第5話
レンガで造られた街での事です。
廃墟となっているコンクリートの建物。
誰も出入りすることが無く、扉の取っ手は錆びています。
内側の壁にはどう乱暴に扱えば亀裂が入るのかわからないほど崩れていました。
「随分激しい戦いだったのか、なんというか乱射したみたいだな」
壁だけではなく地面にも無数の小さな穴が残されています。
精悍な顔つきをした青年は自身より前を進む人物に声を発しました。
「これは全てマリアがやったらしい」
青年の声に答えるよう倭人女性は静かに呟きます。
「カナンに嫉妬して暴挙に至ったと、ヘレナが言っていた」
「はぁ……想像もつかない。マリア様は清楚で大人しいんだ」
「リュウ、マリアとはいつ出会った?」
「いつってクローン撲滅運動の最中だったな。街のクローンを排除するとかそういう時期だ」
なるほど、と倭人女性は頷くだけです。
「もっと早く出会っていればお前はそこまで崇拝しなかったかもしれないな。かなりの問題児だったらしい」
「はいはい、それとヘレナってのは誰だよ、セツナ」
「ヘレナは私と同じ特殊クローンで、とにかくうるさい奴だった。5年前に死んだ」
簡単な説明と感情も伝わらない言葉にリュウは肩をすくめました。
通路の端には地下へ続く階段と2階へ続く階段があります。
「リュウは地下を探せ。私は2階へ向かう」
セツナは有無を言わさずさっさと上へ行ってしまいました。
「勝手な奴だ」
渋々地下へと続く階段に足を進めました。
地下は真っ暗で普通の人間には何があるのか全く見えません。
「こういう時、クローンの能力って助かるな」
リュウの視界からは明るく映っているようで、足場を気にせず歩いていきます。
鉄のドアが間隔をあけて5箇所に設置されて、その反対側も同じように設置されていました。
しかし、廃墟となって数年は過ぎているのであちこちに錆や土埃が目立っていました。
「?」
リュウは奥にまだ通路があるのを発見します。
「おーい、セツナ!」
大声で階段付近から叫びました。
「なんだ、やかましい」
突然鞘で顔面を叩きつけられました。
「おい!」
「2階には何も無い、どうした?」
謝る気は無いようです。
リュウは黙って奥へ指をさしました。
「5年前にはこんな通路は無かった」
セツナの視界からもよく見えるようです。
「そういや、あんた歳は?」
とリュウが訊ねます。
「23だったと思う、健児と同じだ」
セツナは答えました。
「そうは見えないな、倭人はみんなそうなのか?」
洋国の人からして倭人の顔は幼く見えるようです。
「知らん、倭国にいた記憶なんてない」
「あんたはホントに謎だ」
2人はとりあえず奥に進んでみました。
「まだ新しいな、誰かいるんじゃないのか?」
「邪教の気配がする」
セツナは躊躇なく土埃も錆もない通路に設置されたドアを白銀の刃の切っ先で真っ二つに斬りました。
2つに割れたドアの向こうにはアサルトライフルを構えた男。
「クローン!? しかもリュウまで」
緑色の制服に戦闘用の鍔つきヘルメットを被り、顔をゴーグルで隠した武装信者でした。
「おいおい、こんなところで何してるんだよ」
「……邪魔だ」
鞘の先端で武装信者の顔面を叩きつけて、そのまま地面に押し倒しました。
目にも見えぬ速さで男の顎へ突きをいれます。
「あがっ!」
失神してしまった男を2人は囲みました。
「邪教が犯罪組織の元アジトを使って何をするつもりだ?」
「邪教じゃない、アドヴァンスだ。それに俺も詳しくは知らない」
リュウは訂正をしながら辺りを見回します。
「しかしまた随分と怪しい機械があるな」
部屋には大きなカプセルとそれを操作する機械。
カプセルの中には胎児とも呼べる手より小さい生物が入っています。
心臓の動く音が機械を通してモニターに数値で表示されていました。
「クローンなんて作ってどういうつもりだよ……もういらねぇって」
今すぐこの装置を壊してやりたいとリュウは苛立ちます。
右手で掴んだ木刀を震わせました。
「これは普通のクローンではない。そんなものは放っておけ、目的はデータだ」
机に置かれていた円盤の形をした2枚のディスクを手に取ったセツナ。
これで任務は達成したと2人がこの部屋から出ようとしました。
「やれやれ、よりによってリュウもいるとは。そのデータはもっていかれては困る」
2人の背後から低音の声が響きました。
「神官!」
リュウは目を丸くして白衣を着た長い白髪の神官を見ます。
「そのデータを渡せ、そうすればまたアドヴァンスに戻してやろう」
神官は軽く笑います。
そんな様子にリュウは、
「あんたはいつもクローンを作っている科学者達は異端だと言っていただろ!」
「お前こそクローンが嫌いだと憎んでいたではないか。それが今や特殊クローンと行動しているとは、さらにあの小娘とも……お前はわかっていない。奴の能力がどんなに恐ろしいものか、一歩間違えればこの国を壊滅させることも可能なんだぞ! さぁ、データとマリア様、そして小娘も我々に渡しなさい!」
その言葉がリュウの苛立ちを沸騰させました。
「あいつは関係ないだろ! エリスなんて知るか! もうクローンなんて必要ない、俺はそう言っているんだよ!!」
突然の怒声に神官は後退していきます。
「全く敵にすると厄介なものよ……武装兵! 絶対データを奪われるな、取り返せ!」
