第25話
布に包められた小さな遺体が列となって並んでいました。
自分の子だとわかれば抱き締めたり、泣いたり、嘆いたり、悔やんだり、なんとも言えません。
悲惨な事件の犯人は未だ不明で政府の警備員や警察が捜索している最中です。
「さて、探すか」
精悍な顔つきをした青年リュウは一度息を吐いて動き出しました。
「あの子、両親はいないようだったわ。どこかで1人、暮らしているかもしれない」
返り血が飛び散った白衣姿の少女アリアンは脳内で得た情報をもとに探っていきます。
「……クローンがやったんだよね?」
深緑の瞳をした少女エリスは寂しそうに言いました。
「でもこの近くにクローンが住み着くような場所なんてない。首都の周りも警備が厳重だったこともあるから」
青空のように澄んだ瞳の少女カナンの言葉に、
「じゃあ、ここにいるクローンがしたの?」
エリスは認めたくない気持ちで尋ねました。
「うん」
「……そうなんだ」
カナンの落ち着いた声。
なんだか気持ちが沈んでしまうエリスは俯いてしまいました。
「エリス……危ないからリュウさんと一緒に行っておいで」
背中を優しく撫でられたエリスは、言われるがままリュウを追いかけていきます。
その様子を眺めるカナン。
「クローンだけが絶対に人を殺さないなんてことは有り得ない。必ず誰にでも憎む気持ちはあるから……綺麗じゃないね全部……」
白銀の刀を抱き締めてカナンは単独で行動を始めました。
「あれ、あいつは?」
すぐに気が付いたリュウは周りを見渡しますがそこにはいません。
「カナンはほっといても大丈夫よ。とりあえずあの子を探すわよ、名前は確かリアっていう女の子。みつ編みで赤い瞳をした特殊クローン。疑いたくないけど……一番怪しいのはあの子」
「こ、子供が子供を殺すの?」
「特殊クローンってのは他のクローンよりワケありよ。何せ人間だったんだから」
アリアンは笑みを浮かべながらもつり目で周りを睨んでいます。
今回の件で復興作業を中止している人々は静かに黙とうを行っていました。
「ここは人が結構多いし、まだ手を付けてないところを探した方がいいわね」
「ああ、しかし、気分が優れないな」
リュウはどうも調子がよくないようです。
頭を掻いて、ため息を何度も吐きます。
「相手が子供だもんね」
「それもあるけど……な」
エリスの頭に右手を軽く撫でては再び歩き出しました。
まだ、誰も手をつけていない瓦礫と破片だらけの住宅街へと入っていきます。
足の踏み場もないほど散乱し、遺体も回収されていません。
こんなところに子供がいるのでしょうか。
災害の痕跡がまだ残っている場所で雨宿りできる屋根も寝泊りできるスペースもないのです。
「ん?」
ガラスの破片が擦れるような音が聞こえました。
1回だけではありません、2回、3回と誰かが歩いていることは確かです。
「こら、出てきなさい! いるんでしょ? リア!!」
アリアンの怒っているような声にその足音は速くなりました。
「逃げたわね!」
逃がすまいと音のする方へ駆け出したアリアン。
「おいおい、あんまり刺激するなよ!」
「えっ、ま、待って!」
全員が一気に走り出します。
アリアンの視界から映り込んだみつ編みの女の子。
「こないで!!」
必死に拒絶反応を見せては逃走するリアの手には血まみれの鋭いガラスの破片。
「それで殺したわけね!」
「くそ、こままだと逃げられる」
「ど、どうするの?」
素早い動きで走り回るリアにリュウもエリスも困惑しています。
「悪いが……」
リュウの瞳孔が一気に収縮、獣のような眼光に突如変化したと思えばアリアンをあっという間に抜き去りました。
「覚瞳!?」
「こないでってば!!」
リアの必死な拒絶など誰も聞く耳をもちません。
凶器を握っている手を掴んだリュウ。
「いやぁ!」
「落ち着けって、何もしない。ただ話を聞きたいだけだ、とにかく危ないから暴れるな」
掴まれた手を何回も振るリア。
なにやら錯乱しているようにも窺えます。
リュウはアリアンに黙っているよう注意し、しばらく落ち着くのを待ちました。
ガラスの破片を握り締めている手は血まみれで誰のものかはわからないほど。
「リアだったか? 何も悪いことはしない。とりあえず事情を話してくれ」
