第20話
洋国最大の広さをもつ首都。
その地下最深部で人知れずクローン同士が戦いを繰り広げています。
真っ白な天井の下は既に血で汚れていました。
数1000人が入れる広さをもつホールにたった5人。
精悍な顔つきをした青年リュウは既に左腕がありません。
なんの処置もしていないその状態はとても危険で時間の問題です。
今にも赤い瞳は閉じてしまいそうで、握っている刀もいつ落としてしまうかわかりません。
「エリス、頼むからやめてくれ!」
ただただ攻撃を防ぐだけでリュウから仕掛けようとはしません。
細い両刃の剣はリュウを狙っています。
剣の持ち主である深緑の瞳をした少女は操られた人形のように動かされていました。
「エリス!」
名前を呼びますが返答はありません。
聞こえていないのでしょうか。
剣は止まることもなく猛攻撃を続けています。
防ぐことも辛くなってきたリュウ。
切っ先が一気に突進してきます。
「!?」
刀身で弾き返しますが、その反動でリュウは後ろへと足が下がりバランスを崩してしまいます。
それを見逃さないとばかりに剣の切っ先が再び襲い掛かってきました。
このままでは危ないと反射的に反応したのでしょう、リュウは無理にでも体を逸らしましたが、タイミングが遅かったのです。
貫かれることはありませんでした。
「目が!!」
リュウは庇うこともできず地面へと倒れこんでしまいます。
右目が勝手に塞がれ、うまく見ることができません。
体全身が麻痺にかかったような感覚。
縦に直線が刻まれた右目から一滴ずつ血が零れます。
「エリス……俺のせいだ、俺が守れなかったから。俺のせいでこんなことに……お前を少しでも長生きさせないといけないのに」
もはや刀を握る力もありません。
ゆっくりと迫ってくる足音が耳に響いてきます。
剣の切っ先が首筋へと当てられ、少しでもずれてしまうと終わりでしょう。
「だから、俺はどうなってもいい、だが、俺は絶対お前が生きれる確証を得られるまで死ねないんだよ!!」
いきなり右手で切っ先を掴んだ思えば切れるかもしれないというのに右手に力を入れます。
「お前をここで死なせるか、ずっと一緒にいろ、俺の傍にずっといろ!!」
右手からは案の定血が噴出し、これ以上出血が続くと死んでしまうのでは。
このホール全体に響くような怒鳴り声と同時に何かが割れるような音。
なんということでしょう、エリスが握っていた剣の先が無くなっていたのです。
剣の破片が散乱し、リュウの右手には先端部分が握られていました。
なんという馬鹿力。
「なるほど、あの剣はエリスの精神の一部なわけね」
瞳孔を収縮させてはエリスをひたすら遠くから観察している白衣を着た少女アリアン。
つり目はどこか不機嫌さを出しています。
「クローンを長生きさせる方法なんてないわよ。特にエリスは核兵器なんだから」
「うるせぇ!!」
リュウは自身の耳に届いたアリアンの言葉に反応。
「アンタはなんにもわかってないわ」
驚くような表情でもなくアリアンは茶色の瞳を元に戻しては目を細めました。
「あ、ああ…」
それをよそにエリスの様子は変わっていきます。
何かに恐怖を抱いたような怯える表情。
剣から手を離しては頭を抱え始めます。
「エリス!?」
なんとか体を動かそうとしますが言う事を聞いてくれません。
「今更動けないなんてふざんけなぁ!!」
自分自身に怒りをぶつけます。
「ちっ、所詮実験体はこんなものか……くだらんな」
重低音に響く男の不気味な声。
分厚い教本を手にその様子を睨んでいました。
2mは超える巨体をもつ男は黒いローブで全てを隠しています。
表情もわかりません。
口元だけがフードから見えます。
「ドイゾナー、今は私が相手です」
白銀の刀身を手に構えていたのは青い瞳をした少女カナン。
純白の袖なしワンピースの上から大きめの茶色いコートを着ています。
「カナン、このような戦いをするべきではない。我は愛しいヘレナを生き返らせ、この国、いや世界を変えるためにこの力を使っているだけなのだ。無益な殺し合いはくだらん。クローンを無に返すそれだけだ」
「貴方のしていることはただの人殺しです。ヘレナだってそんなこと望んでない!」
「ヘレナは我の最愛の妻だ。我に賛同し我を崇める。最高の女」
「それは昔話です、ずっと昔のこと。貴方をここで消滅させなければ、クローン迫害も終わらない」
白銀の刃をドイゾナーへ向け、迷いのない瞳は穢れていません。
「悲しいな……カナン」
「私は何も悲しいことなんてありません」
地面を蹴り上げるように走り出したカナン。
「我は錬金術の継承者なり」
呪文のように呟いたことでドイゾナーの周りに出現した円の光。
白銀の刀身がドイゾナーの胸から下腹部へ右斜めに皮膚を引き裂きます。
飛び散る血液がカナンの顔面に付着。
「!?」
カナンの後ろから突如飛び出してきた鋭い槍のような岩。
すぐに反応したおかげでその岩は刃によって粉砕されます。
「ふははは、我に死は有り得ん!」
ドイゾナーの真下が波紋のように広がり、何かが浮かび上がってきました。
太い両刃の大剣、1人で持つのは並々ならぬ力が必要なのですが、ドイゾナーは片手で持ち上げたのです。
「その刀を粉砕してやろうではないか!」
軽々と振り回しては無風の室内で風を起こします。
「フン!」
大剣を地面へと急降下させて地震を起こすような振動を地下全体に響かせました。
地面は見事に割れてしまい砂煙が巻き起こります。
「く」
視界が遮られてしまったカナンは手で目を隠しました。
襲い掛かってくる様子もなく、ようやく砂煙が消え去ったころ。
「いない!?」
地面に大きな穴があるだけでドイゾナーの姿は見えません。
ですが、カナンはすぐに後ろへ振り返ります。
ホールの扉付近に確かにドイゾナーはいました。
「フハハハハ!! ここに人間を連れてくるとは……愚かな」
「アリアン、やめてぇ!!」
カナンは急いで駆けようと走らせますが間に合いそうにはありません。
大剣がアリアンを目掛けて下ろされます。
ドイゾナーの背中まで到達したカナン。
既に振り下ろされた大剣。
白銀の切っ先、とにかくどこにでも刺さってほしい。
カナンの思いが、手が、動きました。
「うわぁあああ!」
「……」
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