神官が叫んだ瞬間、2人を囲むように現れた武装信者達。
「待て、話はまだ終わってない!」
追いかけようとしましたが、武装信者達に塞がれてしまいます。
「どけ! お前らはなんであいつの味方をしてんだよ!!」
木刀を手にリュウは立ち塞がる武装信者達に切っ先を向けて怒りを露わにしました。
ですが信者達は無言で表情も見えません。
アサルトライフルを構えたままです。
「……クローン如きに聞く耳なんてもたないということだな」
アサルトライフルの銃口から無数の弾丸を発砲させる武装信者達。
瞬時にリュウの頭を掴むと地面へ体ごと倒したセツナ。
「いてっ!」
白銀の刀身だけで弾丸を捌いていくその姿に武装信者の1人が弾切れになったアサルトライフルを投げ捨て、接近戦へと持ち込んできました。
サバイバルナイフを手に襲い掛かってきます。
「死ね」
呟かれた武装信者の声。
「? 他の武装信者と違う、人間じゃないのか?」
セツナは刃の切っ先を相手のゴーグルへ斬りつけます。
ゴーグルが顔から外れ、武装信者の顔が2人の視界に映りました。
その瞳は血のように赤く冷めた視線。
「ふ……ふざけんなぁ!!」
おさまらない怒りと共に起き上がったリュウ。
セツナへと襲い掛かろうとしていた武装信者の頬に拳を打ちつけました。
よろけてしまった武装信者は思わずサバイバルナイフを離してしまいます。
隙を与えずサバイバルナイフを奪ったリュウは相手の胸へ切っ先を深く刺しました。
胸の奥へ沈んでいく刃。
「消えろ、消えろ! もうクローンは……俺達は必要ない!!」
息絶えたことを確認したリュウは相手を突き放しました。
地面に力なく倒れる武装信者。
「リュウ、やめろ。殺すな」
セツナの注意は彼の胸に届いていません。
それとは別にリュウの瞳は突如収縮してしまいます。
獣のような瞳孔は乱れ、視界が落ち着きません。
次々と襲い掛かってくる武装信者達。
リュウの視界は真っ暗で青い斑点が浮かび上がっているのです。
体が勝手に動いたと思えば、木刀を壁に叩きつけます。
そうすると木の部分が剥がれ、中に入っていた刃が露出。
「殺してやる!!」
セツナはただただ、その場の殺人劇を見守ることしかできませんでした。
返り血を浴びたセツナは頭を抱え、ゆっくりとリュウの首筋へ鞘の先端を振りかざしました……。
翌日、リュウは見覚えのない寝室のベッドで目を覚まします。
「リュウ!」
隣には深緑の瞳をしたエリスがいました。
「なんでお前がここに!?」
「セツナさんが運んでくれたんだよ。もう血まみれだったからびっくりしたんだからぁ!」
涙を浮かべながらリュウに抱きつくエリス。
「わかったから抱きつくな離れろ」
リュウは軽くエリスを押し離します。
「やだぁ」
もう離すものかといわんばかりにもう一度抱き締めるエリス。
「やめろって」
「あれ、起きたんですか? おはようございます」
5切れのパンとマグカップに淹れたコーヒーを持って来たのは聖女の笑みをこぼすカナンでした。
「カナン、これは……違うからな、誤解するなよ」
「? ここは酒場の裏にある寝室です。セツナさんはもう帰りました」
首を傾げるカナンに、リュウはなんだか恥ずかしくなりました。
気付けば自分の格好は下着一枚だけ、上半身は裸なのです。
「ああ、俺は変態か、女の子の前でなんでこんな……」
動揺を隠せないリュウ。
「リュウって逞しい体してるよね」
「いや、鍛えないと武装信者の意味が無かったし」
抱きつかれたまま、間近にあるエリスの顔。
穢れていない深緑の瞳、白い柔らかそうな肌が近くにある。
クローンだということも忘れてしまいそうでリュウは唖然としています。
「私はまだ仕事があるので、裏側にも出入り口がありますからどうぞ」
カナンは微笑みを絶やさぬままエプロン姿で表へと出て行きました。
「なんであいつは……いつもああなんだ」
無垢な瞳と聖女のような笑顔。言ってしまえば感情が豊かではない。
「そうそうはいこれ」
エリスはようやく離れ、黒いスーツを差し出します。
「……」
満面の笑みを浮かべるエリスにリュウは何も言えず、ただ黙って受け取ると着替え始めました。
「ねぇねぇ、リュウはどうしてクローンが嫌いなの?」
着替え終えたリュウは木製のイスにゆっくりと腰をおろします。
「……親父がな、クローンだったんだ。母さんは人間、生まれたのがハーフの俺だ」
「ふーん、そうなんだ」
リュウは続けます。
「クローン撲滅運動で親父が殺されて、母さんは酷い事をされたうえに精神崩壊を起こした。あの日以来俺は自分も含めたクローンが嫌いになった。クローンがいたせいでこんなくだらない事件が起きたんだと」
「そんなことない」
エリスの寂しそうな笑顔。
「……だって人のクローンが造れるのは科学の進歩だよ? こんな素晴らしい技術で生まれることができたのに殺すなんて人間は皆理解してくれない、クローンだけが悪いなんてないもん」
リュウは目を細めてエリスの答えに肩をすくめました。
「だったらエリス、お前は何の為に造られた? 何の意味があってクローンがこんなにもいるんだ?」
「そんなの、知らない。でもでも、ひとつだけが悪いなんてことは絶対ありえないもん」
「……」
「……」
2人の間に沈黙が流れてしまいます。
リュウはしばらく天井を見上げるだけで、それ以上喋ろうとしませんでした。
続
よろしくお願いします。




