マーカー
木嶋は監視カメラに同伴者が映っていないことにこだわっていた。
呼んでもこない監視カメラメーカーに苛立ち、監視カメラを作った経験があるメーカーを探し、そこの研究所の所長に直接アポを取って、永田を連れて訪問することになった。
強い日差しのしたを歩くのは久しぶりで、汗を拭きながら二人は研究所へと入った。
受付をし、研究所の応接室で待っていると、所長がやってきた。
相手が警察ということが気になるのか、所長には妙な緊張感があった。
「初めに言っておきますが、現在我が社は監視カメラの製造は行なっておりません」
「存じております。実物に当たる機会は我々の方が多いと思います。巷に設置されている監視カメラはC国製か高級だとK国製ですよ。国内のものはもうない」
木嶋はそう言うと所長は苦笑いした。
「セキュリティ的に良い状況とは思えないですがね」
所長は言った後、咳払いをすると応接室にある画面に資料を映してみせた。
「これから監視カメラの仕組みを説明します」
説明が始まると相手が『警察』という妙な緊張感がなくなり、流暢に説明を行なっていった。簡単な説明から始まり、最近のAIを使った問題検知機能などを説明した。
これは瞬時に画像を解析し、ケンカをしているとか、転倒したとか、そう言った問題発生についてカメラが検知して、知らせる機能のようだった。
所長の説明が一通り終わると、木嶋が言った。
「今回問題になっているのは、映っているべき人間が映っていないことなんです」
怪訝そうな顔を見せる所長を見て、永田が言い換える。
「映像から自動的に特定の人物を消す加工ができるか? と言うことが聞きたいんです。単純な監視カメラシステムだけで」
「……」
所長はちょっと考えた後、言った。
「画像を編集してしまえば、どんなことでも可能ですが。監視カメラシステムだけで、と言われるとほぼ不可能ではないでしょうか」
「ですが、先ほどご説明いただいたようにカメラに搭載したAIで処理してしまうことができるなら、映像を編集してしまうことも出来るのでは?」
「相当、そのカメラシステムに精通したものならあるいは出来るかもしれません。そして、そのようなシステムコードを作ったとしても、カメラを一旦外して、中のシステムコードを全て書き換えた後、設置場所に戻すような行為が必要ですね」
木嶋は指を立てて言った。
「インターネット経由でそのコードを書き換えることは?」
「……遠隔ファームアップですか。個人ではなくメーカーの人間が協力すれば出来るでしょう」
「それだ! C国はバックドアを仕掛けていると聞きます。そのバックドアとやらを使って、そのアップとやらをしたんだ」
所長は、木嶋を宥めるかのように手で抑えるような仕草をした。
「出来なくはないと言うレベルであって、よっぽど考えて作らないといけません。事前にお伺いした話だと、今回の件は、特定の『人物』だけを消している、と思われるのですよね? そうだとすると、消したい人物に何か『マーカー』のようなものを持たせておき、そのマーカーを持っている人物については人物を消す処理をする、と言うことになります。古くからある方法は『クロマキー』と言って、特定の色を決めておいて、その色の映像を抜いて画像を合成していました。マーカーを使うのも、やっていることは同じです。マーカーを見つけたものの輪郭とその内側を検出し、予め用意していた背景を合成して『映っていなかった』ことに出来ます。今時、監視カメラはある程度のバッファーを持っていて、すぐに映像を記録しませんからね」
木嶋は体を前に乗り出し、両肘をテーブルにつけ、口の前で手を組んだ。
そして、ゆっくりと言う。
「それを証明できませんか?」
「えっ?」
所長は視線を外した。
「無理ですね」
「どうして?」
「まず第一に、そのマーカーがどんなものだかわかりません。最初から知っているのでなければ、マーカーを探すことはまず無理です」
永田が言う。
「たとえば、問題があった監視カメラと同じものを買ってお渡ししたら調べられますか?」
