第6話
レンガで建てられた家が並ぶ街でのことです。
ここは犯罪組織のアジトが複数あります。
街を支配しているのはレヴェルという犯罪組織でありボスの保住健児を筆頭に活動をしています。
そこに新しく入ったクローンと人間のハーフであるリュウ。
「よく見るとこんな濃い緑色の瞳はクローンにしては珍しいよな」
間近で見つめ合うようにリュウはツインテールの髪型をした少女エリス・サインポストの瞳を観察していました。
「そんなに近くで見ないでよぉ、恥ずかしいし」
頬をほんのり赤く染めては困ったような嬉しいようなにんまり笑顔。
「はいはい」
紺色のボーダーと冬だというのに太腿まで露出した短いスカート姿のエリスはリュウの体に密着させます。
「私を作ってくれたのはフレッド博士っていう有名な科学者なんだよ、なんかよくわからないけど深緑色の瞳は目印代わりなんだって」
「聞いたこと無いな、そんな科学者」
「裏の世界では有名な博士だったんだよ、5年前に撲滅運動の最中に殺されちゃったけど」
リュウはどうでもよさそうにふーん、と返答します。
2人が歩いている場所は街の中央にある噴水が設置された公園。
街の人々にとって安らぎの場所でもあります。
毎日誰かは殺される街で今日も静かに人々は暮らしています。
「やぁ、リュウ」
落ち着いた男の声がしたのでリュウがそちらへ顔を向けた瞬間でした。
「のお!?」
思いっきり顔面へ膝蹴りが入ってきたのです。
膝蹴りをしたのは無表情で紅い瞳の倭人女性でありクローンのセツナ。
真っ赤なマフラーを首に巻き、地味な茶黒系のコートとズボン姿で、腰には倭刀が差してあります。
後ろに仰け反りましたが、なんとか耐えたリュウ。
「……何用だよ、特にそこのお前は」
「でもセツナは君のこと気に入っているから、そういうスキンシップがするんだからいいことだよ」
「そうか……そうなのか!?」
リュウは顔面を手で覆いながら疑問を浮かべています。
「あのときのお兄さん」
横からエリスが入ってきました。
健児はにこやかに軽く挨拶。
「リュウ、これから仕事だ。さぁセツナと一緒に行ってくれ、それとエリス」
エリスは突然呼ばれて目を丸くしました。
「君は本部に来てもらうことにする、君の両親から了承を得ているから大丈夫だよ」
「お母さんはわかるけど、お父さんが許してくれたの? いつも厳しいのに」
「ああ、大事な検査をしないといけないからね」
「検査?」
健児は微笑んでエリスを漆黒の瞳で見つめます。
「来い」
「はいはい」
リュウは片手に持っていた木刀を肩に乗せてセツナの後ろをついていきました。
「今度はなんだ?」
「マリアの護衛だ。今は森の館という場所で隠れている、そろそろ教会が気付いて見回っているかもしれない。小さな村へ移動するつもりだ」
「森の館……ね、俺はあそこが苦手なんだよな」
苦い表情で呟きますが、セツナは何も反応してくれません。
外に用意された真っ黒な高級車に乗り込みます。
運転席には坊主頭で黒いサングラスをした厳つい男がいます。
後部座席には怪訝そうに車窓から景色を眺めるリュウと無表情まっしぐらのセツナが座っていました。
「あんたは保住と付き合ってるのか?」
車が発進すると同時にリュウは軽く質問を始めます。
「良くいえば恋人で悪くいえば肉体関係」
セツナは照れる様子もなく無のまま答えます。
「……結婚はしないっていうことか?」
リュウは車窓から体を離してセツナに視線を向けました。
「特殊クローンは危険な存在であり、その子孫ができないように作られている」
セツナはお腹より少し下に手を触れます。
そして、
「健児と愛し合うことはできても……だ」
セツナは無表情の顔と冷淡な紅玉の瞳をリュウに向けます。
