霊能者
木嶋は様々な事件を担当しているため、しばらくの間、全裸突然死事件とでも呼ぶこの事件から遠ざかっていた。
死因や目撃者の情報は集まってきていたが、事件を解決する方向には何一つ動いていない。
遺体の誰一人からも薬物が出ないために、余計に事件が分かりにくくなってしまった。
木嶋はどうしても同伴者がいたはずと考え、事件現場から引き上げてきた映像をもう一度確認していた。
レコーダー操作をよく理解していない木嶋は、映像再生のために永田を呼びに行った。
「永田、ん? 今日は永田はどうした?」
「永田は別の殺人事件で聞き込みに出てますよ」
と山田が答えた。
「誰か、映像再生を手伝ってもらえないか?」
すると、木嶋に返事をしていた男が言った。
「菜々子、木嶋さんの手伝いしてやってくれ」
「……」
部屋の端に座っていた紺のスーツの女性が立ち上がった。
彼女は振り返ると、木嶋の方を見て、片手でメガネの両端に指を伸ばし、メガネを直した。
化粧らしき化粧はしておらず、髪もポニーテールというか、単に面倒なので後ろ髪を括っているという感じだった。
「菜々子くん? ちょっと手伝ってもらえないかな」
「……やり方教えますから」
菜々子は先に再生用のパソコンの前に座ると、流暢に説明を始めた。
「ここにディスクをセットして、このアイコンをダブルクリック。するとフォルダが出るので、再生したいファイルを選んでダブルクリック。この再生アプリの使いかたは……」
「待ってくれ、待ってくれ。覚えきれん」
「でしたら、メモ取ってください。毎回誰かが付き合わされたら堪らない」
木嶋は深く頭を下げた。
「今回だけだ」
「……分かりました」
二人は、パソコン画面に映る監視カメラの映像を見ていく。
木嶋は今まで何度も見た映像の内容を言葉に出す。
「ここで被害者が入る」
「止めますか?」
「いや、いい」
「そしてこの後、誰も映像に映らない」
菜々子はパソコンを操作すると、映像を止めた。
「なぜ、こんな何もない場面で映像を止める」
「……」
菜々子が木嶋を振り返る。
「何も映っていないか、確かめなければならないんだ。映像を進めてくれ」
「この人は?」
菜々子が画面を指さした。
「この人とは?」
「……バカにしてるんですか?」
「君が何を言っているのか、私には理解できん。この映像には何も映っていない。被害者以外はな。だから事件が解決しないんだ」
菜々子は腕を組み首を捻る。
最初にしたように片手でメガネの両端に指を伸ばし、メガネを押し込むようにして位置を調整した。
「ちょっと他を呼んできます」
菜々子は立ち上がると、部屋を出て自分のオフィスから人を連れて帰ってきた。
「ああ、木嶋さん。菜々子が失礼なことを言ったみたいで」
連れて来られたのは、さっき、菜々子にこの作業を指示した山田だった。
「いや、別に失礼ってほどのことではないが」
画面を見ながら山田が菜々子に言う。
「これか?」
菜々子は頷く。
すると山田は菜々子に耳打ちする。
山田は首を振りながら、木嶋の顔を見た。
「木嶋さん、すみません。私は色々理解できないのですが、この映像はどんな映像なのでしょうか?」
「何って、俺は何を答えればいいんだ?」
山田も困ったように考えながら、言葉をふりしぼるように言った。
「何も映っていない映像を確認しているんですか?」
「いや、何か映っていないか確認しているんだ」
被害者は一人で死んでいるところを見つかっている。
同伴者は監視カメラに映っていない。
これが過去、三件の事件の実態だった。
「木嶋さんには何も見えないんですよね?」
「その通りだ」
「私にも何も見えません」
木嶋は、山田が当然のことを何故聞き返してくるのか分からなかった。
「私にははっきり見えます。コンビニの制服をきた同伴者が」
「えっ!?」
コンビニの制服、と言う情報は、一部の証言と一致する。
驚く木嶋をよそに、山田は全く驚いていなかった。
初めから、それを知っていたようだ。
おそらくさっきから菜々子と山田がヒソヒソと話していたのは、このことだったのだ。
「山田、どういうことなんだ」
「僕にも分かりませんよ。先に聞いていたから疑問に思わなかっただけで」
「こういうものは誰が見ても同じものが見えるから『証拠』として有効になるんだ。人によって見え方が違うものは『証拠』にならない」
木嶋の言う通りだ。
再現性がないものは証拠たり得ない。
菜々子がボソリと言った。
「……これ霊感なのかもしれません。監視カメラ映像で経験したのは初めてだったので戸惑いましたが」
「だから霊感で見えたり見えなかったりしたら、だ。この映像は証拠にならん…… 待て。霊感でもなんでも、映っている者を捕まえれば、物的証拠が出てくるかもしれん」
「木嶋さん、別件逮捕とか自白強要とかやめてくださいよ」
木嶋は山田に言う。
「せめて霊感に客観性を出すには、もう一人ぐらい霊感があるとわかっている人間に見てもらいたいところだな」
「菜々子、誰か知らないか」
「母、ですかね。私の知る限り、本当に私と同じものが見える人は、母しかいないんです。霊感を持っているとか言って近づいてくる友人とか、知り合いとか、祈祷師、牧師、宗教家とか、神主とか坊さんは全部偽物とは言わないけど…… 違いました」
彼女の周辺で相当な何かあったのか、と思わせるような口調と内容だった。
「……こんなことじゃ納得できないですよね。どういうことかっていうと、私の父、いつもここにいるんです」
ちょうど木嶋のいる目の前を指さし、木嶋が驚いて一歩退いた。
「大丈夫。父は悪いことはしません。けど、これ霊感持ってないと見えないですからね。」
「ま、真面目に言っているんだろうな?」
「……」
菜々子はムッとした。それは当然だろう。捜査協力しようとして言っていることを否定してくるのだから。
木嶋は手を合わせた。
「すまない。あまりに常識から外れているので」
「現場、私が見てみましょうか?」
木嶋はぜひ見てほしいと考えたが、思い直した。
それは事件からかなり日付が経過していることだった。
ずっと現場を清潔なままキープしている訳でもない。
部屋の回転率を上げ、売り上げを増やすために、部屋の改造もしているかもしれない。
「見て欲しいが、一番最近の現場でも、二週間は経過している。最初の事件現場なら一ヶ月半だ」
「こういうのって、時間はあまり関係ないんですよ」
「山田、ちょっと彼女を調査に連れて良いいいか?」
「課長に言っておきます」
木嶋は頷いて、菜々子に支度をするよう合図した。