第3話
日が暮れた頃の事です。
平原に敷かれた簡易的な道路の上を市民にはなかなか手の届かないような値段のする黒い高級車2台が走っていました。
車の後ろにはレンガで造られた街が、遠ざかっていくのがわかります。
その車内は重々しく、会話はありません。
感情のない倭人女性と精悍な顔つきの青年リュウが後座席に乗っていました。
どう話すべきか、なんて悩んでいるわけではないのでしょうが重たい沈黙は耐えられません。
リュウはただ窓から眺めることができる平原を視界に映すことで暇を潰します。
「リュウ」
自分の名前を呼ばれ、リュウは隣にいる倭人女性を視界に映しました。
穢れているはずの真っ赤な瞳に直面すればそれはとても澄みきっていて、とても自分の存在が納得できない、リュウは自然と相手を睨みつけていました。
「悪いことをしたのは確かだが、そこまで恨まれた記憶はない」
「いや、別にそういうつもりじゃねぇ。あんたセツナだったよな、マリア様とはどういう関係だ?」
脳裏に思い浮かぶ様々な疑問を消し払うように話題を変えます。
「さほど深い関係ではない、私はカナンを通じて知り合っただけ」
「じゃあなんで誘拐なんてしたんだよ」
「それを知ったところで得はしない。だがリュウ、あの教会に戻らないほうがいい」
まるでなんでも知っているかのようなその態度にリュウは眉間にシワを寄せて反応しました。
「なんでだろうな、最近はクローンにやたら会うんだよな、しかもどいつも腹の立つ奴ばかりだ」
「クローンに何の問題がある? 教会が崇めているマリアも全て同じ」
「やめろ!!」
セツナの言葉を遮って、再び沈黙に戻してしまいました。
その沈黙と同時に車の背後から響き渡ってきた激しいエンジン音。
この車ではありません。
「マリア様を返せぇ!!」
自動二輪車が5台、後ろから追いかけてきていたのです。
緑のコートとズボン、鍔のついたヘルメットと顔を隠すゴーグルを装着した集団。
「そのまま運転していろ、すぐに追いかける」
何を思ったのでしょう、車のドアを思いっきり蹴り飛ばしたのです。
おかげで後部座席左側のドアは無くなってしまいました。
「あの赤い瞳はクローンだ殺せ!」
「……やかましい」
5台の自動二輪車全てが2人乗りをしています。
運転手の後ろにいる信者達の手にはサブマシンガン。
銃弾が雨のようにセツナへ降りかかってこようとしています。
「……」
発砲される寸前、セツナの瞳孔が一瞬にして収縮し獣のような鋭い目つきに変わりました。
「!?」
その姿を車内から見ていたリュウは、
「ああ、くそあいつは特殊クローンなのか……」
頭を抱えてしまいそうになる、目の前で信者たちがあっという間に倒されていくのでため息しか出ません。
「お前達に命の平等さを教える資格はない」
全てを鞘ひとつで片付けたセツナの捨て台詞。
「……なんでこうも、うまくいかないんだよ」
セツナが自動二輪車を奪ってこちらへと近寄ってきます。
「特殊クローン、か」
遠目から眺めていたリュウは徐々に接近してくるセツナを見て呟きました。
自動二輪車を乗り捨て、そのまま車内へ飛び込んできます。
「おぶっ!」
セツナの膝がそのままリュウの顔面へヒット。
顔面を両手で覆いただ痛みを堪えるリュウにセツナは終始謝ろうとしませんでした。
それから数時間後、都に到着。
今の最新技術で建てられた高級ホテルに車は停まります。
「リュウ!」
車から勢いよく飛び出しては相手の名前を呼ぶ少女。
上から下まで全て白色の服装で顔も真っ白な布で被っていて誰なのかわかりません。
「マリア様」
頬を赤く染めて、リュウは少女の声を聞いた途端戸惑いながらもとても嬉しそうに笑みを浮かべます。
「よかった、怪我はない? それにどうして教会から追い出されたの?」
布を自ら取って、素顔をリュウに見せました。
気が強そうに感じさせる表情。
聖母と崇められている存在にしてはあまり相応しくないかもしれません。
少しつり上がったルビー色の瞳には涙を浮かばせていました。
「あ、いやそれは……」
なんと言っていいものか、視線を合わせず、ただ横を見るばかり。
