第22話
崩壊の域を辿っている洋国。
全ての大陸が大地震によって崩れています。
地面が割れ、街も村も自然も原形がありません。
何が突然起こったのか、人々は理解できずにいました。
逃げ回ったところで避難できる場所はどこにもないのです。
首都の地下最深部。
真っ白な天井も割れ始めて既にへこんでいます。
地面は崩れ落ち、もはや逃げる場所なんてありません。
広大なホールに描かれた巨大な練成陣。
不可解な文字と数字が乱れるように空気中を飛んでいます。
練成陣の中心を白銀の刃で突き刺した状態で停止している2人の少女。
カナンとアリアン。
白銀の刀身から白く発光した電流が激しく弾き、2人の手を麻痺させます。
そして、崩れた地面から落下してしまいそうな状況にいる少女エリス。
その手を必死に掴む青年リュウ。
「私……」
深緑の瞳は涙を浮かべて潤んでいます。
可能性のある死か、可能性のない生を選ぶか。
エリスは迷っていました。
「大丈夫だからな、エリスお前が何も死ぬ必要はないんだ!」
「……リュウ」
「セツナさんの刀で絶対止まってくれるから、大丈夫!!」
「カナン……」
その言葉がさらに彼女を迷わせていました。
「いい加減現実を見なさいよ! あんた達の綺麗事聞いていると嫌になってくるわ! エリスの命を引き換えにすればクローンも人間も助かるわ、こんなセツナの刀だけは絶対無理!!」
「そんなことない! この刀は倭国の宝刀、当時の錬金術師が練成した神器だから!」
「そんなのただ噂でしょ? 倭国でよくあるその迷信なんか有り得ない!!」
「信じなきゃ何も変わらない、自分から起こさないと何も変わらない、たとえ間違ってたとしても必ず助かる!!」
「間違ったら駄目でしょうが!!」
言い合う2人。
「くっそぉおお!」
リュウの瞳孔が突如収縮を起こしました。
獣のような眼光に変わった瞬間、疲れきっていた右腕に力が入ります。
なんということでしょう、エリスの体が地面へと持ち上げられました。
「はぁはぁ……」
「リュウ、大丈夫!?」
全力を使い果たしたリュウはエリスにうな垂れます。
「……ありがとう、ごめんね、リュウ」
息はしているようです。
リュウを横にしてエリスは急いで2人の元へ。
「エリス!」
「アンタどういうつもりよ!?」
2人の手を包むように刀の柄を握り締めました。
「私、もっと長生きしたいの! もっと皆と一緒にいたい!!」
「ホントに馬鹿じゃないの!?」
「エリス……」
微笑み合うカナンとエリス。
アリアンは呆れるほかありません。
「それに、クローン迫害も全部無くさないといけない! クローンとか人間とか関係ないことも全部!!」
エリスの手に力が入ります。
そして、ようやく、動かなかった白銀の刀身が。
「止まって!!」
「お願いだから!!」
「絶対に止まりなさいよぉ!!」
深く、練成陣の中心で沈みました。
ガチン、という何かがはまった様な音。
突如激しい電流がホール全体を流れて始めました。
「きゃああ!!」
思わぬ電流の量に手が弾かれアリアンが離れてしまいます。
「アリアン!? あっ!!」
カナンの手も弾かれてしまいました。
完全に練成陣を潰したはずなのに震動は止まることはありません。
「も、私も……」
耐えられない痺れ、エリスの手も離れてしまいそうになります。
「おね、がい止まってぇ」
掻き消されそうな声と体。
エリスの切実な願いは届くのでしょうか。
いいえ、届くはずです。
その願いをまるで聞き届けたかのように、エリスの手が何かに包まれたのです。
「!?」
痺れが消え、電流の痛みもありません。
エリスの手を包んでいたのは……。
真っ赤なマフラーを首に巻いた倭人。
地味な茶、黒系の服装をした女性でした。
「セ、セツ……」
紅玉の瞳が穏やかな表情をしているのを確認できました。
こんなことが有り得るのでしょうか。
彼女の手が刀の柄に触れます。
『……』
何も言いませんが、彼女は少し笑顔でエリスを見つめていました。
「あ……」
一気に周りの景色が真っ白な世界へと変わっていきます。
それはエリスの視界に映った景色。
『決して屈せず、今のカナンのように前を向けるか? 信じられるか? 自分が壊れずに生きていけるか?』
問いかける言葉にエリスは、
「うん、いつでも前向きだよ、いつだって皆を信じてる、仲間がいるから壊れるなんて無い。私も、リュウも、カナンもアリアンっていう子も、独りじゃないから、もちろんセツナも!」
自信満々に答えました。
『……そうか』
寂しそうに、微笑んでいます。
『もっと……早く、知りたかった』
「!?」
視界が一瞬にして暗転し、エリスはわけもわからず慌ててしまいます。
「え、えっ!?」
鮮明に映り込んだ現実世界。
あの広いホールはどこにもありませんでした。
散らかった用紙とボロボロの機械、大きなモニター画面。
どうやらここはアリアンの研究所のようです。
大きなモニターは亀裂だらけ。床もヒビが割れています。
その床に座り込んでいたエリスは周りを見渡しました。
「こんな奇跡が起こるなんて有り得ないわ! 凄いことよ、あの練成陣を消せるなんて……信じる力ってのもの案外いいかも」
テーブルに手を当てて、ブツブツと呟くアリアンの姿。
「終わったなぁ、てか俺の左腕なんで無くなったんだ? 意識での話じゃなかったのかよ、はぁ」
テーブルを背もたれにしてイスに座っているリュウの姿も。
「エリス、目は覚めた?」
「……うん」
カナンが優しく微笑む姿が見えたことで、エリスは自然と笑みが出てきました。
「良かったぁ皆無事だったんだ」
「いつの間にかここにいたから驚いたけど、あの地下は全壊。都市も結構な被害があったみたいで皆再興を目指してる。それに」
「?」
首を傾げて言葉の続きを待ちます。
「クローンの人達も皆手伝ってくれてるんだって、それで人間も考え方変わったみたいだよ。皆協力しあってる」
「ホント!?」
エリスはなんとも嬉しそうにしています。
「良かったな、エリス」
「うん! リュウも大丈夫?」
左腕と右目を失ったリュウは既に処置され止血もしっかりとされています。
「ああ、大丈夫だ」
深緑の瞳に笑みを浮かばせて、立ち上がりました。
軽い足取りでリュウの傍へ。
「ずっと、一緒にいてね、リュウ」
その言葉を耳にしたリュウは照れながらも笑顔で、
「当たり前だ、ずっとだからな」
ラブラブな2人の雰囲気。
「あーあ、いいわよね、アンタ達は、ほらカナンも何か言いなさいよ」
考え事をしていたアリアンの不満が出てきました。
「お幸せにね」
予想外の言葉。
「あのね……」
アリアンはもう怒る気にもなれません。
ポケットに手を突っ込んではボロボロの研究室を眺めるだけ。
幸せそうな姿を視界に映すのはもうしばらくいい、とアリアンは呟きました。
よろしくお願いします、すいません。




