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第7話

 夕暮れ頃のことです。

 森の館近くの広場には沢山の遺体が布を被り、乱れなく綺麗に並んでいます。

 それを慎重に運ぶ都の警察官たち。

「お前の母は無事のようだな、リュウ」

 紅玉の瞳をした倭人女性、特殊クローンのセツナは呟きました。

 名前を呼ばれた精悍な顔つきをしたリュウは無言で頷きます。

 彼はクローンと人間のハーフです。

「あの子はどこかしら、あなた、知りません? よく私の世話をしてくれる女性の方なのだけれど」

 車椅子に乗っている痩せ細った中年の女性は首を右に左に向けて誰かを探しているようです。

 息子に向かって放った優しい声にリュウは、

「遠い場所だよ……母さん」

 最後の言葉は自分にだけにしか聞こえないように囁きました。

 母は蒼い瞳でリュウを見て納得します。

「そう、ねぇ皆どうしたの? どこへ行くの?」

 リュウは他人には見せない笑顔を最愛の母に向けました。

「故郷だよ、俺も後で行くからね。愛してるよ」

 優しく、静かに、微笑みながら頬にキス。

「あらまぁ、それより夕方は寒いわねぇ」

 黙って見ていたセツナはトレードマークの真っ赤なマフラーを外しました。

「これをやろう」

 リュウの母はひどく感謝しセツナの手を握りしめます。涙を見せるほど。

 警察の車に乗って先に行った母を見送り、2人は用意された貨物自動車に乗り込みます。

「あのマフラーいいのか?」

「あれはジャンから貰った物だが、もう私には必要ない」

「ジャン?」

「命の恩人だった。もうジャンはこの世にいない、あの形見とは決別の意味で渡しただけだ」

「寂しくないのか? 辛くないのか?」

 リュウの瞳はひどく疲労しています。

「……」

 視線が合ったと思えば、セツナは少し口を閉じました。

「もう少し、傍にいてほしかったかもしれない。あいつだけが私を純粋に愛してくれていた」

「保住は違うのか」

「そうだ、健児は私の過去を知っているだけで今の私を心からは愛していない。いつまでも過去の私にこだわって……この話はやめよう、辛いだろうが運転を頼む」

「ああ」

 発進してから沈黙が長く続く車内でしたが、それを打ち破る携帯電話の着信音が鳴ります。

 セツナはポケットから取り出します。

「そうか、それとすまないがマリアは任務は失敗だ」

 会話の途中セツナは眉をしかめました。

「……どうした?」

 セツナの言葉を聞いた瞬間、車は一気に急加速。

 普通なら1時間はかかる道のりを30分で走破するほどの速さです。

 あっという間に到着した場所はレヴェルのアジトでもある豪邸。

 立ち番をしているはずの部下が誰もいません。

 玄関のドアを何も言わずに開けるとセツナは2階左側の奥にある部屋に入りました。

 そこには顎髭を胸元まで生やした1人の老人。

 相当な値段のするソファーに座っていました。

「エリスが誘拐されたらしいな」

 老人は、

「アドヴァンスはマリアの死亡を受けたようで、いきなり大人数で押しかけてきたのじゃよ」

 他人事のようでした。

「健児は?」

「肩を負傷しているが、エリスを救出しに行くと言って教会に向かったのぉ」

 それを知ればすぐに外へと出て行くセツナ。

 待ちくたびれた様子で運転席に座っているリュウに居場所を告げました。

「あんたはいかないのか?」

 セツナは目を閉じて、小さく息を吐きます。

「別の用事がある」

 セツナが襲撃した日から1ヶ月は経っています。

 教会は少々修理されていました。

 リュウは木刀片手に行き慣れた教会内を駆け回ります。

「どこにもいない、どこだよ? これ以上、俺の前から消えないでくれ」

 辺りを見回しましたがあるのはレヴェルの部下とアドヴァンスの武装信者の遺体だけです。

「リュウ!」

 壁にもたれていた保住健児。

 左肩から血を流し、健児は苦痛に耐えていました。

「おいおい、ボスのあんたが無茶してどうする!」

 呆れながらも簡易的な応急処置を行うリュウ。

「エリスが誘拐されたのは俺のミスだからね、くっ責任は取らないと」

「とにかくじっとしていた方がいい」

「……エリスは地下に連れて行かれた」

 健児がもたれている壁の隣には地下へと続く階段があります。

 階段を下りると、そこには機械とカプセルが設置されていました。

 カプセルには上半身だけの男性が入っています。

 その横には機械の上に仰向けで倒れている美少女エリス・サインポスト。

 カプセルの前には白衣を着た神官がいました。

「神官!!」

「リュウ!? 死んではいなかったのか!」

 驚きを隠せない神官はそのまま後ろへ下がっていきます。

「エリスに何をした!?」

「ち、近寄るな! 武装兵はどこだ!?」

 怯える神官は右に左と顔を向け叫んでいます。

 追い詰められて壁に背中を密着させる神官。

 リュウは神官の胸ぐらを掴み乱暴に押しつけました。

「またクローンでも作っているのか? 何が楽しくて作ってんだよ!?」

「こ、この街に限らず一般人の犯罪行為が目立ってきている……どうしてかわからないか? 穢れた政治、争う犯罪組織、生活の格差、一般市民が抱える不満はもう限界に達しているのだ」

