第2話
教会が襲撃されて1週間は経ちました。
クビとなった青年のホームレス生活も1週間です。
精悍な顔つきですが、青い瞳は無気力なまま遠くの空を眺めていました。
冬にしては暖かい気候で、服を何重に着込まなくても大丈夫なようです。
青年は木刀をベンチの横に立てて休憩中。
「あっリュウ!」
ふと我に返ればそこに深緑の瞳をもつ可憐なる美少女。
白シャツの上に黒いカーディガンを羽織り、赤と緑のチェックミニスカートを穿いています。
左右に結んだ長い髪が風に揺れると良い香りが。
「……なんだ、またお前か」
リュウはこの少女を良く思っていないようです。
眉間にシワを寄せて少女と視線を合わせないよう逸らしていました。
「そんなに私のことが嫌いなの?」
嫌がられても少女はリュウへと寄っていきます。
「ああ、大嫌いだ。できれば近寄ってほしくないな」
通り過ぎる人々からするとカップルがケンカしているようにしか見えません。
「ふーん、ねぇ、私の名前覚えてる?」
自分を指さしてリュウに訊ねます。
「……エリスだったな」
「なーんだ、ちゃんと覚えてくれてるんだ」
嬉しいのでしょう、エリスの表情には笑みが浮かんできます。
「ね、ね、いつまでホームレスみたいな生活してるの? 仕事しないの?」
横に座ってきたと思えばリュウの体に密着させるように身を乗り出してきました。
今後の生活について興味津々のようです。
「そんなこと聞いてどうすんだよ。離れろ!」
エリスを無理矢理突き放して、睨みつけます。
「む、ひどーい! か弱い女の子に暴力するなんて」
頬を膨らませては怒ったように睨みかえしました。
「クローンが何言ってんだよ、か弱いもあるか!」
「もう! あんまり外でクローンクローンって言わないでよ、リュウだってそうじゃんか!」
「う、うるせぇ!!」
街の公園で怒鳴り騒ぐ2人を囲むように次々と住民達がやってきました。
こんな治安の悪い街でカップルが口喧嘩をしている様子に興味津々のようです。
「さっきから馴れ馴れしくしやがって!」
「リュウが素直になってくれないからこうやってしてるんだもん!」
「余計なお世話だ! お前に話すことなんてない!」
「素直になるまで絶対離れないから!」
珍しいものを見たいがために集まってきた人だかりの中を割って入る者がいました。
緑のコートにズボン、鍔のついたヘルメットを被って顔はゴーグルで隠れてわかりません。
背中にはアサルトライフルが装着されています。
「どいてどいて、クローンはどこだ?」
人だかりの隙間から聞こえてきた男の声、2人は周りの現状を冷静に察知。
「やばい、教会の奴らだ。くそ、もうこっち来い!」
「ふぇ?」
エリスの手を握り締めて人だかりを力づくで割り込みます。
いつの間に住民がこんなに集まったのか、2人が群衆に紛れ込むことが簡易的なほどで、すぐに公園から脱出成功。
安心するのも束の間、街の角を曲がると、
「あー! お前はクビなったリュウじゃねぇか」
「なんで今日に限って武装信者がうろついてんだよ」
アドヴァンス教会の武装信者がまた1人。
「悪いな、信者じゃなくなった今、お前はただのクローンだ。大人しく捕ま!?」
「うるせぇんだよ」
武装信者の顔面を右足で蹴り飛ばします。
3回転して、最後に壁へと激突した武装信者はどうやら気を失ってしまったようです。
「ねぇねぇ酒場に逃げよう!」
「いや、酒場は」
拒否を示そうとしたところ既にエリスはリュウの手を握って走り出していました。
「なんでだよぉぉぉ!!」
しかもその速さは人類以上。
砂煙を舞い上がらせ、街を歩いている住民も何が起こったのかわからないのです。
リュウの体は浮かびエリスに身を任せるまま。
空しい叫び声とともにその場から姿を消しました。
砂煙が消えてから数分、2人は木製の店に辿り着きます。
「くそぉ、ここにはもう来ないと思ってたのに」
「? ここに私の友達がいるの、何かあればすぐにかくまってくれるんだよ。行こう」
「俺はいい」
手を払いのけてはエリスから距離を置こうとするリュウ。
「もう、どうせ追われるなら嫌な場所でも隠れるのならいいでしょ?」
否定ばかりするリュウの態度にエリスは苛立ち始めました。
またも揉め事になるのでは、2人に再び険悪な雰囲気。
そんな空気を崩すかのように、店の出入り口が開かれました。
「あれ、エリスどうしたの? それに、リュウさんも」
透き通った少女の声が耳に届くとリュウは俯かせたまま地面に座り込んでいました。
そんなリュウとは逆に嬉しそうにそのまま声の主へと駆け寄ります。
「カナン!」
出入り口前で抱き合う少女達。
カナンと呼ばれた少女は青空のように澄んだ瞳を嬉しそうに微笑ませます。
