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映らない客

 木嶋(きじま)道雄(みちお)はガードレール沿いに道を歩いていた。

 彼は白いシャツにスーツを着ていた。

 スーツはしばらく洗ったり、アイロンをかけたりしていないようで、よれよれになっている。

 歩いている横にはたくさんの女性が並び立っていて、近づいてくるとその都度、木嶋の顔を見てくる。

 だが、木嶋は女性には目を合わせないようにして、まっすぐその道を進んでいく。

 カードレールが途切れると、並んでいる女性も途切れる。

 そこからは道が分かれ、木嶋は上り坂を選んで進んで行った。

 道の両サイドにはラブホが並んでいた。

 坂を半ば上がったあたりで、入り口に規制線が張ってあるラブホの前で立ち止まる。

 規制線の脇に立っている、制服の警官が木嶋を認識して敬礼した。

 木嶋は軽く会釈をして規制線を跨いで中に入っていく。

 鑑識などが忙しなく行き来する中、ラブホの中を歩いていくと、スーツの若い男が木嶋を見つけて声をかけた。

「木嶋さん、現場はこっちです」

 木嶋は軽く手を上げて答えると、若い男についていく。

「おい、永田。お前はすぐ入ったのか?」

「ええ、通報からかなり早い段階でここにつきました」

 木嶋は永田が入っていく部屋に、追うようにして入っていく。

「また部屋で一人で見つかったのか」

 ベッドに横たわっている遺体に、布がかけられていた。

 永田が軽く、顔のあたりの布を持ち上げて、木嶋に見せる。

 遺体は全裸であるため、永田はすぐに布を被せてしまう。

「ええ。死因が心臓発作らしいというのも同じです」

「外傷は」

「ここで見る限り何もないです。詳しくは検死の結果待ちですが」

 ざっと部屋の構造や様子を確認するが、それらは鑑識が記録している。

「廊下の監視カメラ映像を見ようか」

「……」

 木嶋の声に両手を上げて止めるような仕草をした。

「ダメです。今回も何も……」

「そんなバカなことがあるか」

 木嶋は現場を早々に出て、永田を引っ張ってラブホの事務所へと向かう。

 レコーダーのリモコンをすぐに永田に渡し、モニタの前の椅子に座る。

 永田は立ったまま勝手知ったる他人のレコーダーとばかりに無駄なく、手早く操作した。

 誰も通らない廊下の映像。

 しばらくすると、一人の女性が通った。

「これが倒れた女性」

「……」

 画面に書かれた時間だけが過ぎていく。

「もう通報があった時間を過ぎました」

「別の画角は?」

 言われた通り永田は淡々と操作する。

 だが、同様に人の姿が映っていない。

 誰もこの部屋に亡くなった女性以外、入っていないことになる。

「先月末にニ件。そして今月はなかったがこの月末になってこれか」

「この三件とも、あのガードレールで『売り』をしている女性です」

「……」

 永田は木嶋が口を開きそうになるところを、手で押さえるような仕草をして止めた。

 そして自らのタブレットを取り出し説明する。

「現状、聞き込みの状況や被害者の検死結果からも薬物のようなものは出ていません」

「健康状態は」

「健康状態『も』良好です。つまりなぜ心臓発作が起き、停止したのかわからない状態です」

 木嶋は椅子を回し、永田を振り返ると言った。

「やっぱり聞き込みが足りない気がしてる」

「……というのは?」

「ガードレールからここにくるまで、一人でくるのは不自然だ。誰もいないのに、被害者が全裸になる訳がない。部屋には同伴者がいる。俺たちは、きっと防犯カメラに頼りすぎなんだ」

 永田はレコーダーにリモコンを向けながら、木嶋に言う。

「この部屋でだけ、事件が起こっているならそうかもしれませんが、三件が三件とも違うラブホ、つまり違う部屋ですからね。何か条件が似通っているとかそういうことすら……」