「……あいつらにんげんだもん、だから殺したんだよ」
俯きながらも小さくか弱い声で呟きました。
「あの子達はあなたに悪いことをしたの?」
エリスは悲しそうに問いかけます。
「ううん、あいつらはわるいことなんてしてない。その区別もよくわかってない」
「じゃあ悪い事だって知ってて君は殺したのか?」
「……人殺しはわるいことだって知ってる、だから殺したの」
アリアンはずっと黙ったままでリュウを睨んでいます。
理解しにくい説明にリュウとエリスは苦い表情。
「ねぇ、人間が嫌いなの?」
エリスはしゃがみ込んでリアと同じ背の高さにしますが、リアは俯いたまま。
「だいきらい」
「……何かあったの?」
「……」
事情については喋ろうとしません。
エリスは口を開くのをひたすら待ちます。
「いたぞー! あのガキだ。俺は見たぞあのガキが殺したんだ!!」
この雰囲気を壊す男の声。
しかも男だけではありません。
複数の人々が武器をもってこちらを鬼の形相で睨んでいるのです。
「ひっ、こ、こないで!!」
いきなりの人だかりにリアは再び錯乱をはじめてしまいます。
「だめ、落ち着いてリアちゃん!」
両肩に手を伸ばそうとしたエリスでしたが、
「やめて!!」
拒絶を起こしたリアの手が、凶器を持っていた手が動きました。
触れようとした手は寸前で止まり、エリスは大きく目を見開いています。
「エリ、ス?」
隣にいたリュウはあまりに突然すぎる出来事に口を震わしました。
「あ、あああ……」
リアは混乱したまま後退していきます。
鋭く尖ったガラスの破片がエリスの胸へ突き刺さっているのが確認できました。
「エリス!?」
ゆっくりと倒れていくエリスの体を受け止めたアリアン。
息をしている気配もありません。
リュウは震わしたまま、リアへと視線を変えます。
殺そうと思えば殺せる相手。
ですが、どうすればいいのでしょう。
相手は子供です。
恨む対象にするべきなのでしょうか。
怖いほどに冷静な自分がいることに気付いたとき、自然とリアの首へ右手が向かっていたのです。
あともうちょっとで細い弱い首へ大人の手が触れようとしています。
握り締めてしまえば折れる。
「リュウさん!」
右手は思わぬところで掴まれてしまいました。
「カナン?」
青い瞳がリュウを見つめています。
殺してはいけないと、訴えてくるその瞳にリュウは顔を強張らせていきます。
今にも泣きそうな青年の赤い瞳。
ようやく右手を下ろしたことでカナンは手を離しました。
そして、混乱状態のリアを優しく抱き上げたのです。
「事情、詳しく聞かないと、必ず理由はあるから……確実な善悪なんてないから」
冷静な落ち着いた声とは別に多量の涙を零していたカナン。
誰に対する涙か、透明な雫をリュウは間近で直視します。
「……」
自然と瞳孔が震えていました。
後ろの人々はカナンの説得により一旦元へ戻ることに。
研究室の中でリアを落ち着かせているカナンとアリアン。
その外では壁に背中を預けて座り込むリュウの姿がありました。
布に包まれた新たな遺体。
「……エリス」
殺意などもはや起こりません。
嫌悪感も湧いてこないのです。
胸が空っぽになったような気分で俯くリュウ。
「一緒にいるって……約束したのに、やっと一緒に……」
虚ろなままリュウは呟くだけでした。
そうしていると研究所のドアが開かれます。
開けたのはアリアンです。
「あの子やっと落ち着いたけど、アンタはそうでもなさそうね」
「……」
「子供達を殺した動機、聞く?」
リュウは俯いたまま首を横に振りました。
予想通りの態度にアリアンは納得し、ふたたびドアを閉じました。
研究室へと戻ってきたアリアン。
「さぁて、聞かせてもらおうかしら」
「うん、リアゆっくりでいいから、話して」
カナンは対面するようにイスを並べて座ります。
「どうして、あんなことをしたの?」
「わたしのお母さん、お父さん、あいつらの親に殺されたんだよ」
リアは俯きながらもしっかりと説明を始めます。
「目のまえでお父さんをきり殺して、お母さんをなぐり殺して、わたしをヘンな人たちに売り払ったの……お金のためにそれだけのために」
リアの手は包帯で巻かれ止血されていました。