触れればすり抜けてしまいそうな茶髪のセミロング。
純白な長袖のワンピースを着る姿は聖女と言っても問題ありません。
「事情は中で聞くから、リュウさんも入ってください」
「いや、俺はもう」
「マリアの事は聞いてますよ」
リュウは苦笑すら出てこない様子でした。
立ち上がってはゆっくりと店の中へ足を歩ませます。
店内は薄暗く、昼間であっても中年の男達が酒を飲んでいました。
重々しい気分でカウンターの椅子に座り込むリュウと軽快な面持ちで座るエリス。
「いらっしゃい、エリスちゃん。それとそこのお嬢さんはどこかで会ったかな?」
バーテンダーのような服装をしたビール腹の男は冗談交じりでリュウに言いました。
「やめてくれ、そういう気分じゃない」
不機嫌な様子を男は一笑して別の客へ。
「それで、どうしたの? エリス」
「武装信者がまた狙ってきたんだよ、ひどくない?」
先ほど起こった出来事の説明を始めたエリス。
その間リュウは辺りを見回しては、店内の壁に貼られたコルクボードに視線を合わせます。
コルクボードには数枚の紙切れが貼られていました。
話し込んでいる少女達を置いてその場へと向かいます。
「……!」
リュウは1枚の紙切れに目が留まりました。
紙切れを手に取ると走り書きされた文字をじっと見つめ、読んでいきます。
「いた、マリア様が」
笑みが零れそうなほど嬉しそうにするリュウ。
マリアの護衛約2名求める、レヴェル本部の保住、もしくは部下へ。
その文字を読み終えたと思えば紙切れを握り締めました。
クシャクシャになってしまった紙切れを手に外へ出て行ってしまいました。
「おい!」
ちょうど店の通りを巡回していた武装信者を呼び止めます。
「お、お前はリュウ……うわっ」
武装信者の襟首を掴むとそのまま路地裏へと連れ出しました。
壁に武装信者の背中を押し付け、
「マリア様の行方がわかった。あの方は今レヴェルに監禁されている。しかも今日この街から出る予定らしい、そこで俺が今から護衛の依頼を受ける、言いたい事分かるよな?」
相手の内ポケットから拳銃を取り出すと銃口をそのまま顎へと突きつけました。
「あ、ああ、わかった。また新しい情報があったら教えてくれ、すぐにやるから、だから離してくれ!」
襟首から手を離すと武装信者は怯えた小動物のようにその場からすぐに逃げ去りました。
「……」
豪邸ともいえる広大な敷地と3階建ての邸宅へ辿り着いたリュウ。
高級車がガレージに5台と中庭に設置されたプール、動物が走り回れる程の裏庭があります。
リュウは入り口の門をくぐり、扉の横にあるベルを鳴らしました。
1分ぐらいが経ち、中から顔を出したのは好青年ともいえる倭人男性。
「マリア様護衛の件で来た。保住ってあんたか?」
「ああ俺のことだよ、話は中でしよう」
黒いビジネススーツの男性はリュウを招き入れました。
見た目豪邸にしては意外にシンプルな物が置かれていました。
必要最低限の物以外はありません。
赤い絨毯が敷かれた通路を歩いていく途中、
「俺の名前は保住健児、レヴェルのボスをしている。君は?」
「リュウだ。金がなくて困っていた、ところであんた倭人なんだな」
「ああ、倭人が他所の国で組織のボスをしているのは気に食わない?」
「いや別に」
軽い自己紹介を行います。
応接室に置かれた高級テーブルを挟んで2人は対面になるよう柔らかそうなソファーに座りました。
「都へ一時的にマリアを避難する際に護衛をしてほしいんだ」
落ち着いた声と何かを隠しているのではないかと疑ってしまいそうな漆黒の瞳。
リュウはその瞳を睨みつけます。
「ボス」
健児の背後から黒いサングラスとスーツを着た男が現れました。
男は健児の耳元で何かを呟きます。
「そう」
「?」
リュウの他に誰か来たそうです。
玄関からリビングまでの廊下から響き渡る足音。
「女? それはまた勇敢だね」
健児は男の新たな情報に笑います。
「なにやら、聖母様の知り合いだそうで」
「……?」
そんなやり取りの中、ドアはノックもなしに開かれました。
「失礼する」
真っ赤なマフラーがトレードマークで茶色のコートと黒のズボン姿の女性でした。
紅玉の瞳に感情は全くありません、無表情です。
倭人特有の黒髪が瞳をさらに引き立てます。
「セツナじゃないか!」
喜ばしい出来事のように立ち上がった健児。
リュウはセツナを見て呆然としました。
見覚えがあるはずです。
忘れもしない1週間前の出来事。
リュウは怒りともいえる感情とここは抑えなければという気持ちがぶつかり合います。
「……」
「……」
リュウと女性は睨み合ったまま動きません。
「あれ、知り合い?」
健児はこのピリピリとした空気に苦笑するしかありませんでした。
読んで頂ければ幸いです。