「私のせいなんでしょ? ごめんなさい。まさか貴方が追い出されるなんて思わなかったの」
「違います、俺に力が足りなかったばかりに……全部俺の責任です! マリア様のせいではありません」
マリアの肩に手を添えて必死に慰めの言葉を放つリュウ。
はたから見ればいちゃついているように思えます。
「……」
その様子を近くで眺めているセツナと、仕事の依頼主。
「セツナ、これで仕事は終わりだけど、そろそろ日が落ちてくるしその、このままホテルに泊まった方が」
「街に戻る。健児、仕事以外なら私の部屋に来てすればいい」
言い終える前に返答を聞かされてしまった倭人男性の保住健児。
苦笑しながら健児はリュウのもとへ歩み寄ります。
「さてマリア、部下が部屋を案内するから行こう。それとリュウ」
「?」
マリアがホテル内へ入っていったのを確認し健児は、
「質問があるんだけど、いい?」
「ああ、どうぞ」
耳元で呟きます。
「君は教会に追い出されたはずだ」
「そうだな」
「セツナがいなければうまくいってたかもしれないね」
「ああ、特殊クローンを相手にするなんて命がいくつあっても足りない」
リュウはため息混じりに自分のした行動に一笑しました。
「でも依頼は達成したんだから、報酬は出すよ」
健児の部下が持ってきた封筒を渡されます。
結構分厚く、中身は万単位の札が100枚束になって入っていました。
「護衛しただけなのにこんなにくれるとは……しかも裏切ろうとしたのにな」
仕事を完了したのだから報酬をもらえるのは当然ですが、リュウは胸のどこかが重たく伸し掛かってくるのです。
「リュウ、街に戻るぞ最寄に無人駅がある。そのうち電車が来るだろう」
「この国にも電車なんてあるのか、近代的だな機械技術は倭国の方が上だって聞いたことあるけど?」
「健児から聞いた話だと電車以外にも空を飛べる機械もあるらしい」
母国のことを知らないのか? と言いたくなるリュウ。
「この国は機械よりも科学が進歩している。人間のクローンを作れたのはこの国が最初だと健児に聞いた」
この国のことも知らないのか? 一体何を知っているのか、リュウは頭が痛くなってきました。
「……あんたは何で特殊クローンになったんだ。人間のまま過ごそうと思わなかったのか?」
生きた人間そのものを使った禁忌の実験で誕生した特殊クローン。
リュウはその存在がどうも納得できません。
「気がついたらいつの間にか特殊クローンになっていた。それだけ、記憶はない」
初めて彼女が俯く姿を見ました。
辺りが暗くなってから目立ち始める紅玉の瞳は鮮やかです。
その瞳のどこに穢れなんてあるのか、リュウは自身に問いかけました。
答えは返ってきません。わからないのですから。
「……」
「リュウはどうして、同じクローンを嫌う?」
街灯の少ない道を歩く2人の姿。
空に映る無数の星明かりだけが前へ進む場所を示してくれます。
リュウはその夜空を見上げ目を細めました。
口をぽかんと開けたまま、
「ああ、忘れたな」
その返答にセツナはフッと口元だけに笑みを浮かばせます。
「……」
「まぁ俺自身がクローンの血を受け継いでいるから……かもな」
「そうか、ハーフなのだな。そういうのはカナンと同じか」
「あいつの名前を出すな、苦手なんだよあの疑うことをしない目が嫌なんだ」
嫌がるような言葉にセツナは眉をしかめました。
リュウは悲しそうに顔を歪めてしまいます。
気付けば平原の中に簡易的な道路とその隣に線路、そして街灯が1つだけの寂しい無人駅。
「教会で一緒にいたあの少女は?」
「エリスのことか、あいつも苦手だよ」
「私はどうだ?」
「あんたはよくわからない」
リュウは苦笑して答えました。
「だろうな、とりあえず今後も一緒に仕事していく可能性は高い、裏切らないようにな」
「……もうしねぇよ、したくない」
苦そうな表情でした。
セツナと一緒に無人駅のベンチで座り込み電車を待つことにしました。
続
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