第8話
レンガで造られた建物が並ぶ街でのことです。
いつもならば治安の悪いこの街を歩く人々は少ないのですが、今日は騒がしいようです。
街の壁には指名手配の紙が貼られていました。
指名手配に掲載されているのは精悍な顔つきをした青年と、深緑の瞳をした少女。
街中を警戒しながら歩いている武装した人達。
緑の制服、鍔のついたヘルメット、顔はゴーグルで覆い隠されてわかりません。
「アドヴァンス教会の神官様を殺害したクローンは見つけ次第即刻殺せ!」
物騒な言葉が聞こえてきます。
「……」
その様子を屋根から眺めている一人の倭人女性がいました。
感情が皆無に近しく、紅玉の瞳は周りを睨んでいるようにも見えます。
倭人特有の幼い顔立ちと黒い髪。
黒茶の地味な服装姿でとても女性らしい格好ではありません。
腰には一本の刀を差しています。
「……」
その場から音も立てることなく去っていきました。
街の端に建っている豪邸。
広々とした庭に車が5台駐車できるガレージ。
3階建ての立派な邸宅は他にありません。
室内は必要最低限の物しか置かれていません。
住人の部屋だけが高価な骨董品を飾っていました。
その部屋で高級なソファーに座っている青年と少女。
「俺はエリスと都に避難する。もうこの街にもいられないだろうしな」
2人と対面するように座っている倭人男性は青年の案に否定はせず、
「ならセツナも一緒にいた方がいいね、お願いできるかい?」
壁でもたれている倭人女性の名前を呼びます。
「……」
何も返事をしないままセツナは部屋から出て行きました。
「エリス、君は先にセツナと一緒に外で待ってほしい」
「はーい」
エリスと呼ばれた少女は長めのツインテールを揺らしながら、どこか嬉しそうに部屋から出て行きます。
「で、俺に何用で?」
黒のビジネススーツを着崩し、手には木刀が握られています。
少々複雑そうな表情のリュウ。
組織のボスでもある倭人男性保住健児は漆黒の瞳を細めました。
「アドヴァンスは今内部が混乱している。その間もクローン迫害はどんどん進んで、激しくなってきた。このままではまた5年前と同じ惨劇が繰り返されるだろうね。マリアが死んだ今マリアに近い能力と細胞を持っているエリスとカナンは標的だ」
「……保住、一体マリア様を遠ざけてどうするつもりだったんだ?」
リュウは不満そうに健児を睨みつけます。
「ドイゾナー復活を阻止するつもりで、マリアを誘拐したんだけど、エリスの細胞と遺伝情報は計り知れない。多分、君が見た時点では阻止できなかったと思える。計画は失敗だ」
「じゃあ今度はどうすればいいんだよ」
「困ったことにドイゾナーは死んだ人間を甦らせようとしている。それだけはなんとしてでも阻止してほしい」
悩みが絶えない健児は目を閉じては困ったような表情で呟きました。
「死んだ人間をってそんなことできるのか?」
「彼は錬金術師だからね、万能の力を持つ自称神の代弁者。まぁ詳しいことはセツナに聞いてくれ」
「はいはい、それじゃあな」
その場から立ち去っていくリュウを見送ることなく、健児は真っ赤な高級ソファーに体をもたれさせました。
リュウとは入れ替わりでやってきたのは車椅子に乗った老人。
白く長い髭をさすって面白そうに笑みを浮かべます。
「さて、さて保住健児」
「なんですか? 主」
渇いた笑い声と一緒に主は問います。
「子孫を残すということを忘れておらんな?」
「ええ……大丈夫です」
微笑む健児の言葉は少し寂しげに聞こえました。
既に荷物を車の後ろに詰め込み終えたセツナと深緑の瞳をした美少女エリス・サインポスト。
長い茶髪を左右に結び、体が動く度髪が揺れ爽やかな香りが漂います。
「あんた、健児と離れて寂しくないのか?」
リュウは面白がってセツナに質問しますが、
「特殊クローンが人間と共存しようというのが間違いだ。もう私は必要ない……」
冷めた言葉が返ってきただけでした。
「……」
いつもと違う発言にリュウは何も言い返すことはできません。
2人に少しの間が空いてしまいます。
「指名手配されてますね。リュウさん」
「!?」
突如リュウの背後から透き通った声を発したのは、純白のワンピースを着た少女。
「か、カナン」
なんと反応すればいいのか、戸惑いながら、視線を逸らしながら対面。
触れようとしてもすぐに通り抜けてしまいそうな茶髪をしたカナンは優しく聖女の笑みをこぼします。
会話を続けてこようとしないリュウからエリスへと相手を変えました。
「ああ! カナン見送りにきてくれたの?」
「うん、色々大変だろうけど落ち着いたら手紙をちょうだいね」
軽く抱き合い、カナンはセツナに一礼して去って行きました。
「……」
そんな聖女の背中を見送ったセツナは眉をしかめました。
「はぁ」
運転席に乗り込んだリュウは不満げにサイドミラーで後姿を眺めました。
「行くぞ」
「なんだか旅行みたい」
「さっさと発進しろマザコン」
「お前な……」
そんなやり取りで車は出発します。
長く広い平坦な道路と平原。
都心まで4時間です。
しばらくしてリュウは、
「エリス」
「?」
「都に着いたら早速探すぞ」
その言葉にエリスは満面の笑顔で頷きました。




