉えることは不自然極まりない。

 いや、機械的に記録されたものにすら霊的な情報が乗っているとしたら、殺害現場にはもっと強力な霊的情報が存在するのかもしれない。

 だとすると霊的なことを捉えてしまう彼女をこの現場に連れてきたのは間違いだ。何か強い霊気を感じ取って、おかしくなってしまったのかもしれない。

「ダメだ、俺までオカルト的な思考にハマっては……」

 木嶋は菜々子の腕を握りながら、様子を見つめる。

 壁を見つめ続ける彼女は、気づくと瞬きをしていない。

 そのせいか、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「おい、本当に大丈夫か」

 菜々子は瞳を閉じると、回転が弱まった独楽のように、円を描くようにフラフラし始めた。

 木嶋は部屋の中央にあるベッドに連れて行き、彼女を寝かした。

 スマホを取り出して、署に連絡を入れる。

「山田か? 車を出して欲しい。菜々子くんの調子が悪い」

 山田は忙しいらしく、別のものを向かわせると言って電話を切った。

 木嶋は彼女を見ている。

 大人しく寝ているかと思うと、突然、彼女は唸り声を上げた。

 何かに逆らうかのように抵抗し、体をうねらせる。

 激しい動きに、木嶋は慌てて彼女の体を抑えた。

「大丈夫か?」

 彼女は答えない。

 しばらくすると、動きが止まり、大人しくなった。

 呼吸が止まっていないか心配になり、口の前に手をかざす。

「ふぅ……」

 大丈夫、生きているようだ。

 木嶋は彼女が何度か同じように唸り声をあげ、暴れるのをやり過ごした。

 スマホで時間を確認する。

「まだ車は来ないのか」

 すると部屋の呼び鈴が鳴った。

 木嶋は腰掛けていたベッドから立ち上がり、扉に向かった。

 扉を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。

「あなたは?」

「早くここに入れてください。私は菜々子の母です」

 木嶋は慌てて女性を招き入れる。

「菜々子!」

 母と言った女性はベッドに上がると、菜々子の手足を触りさすった。

 片手は祈るように顔の前に、もう一方の手は菜々子の体のどこかに触れ、さするように動かした。

 母親は、はっきりと口を開けていないが、早口で何かを唱えているようだった。

「菜々子くんに、何が起こっているんですか?」

 木嶋の問いに、答えは返ってこない。

 何度も繰り返し唱え、体をさするばかりだった。

「……」

 木嶋は見ているしか、方法が無かった。

 母のその祈りは続けられたが、突然、さすっている母の手を菜々子が握り返した。

「!」

 驚いたように母は祈りを止めた。

 菜々子は目を開いた。

「お母さん!」

 抱きつかれた母親は、菜々子に覆い被さった。

「よかった。正気に戻った」


 ようやく署から車が来た。

 木嶋は親娘を連れて、車に乗り込んだ。

「警察はなんで娘をこんな危険な目に遭わせるんですか」

「そもそも警察なんだから危険なこととは隣合わせなのよ」

「凶悪犯とかならわかりますが、今回のは霊的な案件です。あれは未熟なこの()を連れていくような場じゃない」

 木嶋はそんなこと分かる訳ないだろう、と言いかけてやめた。

「この案件、霊的なことが絡んでいるとしたら、お母さんにご協力いただきたいのですが」

「いくらお金を出されても嫌です」

 木嶋は引き下がらない。

 せめてヒントだけでも掴みたい。

「なぜです? そんなに強力なものなんですか?」

「私たちが何を見ているのか知りたいんですね。ですが、伝えることはできません。ましてや事件との関係性についてなど、答えることもできない」

 まるでこっちの考えを読まれているようだ、と木嶋は思った。

 どのみち霊視で見えたからと言って、何かを特定する証拠にはならない。

 だが、このままでは……

「この件で菜々子を連れ回すのもやめてください。ここに一筆、書いてください」

「えっ?」

 菜々子の母親はバッグから半紙と筆、墨汁を取り出すと、木嶋に筆を渡した。

「さあ、ここに約束して」

「……」

 半紙を指さす母お世の圧力に負け、木嶋は言われるままの言葉を半紙に書き記した。




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