第4話
レンガでできた街でのことです。
朝は静かで鳥の鳴き声が街の中によく響き渡っています。
精悍な顔つきをした青年リュウは、無愛想な表情を周りに見せつけレンガで作られた道を歩いていました。
その後ろを少々不満げな表情で追いかける深緑の瞳をもつ可憐な美少女エリス。
長い茶髪を左右で結びツインテールにしています。
青のダッフルコートに下は折れてしまいそうな白く細い脚を露出したミニスカート姿。
「昨日はどうして、勝手に出て行ったの?」
「どうだっていいだろ。いつまで着いてくるんだよ」
しつこい、と内心考えているのでしょう。リュウは青い瞳と眉毛を歪ませます。
「ずーーっと!」
リュウは呆れてしまいます。
自身の視界からは映らないエリスの表情を脳内で浮かべて苦笑。
「カナンのところへ行って、事情を説明しないとね」
「だから俺はあそこが嫌いなんだって」
嫌そうな表情を出しても少女には通用しません。
後ろを振り返れば既にエリスは背を向けていました。
「って聞いてねぇし……」
彼女の後姿を眺めていると、どうも普通の人間にしか見えません。
可愛らしく歩く背中は思わず振り向かせたくなるほどの気持ちが湧いてきます。
リュウはいつの間にかエリスを先頭にして歩いていました。
「クローン……か、嫌になってくるな」
「何か言ったー?」
リュウは首を横に振りました。
木製の店に看板はありません。
注意して見なければ通り過ぎてしまいます。
出入り口のドアにはオープンと表記された小さな四角い看板がありました。
2人が中へ入ると、店内は薄暗い。
まだ誰もお客さんは来ていないようです。
木製のテーブルを拭いている店員の少女が視界に映りこむと、リュウは顔を俯かせました。
「カナン、おはよう!」
エリスが朝の挨拶をすると気が付いた少女カナンは2人に優しく微笑み、
「おはようエリス、それにリュウさんもおはようございます」
挨拶をしました。
「……」
青空のように澄むカナンの瞳は疑うことをあまり知らないように見えます。
聖女の笑みは見るもの全てを魅了するはずですが、リュウは目を逸らしていました。
黒のベストエプロンに中は白いカジュアルシャツ、下は膝までの黒いスカート姿。
バーなどで使われる制服です。
セミロングの茶髪は触れても通り抜けてしまいそうなほど。
「リュウさん?」
「ああ、おはよう」
カナンに名前を呼ばれ、リュウはようやく口を開きました。
「今日は逃げちゃだめだよ」
「もうやらないって」
エリスの注意にため息が出てしまいます。
カウンターの前に2人が座ろうとしたときでした。
「邪魔をする」
音もなく店内へ入ってきたのは表情が全く豊かではない倭人女性。
紅玉の瞳で周囲を鋭い眼光で睨みつけています。
茶色のコートに中は黒色のシャツ、そして黒のズボン姿。
腰には倭刀が差してありました。
「あんた……セツナだったか? 最近よく会うな」
不満げなリュウの隣に座ると、
「嫌そうな顔をするな、何も悪いことはしない」
注文もしていないセツナの前に用意されたココアを淹れたマグカップ。
セツナはそれを口にゆっくり流します。
「知り合いなの?」
エリスが小声でリュウに訊ねました。
「俺の大嫌いな特殊クローン」
「リュウさん」
カナンにまた名前を呼ばれ、眉間にシワを寄せて首を横に振りました。
「ふーん、リュウって女の人と関係多いよね」
視界に映ったエリスの表情は怒っているようです。
ああ、どうして嫉妬されなければならないのか、エリスを睨みつけます。
「クローンの女なんて興味あるか! お前もその一部だろが!!」
「その短気な性格! クローンを毛嫌いするのもやめてよ!!」
「……」
隣が騒いでいるのをよそにセツナはココアを飲み干して、のんびりとしていました。
空になったマグカップを洗っていたカナンは、壁に掛けられた時計に目をやると微笑んだままカウンターの外側へ。
「リュウさん、もうすぐお客さんが来ますので」
「お前は黙ってろ!!」
「リュウさん!」
カナンの声が初めて大きくなりました。
澄みきった青い瞳が収縮し、獣のような瞳に変化。
その瞳でリュウを睨みつけます。
すると突然リュウは、
「うっ……」
怒りが一瞬にして静まり全身が麻痺されたような気分に陥ってしまいました。
心臓の鼓動音が徐々に加速していきます。
「くそ、もういい」
気持ち悪くなってきたリュウの沈んだ声を聞き、カナンは瞳を元の形に戻しました。
終わったと同時に微笑むカナン。
「覚瞳能力、初めて見た!」
嬉しそうにはしゃぐエリスは席から立ち上がってカナンの肩に触れています。
「ハーフのカナンが使えるのならば、リュウは使えないのか?」
リュウにしか聞こえないヒソヒソ声。
「はぁ……覚瞳ってなんだ? お前やカナンが使っている目が変わる奴?」
「そうだ、クローンなら習得すれば使える能力で、個人によって様々な効果があるらしい」
気だるい気分を払拭しようと気持ちを切り替えようとしましたが、どうもできません。
カウンターに上半身を凭れさせてカナンを眺めます。
「あいつは俺に何をしたんだ?」
「それは知らない」
セツナの答えは期待通りではありませんでしたが、予想の範囲内だと一笑します。
のんびりと時間が過ぎていき、客が少しずつ増えてきました。