「被害者はあのガードレール近辺で立ってたんだな?」

「ええ」

「女性警官を一人連れてきてくれ」

 永田はレコーダーのリモコンを置くと、監視室を出て行った。

 木嶋は従業員に挨拶をすると、同じように監視室を出て行った。

 木嶋が規制線から出て坂道に出ると、そこで永田が電話していた。

「うん、わかったじゃあ、下で合流しよう」

 永田がそう言って通話を切った。

「いたか?」

「さっきまで聞き込みに協力してくれていた緑川(みどりかわ)っていう女性()を呼び戻しました。制服着てますがいいですか?」

 木嶋は頷く。

 二人はラブホが並ぶ坂を降りると、下で制服の女性警官が待っていた。

「悪いな、帰り掛けを呼び戻してしまって」

「木嶋だ。君はそこのガードレール沿いでたちんぼしている女性たちに聞き込みをしていたらしいが、何か引っかかることとかはないか?」

「引っかかること?」

 曖昧な表現だが、解決しよう、という意識や、注意力によって、この『引っかかり』が発生する。そういう、小さな引っかかりから事件の糸がほぐれることがある。

「いや、今すぐ言えなくていい。これからもう少し聞き込みをするから手伝ってくれないか」

「は、はい」

 木嶋は先にガードレールで待つ女性たちの方へ歩き出してしまった。

 二人は木嶋を追いかけて引き止める。

「ダメですよ。そんな直接行ったら彼女たちの仕事を邪魔してしまいます」

「やっぱり私、着替えてきます」

 緑川はそう言うと、走り去ってしまった。

 しばらくの間、永田がまるで客のようにして小さな公園まで連れてくると、木嶋と一緒に質問をするという風にして、聞き込みをしていた。

 永田の顔が知られてしまうと、並んでいる女性は永田を無視するようになってしまう。

 ようやく緑川が私服に着替えて戻ってくると、今度は緑川が声をかけて連れてくるようになった。

「そう。見かけなかったのね。他に何か気づいたこととかない?」

「……」

「ありがとう」

 緑川が次の女性を連れてこようと、通りに向かって歩いていくと、向かってくる女性に腕を取られた。

「なんですか?」

 女性は緑川に顔を近づけると、耳元で言った。

「あなたがた警察ですよね」

「!」

 女性は緑川の手を離すと、木嶋と永田の方へ進んだ。

「誰だ、君は」

紀子(のりこ)が死んだ件で調べてるんですよね?」

「紀子?」

 木嶋は永田の顔を振り返る。

「ああ、そうだ。何か警察(われわれ)に言っておきたいこととがあるのかな?」

「あそこにいる連中はさ、誰かに言われてあそこにいるんじゃないんだ。全員バラバラだから繋がりなんてないの。だからデタラメを言っているから信じちゃいけないんだ」

「デタラメって? そりゃどういうことかな」

 女性は苛立った表情でいう。

「みんな、見てない、記憶にないって言ってるだろ?」

 概ねそんな感じだ、と木嶋は思った。

 警察と関わっていることがわかると、仕事柄客が取れなくなる。

 だから知っていても話さないし、関わろうとしないのだ。

「私は紀子がコンビニの制服きた男と坂を上がっていくのを見た」

「コンビニの制服?」

 女を買うのにコンビニの制服を着たまま来るだろうか。

 木嶋はコンビニの制服を思い出してみる。名札も付いているし、系列ごとに明確に色やデザインが異なる。どこの誰かがはっきり分かってしまうわけだ。そんな状態で女性に声をかけ、ラブホに入るだろうか。

 だが全くないとは言えない。わざとコンビニの制服を着て偽装しているのかもしれない。

「疑ってるの? 私、見たんだから」

 永田が両手で抑えるような格好をして、言う。

「で、どこのコンビニの制服だった?」

 女性は色を説明すると、それを聞いた永田は、特定のコンビニの名前を出していた。

 ただ、女性はその特定のコンビニの名前を出されると、首を傾げていた。

「一応、コンビニっぽいという風に覚えておくよ」

「……」

「他には何かないか? 流行ってる薬とか」

 木嶋は死因が心臓発作と聞いて、行為中に薬を服用しているのではないかと考えていた。

「知らない。さっきも言ったけど、あそこに立ってる連中は何かでまとめ上げられているんじゃないんだよ。知り合いなんかいない。だから、ごく限られた者同士しか会話しない」

「何か『うわさ』みたいなものでもいいんだ」

 女性は首を横に振った。

「そうか。知らないか」

 木嶋は疲れたように下を向いた。




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