その手は先ほどから震えています。
「とくしゅクローンのじっけんだいになれば大きいお金が手に入るって、ヘンな人たちが言ってた」
「それなのに、どうしてその子供達を?」
「……人間なんてみんな一緒、人間が憎い、嫌い、だから殺したの。復讐のついで」
はっきりとした口調で説明を終えました。
「そう、ありがとう。リア、そのこと皆に話してもいい? 人間が憎いってことは言わない、ただどうしてあの子達を殺したか、あの子達の親にしないといけないから」
「……うん」
カナンは白銀の刀を手に立ち上がりました。
「ちょ、カナン、説明するだけで刀なんていらないでしょ?」
何をするつもりか、アリアンは戸惑った様子でカナンに訊きます。
「これは護身用だから大丈夫」
「……アタシも行くわ、アンタ何するかわかんないし」
「じゃあ、リュウさんにリアのこと見守ってもらわないと」
2人して研究所の外へ出ると、まだ壁でもたれているリュウがいました。
カナンは、
「リュウさん、リアのことお願いします」
耳元へ優しい声で囁きます。
リュウは俯いたまま軽く右手を上げて反応。
それを確認すれば、カナンは笑みを浮かべて傍から離れていきました。
「あいつ、あそこから動かないけど大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
2人の声は耳に入っているのですが、リュウはまったく動きません。
日は既に沈みきって夜です。
涙は枯れてもう出ません。
それから数時間が経ちました。
作業を止めて人々は家の中へ。
そのタイミングを計ったように研究所の扉が開かれました。
「なにやってんだ」
「!」
誰もいないと思って開けたのでしょう、リアは体をビクつかせ扉を半開きにして顔だけを出します。
「別に、殺すつもりねぇよ。ただなにやってんだって聞いてるんだ」
「さんぽにいく」
「……」
ようやく俯かせていた顔を上げたリュウ。
虚ろな赤い瞳は遠くを見つめています。
「?」
リュウはふらふらなまま体を起こし、扉を完全に開けました。
リアの包帯に巻かれた手を腫れ物に触るように掴みます。
あの凶器を握っていた手を。
「散歩、行くんだったらついていく。ただここは危ないから外までは抱く」
右腕だけで軽々とリアを抱き上げ、歩き出しました。
左袖が歩く度に揺れます。
疲れきった表情、リアはしばらくその顔を見つめては呆然としました。
「……うぅ」
リアは次第に目へ涙を溜め込め、今にも泣きそうな表情を胸に埋めて隠しています。
今更泣かれても、リュウは特に声をかけることなく首都近辺の草原へ。
満月の夜、冬だというのに心地の良い風が吹いています。
寒いことはありません。
その草原へリアを下ろすと、リュウはその場で座り込んでしまいました。
「あんまり遠くへ行くなよ。追いかけるからな」
「お兄ちゃんはどうしてそんなことするの? どうして殺さないの?」
「なんでだろうな……」
その返答はリアを困らせます。
「殺してよ、わたし、何回てくびをきっても死ねなかった」
小さな手首に痛々しい無数の刻まれた傷跡。
ああ、核があるから死ねないんだな。
本人がわからないのなら、自分だってわからない。
「死んで楽しようなんて思うな、生きて苦しんで死んだ人の分も生きろ。それが唯一の償いだ。死んで償えるものなんてあるかよ」
リュウに声に感情が見えません。
「クローンも人間も関係あるか、悪いことをした奴を罰して困っている奴を助ける。お前もこれからは助けられる奴を助けろ、全部を助けろなんて贅沢は言わないさ」
再びリアの手を握り締めます。
左目を細くさせて痛々しい手首を眺めていました。
「……うん、あの」
「あと、謝らなくいいぞ。謝られても本人はもうあの世だ、俺が勝手に許すわけにはいかないからな。だから、できるだけでいいんだ」
リアは何回も黙って頷きます。
嬉しそうな赤い瞳同士、ようやく2人は笑みを浮かべました。
「おにいちゃんのなまえは?」
「リュウだ」
「わたしはリア」
「そうだな、リアだったな……」
その約束を果たせるのに何年かかるのでしょうか、クローン迫害は根本が消滅するまで終わらないかもしれません。
読んでいただければ幸いです。




