第9話
街から遠く離れた都でのことです。
近代的な建物が多く、電車と呼ばれる乗り物が交通手段として活躍しているようです。
都の中心に建てられた5階もある大きなビル。
そこはどうやら高級な飲食店を経営しているようで富裕層のお客が通っています。
精悍な顔つきをした青年は黒のビジネススーツを着崩し、暇そうに応接室で待機していました。
その隣にいるツインテールの茶髪と深緑の瞳をした少女は手頃な値段で買えるソファーでのんびり寛いでいます。
2人とは別に無表情一直線の倭人女性は廊下で窓から景色を眺めていました。
「リュウ、エリス、セツナ。3名確認できた。ボスに伝えといてくれ」
誰かに話しかけながら応接室のドアを開けて入ってきたのは白スーツ姿の不満そうな顔をした金髪男。
「1番街に第1クローン研究所がある。そこを開錠してやったから、使ってもいい。だがな、勝手な行動は慎めよ」
「はいはい、わかったよ」
見下したような態度をしている金髪男にリュウは気に入らないようです。
2人が客室から出ようとした時でした。
「そこの女はアジトに残れ、廊下にいる倭人もそうだ。クローンが差別対象だということを忘れるな」
エリスは文句を言おうとしましたが、
「……はいはい、エリスはセツナと一緒にいろ」
リュウに背中を押されながら応接室から出て行きました。
「リュウはどうしてハーフなのに何も言われないの!?」
階段付近の廊下で文句をようやく発したエリス。
「なんでだろうな、俺は特別なんじゃないか?」
「……カラーコンタクトをつけているからだろう」
セツナが横から付け足してきました。
「黙ってろ、とにかく俺だけで行ってくるから」
リュウは単身都の中を歩いてきます。
天まで届きそうなくらい高いビルから隅にある小さなビルが建ち並びます。
少し離れた所には高級住宅街。
裕福な人間達が優雅に暮らしています。
「結構区別されてるんだな」
高級住宅街の反対側は分厚い壁で遮られています。
「この向こうはなんだ?」
しばらく壁に沿って歩いていると、鉄格子のような頑丈な扉を発見しました。
鉄格子の前に置かれた木製の看板に、
『この先廃墟。近寄れば穢れます』
と書かれていました。
「こんなに区別するくらいなら軍隊か何か使って消せばいいだろ」
何重にも巻かれた錆びた鎖。
リュウは呆れながらもその景色をしばらく眺めていました。
そんなリュウを廃墟ビルの屋上から睨みつける不審な人物。
充血でもしているかのような真赤な瞳で。
「あいつ今見たな? 俺を、俺様を……」
殺意を露にする不審者。
両手には3本の鋭い刃が付けられた鉤爪。
屈んだ状態で5階建てのビルからダイビング。
空中で回転しながら見事に着地しました。
「殺す、殺す……」
口から唾液が、狂気に満ちた呟く声。
そんな男はゆらりと体を揺らしながら歩いて行きました。
「ん?」
リュウは寒気がしたのでしょうか、背中を震わせます。
周りへと瞳を動かしますが、不気味な物はありません。
「気のせいか……」
リュウは再び歩きます。
1番街は市長が住む豪邸と警察署、その他に国立図書館、学校などあります。
そのさらに奥には研究員が使う研究室。
夜な夜な怪しい実験が行われ、たまに人の悲鳴が聞こえると噂されています。
そんな噂など微塵も知らないリュウは第1研究室の扉を開けました。
広大な室内に設置された本棚に隙間なく入る書物と実験室。
「探せってか……」
1人で読むにはかなり大変でしょう。
「まぁ意外と早く見つかるかもな」
そんな期待を持ちつつ最初の書物を手に取りました。
表紙には乱暴に書き殴った文字。
「特殊クローン実験?」
リュウはとりあえず捲ってみます。
表紙とは違って丁寧に書かれた横文字。
特殊クローン……。
生きた人間と特殊細胞により造られたクローン。
また別名に穢れを知る者として名付けた。
最初に我が国最古の錬金術継承者でありかつて英雄であったドイゾナーの再生実験。
「ドイゾナー、英雄って随分大げさだな」
10年もかかったが、成功したクローンに異常は無し。
次にユリウス・クラウベル嬢の体を使い実験。これもまた成功。ヘレナと名付けた。
「ヘレナ……?」
そのページには1枚の写真が挟まれていました。
高価なドレスを着てますが、優雅さは感じられずどこか儚げな顔をした小さな少女。
茶髪の長い髪は美しく、白衣を着た男と2人で写っていました。
「この子がヘレナか、セツナの友人……ね」
肩をすくめてリュウは書物を元の位置に戻しました。
どうやらこの書物には何も無いと確信したようです。
次の書物へ手を伸ばします。
「?」
ですが、寸前で手を止めました。
「誰だ」
リュウは刃を剥き出しにした木刀を構えます。
「なんだよ、お前。なんで俺様の気配に気付くんだよ?」
声の主がいる上を向いた瞬間、
「シャァ!!」