「だから無理ですって。そもそもその手の監視カメラであれば、うちでも所有しています。外からは中のシステムコードがどう言うロジックで動くかは分からないんです。メーカー側の機密情報が入手済みであっても、それなりの時間がかかると思いますが」
C国にスパイを入れて、どんな仕組みの監視カメラを作っているか調べさせる…… と言うことを警視庁の課長が言ったところで、国がハイそうですかと言ってスパイを送り込んだりはしないだろう。
木嶋は最後の望みを言ってみた。
「では、仮説の証明はできないですか?」
「なんですか」
木嶋はその場で考えた。
「同伴者は『コンビニ』の制服を着ていたと言う情報があります。コンビニの服だと、色とか、デザインとかは決まっているじゃないですか。それを着て監視カメラの前を通ったら、人の映像が消されているとか、そう言うことを試せないでしょうか?」
所長は激しく手を振って抵抗した。
「そんなのできませんよ。人手がかかるような内容をどうしてもやりたいなら、警察でやってください」
「……」
木嶋は諦めたようにソファーに背中をつけた。
全員が黙った状態で、応接室の時間だけが過ぎていく。
所長は腕時計を見る仕草を繰り返した。
「大分、時間も過ぎてますし、そろそろお引き取りいただいても、よろしいでしょうか?」
木嶋は立ち上がると無言で頭を下げ、所長に導かれるままに応接室をでた。
木嶋と永田は、研究所を出ると、駅までの道を歩いて戻った。
「木嶋さん。カメラとレコーダーはメーカーから借りれますよ」
「署で試せるのか?」
「コンビニの制服も借りておきましょう」
永田はそう言ってスマホでメールを送った。
「三日後、用意するんでテストに来てください」
「おお、期待しているぞ」
木嶋はそう言った。
三日後、署内に設置したカメラの前を、コンビニの上着を着た永田が行き来する。
一人で歩いた時、二人で歩いた時。
どちらも正常に記録されていた。
「別のコンビニの制服も試してみよう」
「証言にあったものじゃないものも、ですか?」
「そうだ。証言者もどのコンビニかを間違えて記憶、証言している可能性がある」
永田は用意してあった別のコンビニ制服に着替えて、カメラの前を通ってみる。
一人の時、二人の時。
やはり正常に記録されている。
「画角を変えてみよう」
問題の監視カメラは廊下の角から見下ろすような映像だった。
設置してあるポールから外して、さらに高い位置に付け替え、より高い位置にカメラを持っていった。
「コンビニの制服も、もう一度最初からだ」
コンビニの制服を着替え、最初から一人で通過した時、二人で通過してみた時と場合を変えて対応する。
だがそれら全てで正常に人物が録画されていた。
制服を変え、人数を変え、画角を変え、一日中カメラの前を行ったり来たりしたが、レコーダーが録画ミスすることはなかった。
「……」
疲労の為、二人はカメラの前で座り込んでしまった。
「コンビニの制服が『マーカー』の役割をしている訳ではないのか」
「……」
永田は疲れで何も答えられなかった。
「いや、まだこの制服がマーカーという説は捨てなくてもいいだろう」
「そもそも可能性は低い、と言われている話なのに、これだけやって何も出ないなら無理ですよ」
永田はため息混じりにそう言った。
「俺たちは少し簡単に考え過ぎていた。大体、この制服の色や柄が『マーカー』として働いてしまった場合、このカメラはコンビニへの導入ができなくなる。そんなおかしなことがあるか?」
「……じゃあ、もっと早く言ってくださいよ。今日一日、私たちは何をやっていたんですか」
「俺だって今気づいた。おそらく、ポイントは名札だろう」
永田は驚いたような顔をした。
「特定の個人だけを録画しない、ということですか」
「可能性はあるだろう。だが、もっと情報を掴んでからでないとこんなふうにテストは出来ないだろうな」
「結局、もう少し聞き込みをして情報を集めなければならいないと、ということですね」
しゃがみ込んだ二人は、カメラを見上げてため息をついた。