カナンは忙しそうに接客をしています。
「はぁ、今までのことを説明しなきゃいけないのに、こんなに忙しいと駄目だね」
エリスは退屈そうにその様子を眺めていました。
「お前が余計なこと喋るから長引いたんだろ。はぁー……」
その言葉に頬を膨らませるエリス。
職もない、家もない、どうすればいいものかリュウは考え込んでしまいます。
まだ横で同じようにのんびりとしているセツナ。
「あんたは何でここにいるんだ?」
「健児と待ち合わせをしている」
「……あのボスは人間だよな」
「健児は普通の人間だ」
噂をすればなんとやら。黒いビジネススーツを着た若い倭人男性が店内に入ってきました。
黒髪と幼い顔立ちは倭人特有です。
「遅れてゴメン、セツナ。もっと早く街に着く予定だったんだ」
早足でセツナのところまで歩み寄ってきた健児。
「……気にするな」
席から勢いよく立ち上がると、セツナはそのまま健児を置いて店から出ていきます。
「あー」
健児は髪を片手で掻きながらやってしまったと呟きました。
「デートでもするのか? こんな街で」
「……だといいけどね、また別に用があるから。それと昨日はありがとう」
「ああ、マリア様はどこへ連れて行くつもりだ?」
「またしばらくしたら場所を変えるよ、いつまでも同じ場所に隠れるのは難しいから」
納得のいかない様子でリュウはつまらなそうに表情を歪ませます。
「あとレヴェルに入るつもりなら本部へ来てくれ、君のような人材が欲しいんだ。部下か本部の主が相手をしてくれる。それじゃあ」
急いで店から出て行く様子をエリスは見ていました。
「さっきの人誰?」
「犯罪組織のボス、普通の人間だ」
「ふーん、いい人そうだね、なんか落ち着いてて」
「そうだな。ちょっと出かけてくる」
席から離れたリュウは木刀を片手に店から出て行きます。
「もぉー! またどっか行くんだから」
リュウを追いかけようと席から立ち上がった時でした。
「エリス、あなたのお父さんが早く戻って来いって怒ってるよ」
電話の受話器を手にカナンが呼びかけてきたのです。
「もぉー!!」
「?」
エリスの怒った声が聞こえたのでしょう、リュウは一度後ろを振り返りました。
「あいつの声は響きやすいな」
リュウの向かった先はレヴェルの本部。
街の中でも立派な豪邸で、広大な敷地です。
門を潜ると、リュウは扉の横に設置されたベルを鳴らしました。
「誰だ?」
厳つい男が顔を出してきました。
サングラスをかけビジネススーツを着ています。
「ボスの紹介で来たんだけど」
「……入れ、主が部屋で待っている」
厳つい男の案内で2階の部屋へ。
「主、ボスに紹介された男です」
ドアを開けると様々な絵画や骨董品が飾られた豪華な部屋でした。
他の場所はシンプルで必要最低限の物以外は無かったのです。
中央に置かれた高級なテーブルとそれを挟む高級なソファー。
そのソファーとは別に車椅子に座っている人物がいました。
「ほいほい、さぁ中へ入んなさい」
高齢の男は白い顎髭を胸元まで伸ばし眉毛も目が隠れるほど伸びています。
骨と皮しかない細い体はとても哀れです。
「健児からちゃんと話は聞いている。さぁてなんでレヴェルに入りたいんだね?」
「なんでって、教会をクビになったら俺の行き場は犯罪組織しかない。あんただって分かってるだろ」
「クローンが街で働くのは教会が配布した条例では禁止されている……だったねぇ、ああ可哀想に」
面白そうに渇いた声で笑う主。
リュウは何故か怒る気になれません。
「ほっほ、彼女の能力は相手の感情を一時的に抑えることができる。だから皆彼女の笑顔に魅了されているんだのぉ」
なるほど、と呟いてみせます。
「まぁ座りなさい。レヴェルに入るのは別に構わないが、スーツだけは着てくれんかの。健児がちゃんと用意してくれたから安心せい」
主は綺麗に折り畳まれた黒いビジネススーツが置かれたテーブルを指します。
「隣の部屋が空いているから使いなさい。着替えを終えたら外で待ってなさい」
言われた通り隣の部屋へ。
先ほどの部屋とは全く違う何もない空き部屋でした。
今まで着ていた私服を脱いでいきます。
リュウの肉体は逞しく、一般男性より筋肉質です。
腹筋は割れ、胸板も厚い。
「惚れ惚れする体だな」
「そりゃどうもっておい!!」
危うく普通に返事をするところでした。
ドアに凭れてこちらを見ていたのはセツナです。
いつの間に入ってきたのかわかりません。
「あんた健児と一緒にいたんじゃないのか」
急いでスーツに着替えながらセツナを睨みます。
「用が済んだらすぐに都へ行った」
「よ、用ってなんだったんだ?」
ネクタイを締めて着替えは完了しました。
「あまり深く聞かないほうがいい、男女の関係は生々しいぞ」
「あー、それ以上は聞かない。大体わかってしまった」
聞かなければよかったと内心思いながら、リュウは部屋から出ます。
「……なんであんたがついて来る?」
何故かリュウの後ろを歩くセツナ。
「レヴェルの仕事だ。キングという組織がいたアジトに行くぞ」
無理矢理リュウの袖を引っ張って行きます。
「またお前と仕事かよ」
「最高だな。特殊クローンと一緒に仕事ができるなんて」
すぐに返ってきた答えにリュウは呆れながらも、
「ああ最高だな」
苦笑しました。
続
読んで頂ければ幸いです。