「どういうことだ?」

「クローンは研究者の長年の成果で得られた最高の技術だ。偉人の細胞があれば同じ存在を作れる。だがそれを恐れる人間もいるのだよ」

 首を傾げるリュウに、神官は含み笑いをしてみせます。

「そこで我々アドヴァンスはクローンを差別対象にすることで、一般市民の不満を一時的に解消できたのだ」

「首謀者は誰だ!? あんたはあのクローン撲滅運動が始まった当時は副神官だったはず、教祖はどこだ!!」

「あ、あそこにいる……アドヴァンスを設立したドイゾナーこそ我々の教祖」

 カプセルに入っている上半身だけの男へと指しました。

 鬼のような顔面に不気味な笑みを浮かべる口元。

 右目に刻まれた縦に入った傷と左目には不可解な文字が描かれています。

「こいつ、クローンじゃないのか? なんでクローンが同じ仲間を殺すようなことをしてんだよ」

「貴様だってそうだろうに、クローンだというのにクローンを嫌う」

「違う!」

「ああ、そうかマリア様がクローンだと知ったから殺したのだなぁ? 自ら愛していた聖母様を殺した気分はど!?」

 まだ話し終えていない神官の喉を突然刃が通りました。

「かはっ……!!」

 神官は両手で喉を押さえつけます。

 隠しても溢れ出てきた血。リュウは神官を突き放すとそのまま床に倒れこみました。

 苦しむ神官を無視して、エリスのところへ向かいます。

 その時でした。

「我が友よ」

「!?」

 カプセルの中にいる上半身だけの男は目を覚ましました。

「……我は神の代弁者、錬金術の継承者なり」

「エリス! 大丈夫かしっかりしろ、逃げるぞ!!」

 急いでエリスを抱き上げて走り出します。

 地上に戻ると、健児が左肩を押さえて2人のことを待っていたのです。

「よかった、逃げよう!」

 健児とともにリュウはエリスを抱えたまま人目も気にせず走っていきました。

「健児がレヴェルのボスということちゃんと理解しているはずなんだがね?」

 車椅子に乗っている主は長い白髭をさすりながら問います。

 高級なソファーで体を休めていたセツナは左腕で両目を隠していました。

「それがどうした」

 力のない声。

「そうじゃな、いつまで赤子の作れん女に相手をしているのか疑問に思っただけじゃ」

 面白そうに、笑みを浮かべて呟きます。

「……」

 突然何かを叩きつけるような音が豪邸内に響き渡りました。

「リュウか」

 体を起き上がらせたセツナは主の頭を叩いて部屋から出で行きます。

 2階と1階を繋ぐ階段。

「エリスを休ませたいんだ、部屋を貸してくれ」

「2階のすぐ手前の部屋を使え」

 セツナはそのまま1階へと下りていきました。

 空き部屋に入ると2人は寝れる大きなベッドが設置されています。

 エリスをベッドで仰向けにさせて、状態を観察してみるとどうやら眠っているだけのようです。

 小さな可愛らしい寝息をたてている様子がリュウを安心させました。

 柔らかそうな白い肌、思わず触りたい衝動に駆られてしまいます。

 リュウは頭を抱えてベッドの端にエリスから背を向けて座りました。

「……」

「リュウ?」

「起きたか、大丈夫か、何もされなかったか?」

 力が抜けそうになる。

「私を助けてくれたの?」

「ああ、でも」

 半泣きでリュウにいきなり抱きついてきたエリス。

「うぐっ!」

 みぞおちに直撃、リュウは頑張って耐えました。

「良かったぁ、寂しかったよぉ!!」

「あ、ああ」

 リュウは頬を赤くして、抱きしめるべきかと手が悩んでいました。

「……私のこと嫌がらないんだ」

「もう、いい。クローンが嫌いとかもうどうだっていい。もうとにかくお前が無事でよかった」

 エリスは嬉しそうに笑います。

 そして、

「私ね、今18歳なの」

 リュウの胸に顔を沈めました。

「後2年しか生きられないんだよ」

 リュウは、

「……そうなのか」

 何を言えばいいのかわからず、ただなんとなく返事をしました。

「自分がクローンで短命だって知ってたから、死ぬのなんて怖くなかったし、後悔なんてないって思ってたんだ。でも……」

「でも?」

 聞き返すリュウにエリスは顔を向けました。

「リュウと出会ってから私もっと生きたいって、思うようになったの」

「……」

「残り2年、少しでも長くリュウと一緒にいたいの」

 これ以上、後悔だけはしたくない。

 リュウは優しくエリスの頬に手を伸ばします。

 温もりのがある柔らかい頬。

 2年だけ、その言葉がかなり重く感じたリュウ。

 その場かぎりの約束なんてできない。

「わかった」

 エリスの表情が明るくなりました。

「本当?」

「でも、お前を少しでも長生きさせる方法を探すから」

 大きく何度も頷くエリスはリュウの顔に唇を寄せます。

 それを部屋の外から眺めている2つの影。

「短命であることがクローンにとって欠点らしいが、本当にそうだろうか」

「セツナ?」

「子孫を残すこともできない、戦うために作られて、崇められるために作られて、殺されるために作られる。クローンが長生きする必要はあるだろうか?」

「……」

「子孫を残さないといけないのだろう、お前はレヴェルのボスとして、いや人間として」

「……うん、そうだね」

 寂しそうな漆黒の瞳と、感情も無い紅玉の瞳が見つめ合うことはありませんでした。

よろしくお願いします。

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