大体納得した様子のリュウは再び車窓の外へ視線を移しました。
「不憫な体だな」
それしか言えません。
「気にしたことはない」
セツナもそれ以上何も言いませんでした。
次第に果てしなく続く平原から徐々に木々が生い茂る森の景色となります。
森の館と呼ばれる建物が見えてきました。
丸太で造られた2階建ての施設。
看板には森の館としっかり書かれています。
「ここで待っている」
厳つい男は車で待機。
リュウは早速玄関のドアを開けました。
そこには忙しそうに物を運ぶふくよかな女性の姿。
リュウが声をかけると、
「リュウ様!」
桃色のエプロンを外し、2人の前に急いでやってきました。
「お母様なら今リビングにいます、きっと喜びます」
「いや、今日は母さんじゃなくて、マリア様に用があるんだ」
セツナは黙って成り行きを眺めます。
「聖母様は2階の奥の部屋に、それでは失礼します」
ふくよかな女性はまた忙しそうに駆け回ります。
「なんだ、知り合いか?」
「ん、ああ。ちょっとしたな」
リュウは先に2階へと上がっていきました。
その後ろをセツナはついていきます。
2階の奥には他の部屋とは少し離れたところにドアがあります。
奥のドアをノックすると、リュウは返事も待たずに部屋へ。
そこには白い布を頭から被ったマリアが、紅玉の瞳をもつクローンが分厚い書物を手に座っていました。
「リュウ!」
リュウの姿が視界に入るや否や立ち上がったマリア。
なんとも嬉しそうにリュウを抱き締めました。
そんな様子にリュウは少々頬を赤くします。
「マリア様、お怪我はありませんか? ここも危険ですので避難しましょう」
窓の外を眺めているセツナへ目線を一度変えましたがこちらを見ないようなのでリュウは少しマリアの腰へと手をまわしました。
「ええ大丈夫。それより私、アドヴァンスに戻りたいの」
「えっ、今なんて……」
その発言にセツナは眉をしかめます。
「アドヴァンス教会で聖母として生きることが私に与えられた使命なの、逃げてちゃ駄目なのよ」
白い布を自ら取り、少しつり上がった紅玉の瞳には涙が浮かべていました。
「今はお前の我侭を聞いている暇はない。こちらも時間が無い、少しでも時間稼ぎをしなければならない」
マリアは首を横に何度も振りました。
「私じゃなくたって、カナンがいるわ! カナンだけじゃない、あのエリスっていう子も! 私なんかよりよっぽど聖母に相応しいのは知ってるのよ!! でもでも……」
リュウは唖然として、セツナはため息が思わず出てしまいました。
「なんだ、エリスが聖母の候補だったのか? カナンも?」
初めて聞いた情報に戸惑うリュウは真意をどちらに問えばいいのか、マリアとセツナを交互に見ます。
窓から距離を置いては、
「説明している暇はない、邪教が周りを囲んでいる。どうやらここをずっと監視していたようだな。逃げるぞ」
セツナの呟きがリュウの耳に入ります。
「今度は俺のせいじゃない。マリア様とにかく一緒に行きましょう」
「……リュウ」
不満そうな表情でリュウに訴えます。
「マリア様がまた元に戻ったらもう会えない気がするのです。だから少しでも一緒に俺の傍にいてほしいんです。ですから、マリア様」
マリアに手を差し伸べて優しく微笑むリュウ。
「あ、ありがとう」
納得したのでしょうか、マリアは俯きながらもその手を掴みます。
そして部屋から出て行くと、玄関先で立ち尽くすセツナの姿が見えました。
「セツナ、どうしたんだ?」
「部下が殺されていた。車も消えている。すぐには逃げられない」
「ならやるしかないだろ」
「リュウ様、ここでの戦闘だけはおやめください、隠れてくださいな」
先ほどのふくよかな女性が慌ててリュウの言動を拒否しました。