鉤爪がリュウに向かって襲いかかります。
「うわっ、あぶねぇ!」
間一髪木刀で防ぎましたが、表面の木が一部砕けてしまいました。
少し剥き出しになっていた刃がさらに露出します。
何度も宙返りをしてリュウと距離をとる男。
「クローンが何用だよ」
リュウは木刀を構え直します。
「俺様を哀れな目で見たろ? 見てないとは言わせないぞ……殺す殺す!」
男の狂気な顔と声にリュウは困惑します。
ましてや見た覚えもありません。
「お前みたいな変な奴見たこと」
「言わせねぇって言ってるだろうが!!」
鋭い刃の鉤爪がリュウに再び襲いかかります。
「このヤロォ、最後まで話聞け!」
リュウは木刀を横から振りました。
「ぶぇ!」
男の懐に直撃。
呆気なく壁へと飛んでいったのでリュウは驚きました。
「なんだこいつ」
気の抜けた倒れ方にリュウは構えるのをやめてしまいます。
すると、
「ウラァ!」
勢いよく立ち上がった男はそのまま攻撃を再開しました。
「だから、危ないって」
左右に付けられた鉤爪を何度もリュウに向けて振りますが一向に当たりません。
「クソがぁ! なめやがって」
男は瞳孔を収縮させました。
「なっ!?」
刃がリュウの頬を掠ります。
そこから少量の血が流れました。
「クローンはホント、変な能力だけはあるな」
木刀を振り下ろすリュウ。
「シャァ!!」
下から突きにいく男。
木刀と鉤爪が同時にぶつかりました。
鉄同士が弾く反響音が研究室に広がります。
「殺す! 殺してやるよぉ!!」
激しい攻撃にリュウは防ぐしかありません。
そんな事をしている間に壁際まで押されてしまいました。
「くそっ!」
左右6本の鋭い刃に対してリュウは1本の木刀。
男の左手にある3本の刃がリュウの喉に突き刺そうと伸びました。
残り数センチ、このままでは貫通してしまう。
危機を察知したが反応が遅い、リュウは無理にでも防御しようと動かしたその時、
「被害妄想もほどほどにしろ」
冷たく感情も込められていない声。
3本の刃は1本の鞘によって止められていました。
「なんだぁ?」
男が声の主へと顔を向けた途端、鞘が男の顎へと直撃しました。
「殺す価値すらない廃人が消え失せろ」
紅玉の瞳が男を睨みます。
殺意はありません。
「セツ!」
何故かリュウの顎も鞘で殴られてしまいます。
リュウも男も双方倒れ、その真ん中に立つセツナ。
顔面を手で覆いつつリュウは痛みを堪えて立ち上がります。
「俺は助けられたのか、それとも違うのか、ええ? セツナ」
「助けに来た。お前が心配で心配で仕方なくてな」
リュウは肩をすくめて、
「それは嬉しいね」
セツナは、
「だろう?」
感情など無い言葉と表情でした。
2人は倒れている男に近寄りました。
リュウはその男の胸ぐらを掴んで無理矢理起き上がらせます。
「変な疑いかけて襲いやがって、お前の局部を切り取ってやってもいいんだぞ」
恐ろしい事を言いますが、セツナはそれに無言の同意。
男は大事な部分に両手を添え、
「それは勘弁してくれ! そこの女。同じクローンならなんで人間なんかに味方してんだよ!?」
セツナは刀を男の喉元近くに向けます。
ちょっとでも動けば鋭い刃が血の雨を降らせることでしょう。
「何があったか説明しろ」
「こ、こいつが俺様を睨んできたんだよ! 哀れな目でよぉ!!」
「見たのか?」
「……いや、あんたがどっちを信じるつもりか知りたいもんだ」
するとセツナは、
「どっちでもいい」
刀を鞘に納めて腰に差しました。
「それと、ここにあるのは実験内容だけだ。クローンの寿命を長引かせる方法など無い」
囁かれた希望も何もないひと言。
「ここには、だよな?」
今にも血管が切れてしまうのではないかというほど声を震わせてセツナの背中を睨みつけます。
「長生きさせて何の意味がある、クローンは不要だ。何も無理に生かす必要はない自然に消滅して元のあるべき形に戻すそれが一番いい方法だと……何故わからない?」
「それ以上言うつもりなら、いくらお前でも本気で殺すぞ」
「……したければそうしろ」
吐き捨てた言葉と同時にセツナは研究所から出ていきました。
「ねぇリュウいた?」
エリスは答えを求めてセツナに駆け寄ります。
「もう少し時間がかかるそうだ。部下が車を用意している急ぐぞ」
「はーい」
2人が黒いリムジン車に乗り込みます。
車内は広く小さな冷蔵庫の中には一般人には買えないほどの高級なワインボトル。
エリスは未成年なので飲めません。
セツナはワインよりお茶。
リムジン車が発進しました。
「―――――!!」
「ほえ?」
「鳥の鳴き声……だな」
研究室から声にならない謎の悲鳴。
セツナはお茶をゆっくり口へと注いでいきました。
同じようにお茶を飲むエリスは少々苦いのでしょう、可愛らしく舌を出しました。
そんなひとときでした。
どんな形であれど見て頂けるなら幸せです。