「言うとおりにしよう。ここは精神的に病んだ奴が多い」
そして、
「マリア様はどこだ!」
勢いよくドアをアサルトライフルで撃ち破り、緑の制服姿の武装信者達は森の館内を歩き回ります。
「さぁ、出てこいクローンめ、マリア様を返してもらうぞ!」
部屋中を探しますがどこにもいません。2階にもいません。
怒りの矛先はふくよかな女性に向けられてしまいます。
「マリア様と誘拐犯をどこに隠した?」
「知りません、隠してもおりません!」
ふくよかな女性は必死に言い返します。
先頭に立つ武装信者は、
「さては、お前クローンだな?」
女性は否定します。
「私は人間です! クローンを憎んでおります!」
そんな言葉に耳を貸しません。背後にいる部下に耳打ちします。
耳打ちが終わったと同時に拳銃の弾丸をふくよかな女性へと発砲。
鮮血があちらこちらに飛び散りました。即死です。
ふくよかな女性はもはや息をしておりません。
頭を撃ち抜かれてしまったのです。
「クローンを保護すりゃもうクローンの仲間だ」
周りからは泣き声と叫び声が飛び交います。
武装信者が死体に背を向けた瞬間、
「おい、そりゃないだろ」
「えっ?」
静かに震わす呟き声。怒りを抑えているようにも見えます。
「命の尊さを民衆に伝え、平等の生と死を導くべき存在がアドヴァンスの信者である……はずだろうが!」
胸ぐらを掴まれた武装信者はかつての仲間だったリュウと視線が合いました。
「……や、殺れ、こいつは裏切り者だ。全員殺せ! こいつらクローンだ!!」
恐怖に襲われた武装信者は思わず叫びます。
他の部屋にいた信者達は有無を言わさずアサルトライフルを発砲しました。
人間であろうが、クローンであろうがもう関係はありません。
とにかく目の前にいる存在を撃ち殺します。
「やめろ!!」
リュウの言葉も聞こえないほどの銃声音。
「お前も死ね!」
「うるせぇ!」
至近距離から拳銃を突きつけられますがすぐに相手の腕を掴んだリュウはそのまま取っ組み合いになってしまいます。
物置で隠れていたセツナとマリア。
「リュウが危ないわ!」
何を思ったのかマリアは飛び出してしまいます。
「マリア!」
思わず叫んだセツナでしたが手遅れでした。
銃声にかき消されるマリアの声に唯一耳を貸したのはリュウと、取っ組み合いをしている武装信者でした。
「マリア様!? ここは危険です!」
リュウが他のことに気を取られた瞬間、武装信者は拳銃を構えました。
しかし、呆気なくリュウに腕を掴まれ銃口はズレてしまい思わぬ方向に銃弾が、
「っ!?」
「しまった!」
白い布が赤く染まります。
服にも染まり、ゆっくりと倒れていく聖母の儚い姿。
そして静かに、呼吸が止まりました。
「あ、ああ……」
リュウはなんとも力の無い声で死体に嘆きます。
「う、うわぁあああ!」
武装信者達は皆叫んで森の館から逃げていきました。
両膝が床に地面を密着して脱力状態のリュウは今にも泣きそうです。
「ど、どう、ど」
声がまともに出てきません。
混乱状態のままマリアの頬に手を触れます。
まだ少し温もりを感じられました。
苦しそうな表情のまま息を引き取ったマリアの顔に数滴の雫が。
「は、はぁ……まり、あ様が」
その正体はリュウの瞳から溢れ出す大粒の涙でした。
「仕事は失敗だ。街に戻ろう」
セツナの冷ややかな言葉、慰めの声もありません。
納得のできないリュウは弱々しい拳でセツナの腰を叩いたのです。
痛みも感じられない、セツナは目を細めてへたり込んでいるリュウの頭を撫でました。
誰に八つ当たりをすればいいのかもわからない。
ただただ、セツナの体へ力のない拳をぶつけるだけしかできませんでした。
読んで頂ければ幸いです




