第15話
ここはどこでしょうか、目が霞むような錯覚に襲われ精悍な顔つきをした青年は苦い表情をしつつ起き上がりました。
鍛えられた筋肉が包帯によって一部巻かれています。
左胸には厚めの布が止血代わりに抑えられ、布は少々赤く染まっていました。
薄暗い部屋。
机と椅子が1つずつ設置されています。
次に2本の刀が視界に入りました。
自身の刀と、もうひとつは灰色の刀身。
見覚えのあるのでしょう青年はベッドから離れてその刀を拾いました。
「エリスは!?」
狭い部屋から外に出ると、前には小さな畑と何もない広大な草原がありました。
太陽はまだ半分顔を出したばかりです。
「ここはどこなんだ?」
「何よ、騒がしいわね、まだ完治してないのに何勝手に起きてんのよ」
青年は鍬を持った見知らぬ洋人の少女と目があいました。
「あんた、クローンでしょ」
茶色の瞳を鋭くさせ青年に問います。
ロングストレートの茶髪を揺らして近寄ってきました。
「……そうだけど、俺を助けてくれたのは」
「お礼はいらない。あんたのこと知ってるわよ、リュウ」
「あ、ああ」
「アタシはアリアン・ルノー。あんたの母親とあたしの母さんは姉妹なのよ」
リュウはぽかんと口を開けました。
初耳だったのでしょう、リュウはそんな記憶を探しても見つかりません。
「最悪、あんたみたいなクローンと親戚だなんて」
そう言ってアリアンは鍬を片付けるためリュウに背を向けました。
「……カラコンが無い」
小屋に戻って鏡を見るとリュウは瞳が赤い事に気付きました。
それを隠すためのカラーコンタクトがありません。
「くそ、とにかくエリスを探さないと」
リュウは黒のビジネススーツ上下をしっかり着て刀を手に取ります。
小屋から出てリュウはアリアンに近づきました。
当然人間のアリアンは睨みます。
「ありがとな」
「……」
返事をしません。
アリアンはただ黙って指をさしました。
その先をリュウは見ます。
「あっ」
畑の向こうには銃弾により穴だらけでボロボロの真っ黒い高級車が置いてありました。
この車がまともに動くとは思えません。
「そっちじゃなくて、その隣」
「あ、ああ!」
ボロボロの高級車の隣には駐車された何かを運ぶ為の小さな貨物車。
「ありがとうな、また機会があれば来るよ」
何も言わないアリアンでしたがリュウが貨物車へと向かった瞬間、その背中に笑みを浮かばせていました。
それに気付くこと無くリュウは貨物車を発進させました。
姿が見えなくなるまで見送ったあとアリアンは狭い小屋に入ります。
「母さん、リュウに会ったよ」
声をかけますが誰もいません。
それでもアリアンは、
「瞳の色を隠すなんて事してんの、馬鹿みたいだったから外して土に埋めちゃった」
アリアンの視線の先には1枚の写真が入った写真立て。
そこには長い茶髪をもち美しい顔立ちをした女性の姿。
慈しむような微笑みで写っていました。
「また来るって、その時全部話さなきゃ駄目だよね」
目を細め、アリアンは先程リュウが寝ていたベッドに寝転びます。
「ホント……クローンって大嫌い」
そんなことを呟いていることなど全く知らないリュウ。
一面草原の世界から簡易的な道路に移ります。
景色を眺めている暇などありません。
リュウは情報もないままひたすら道を進んでいきます。
どこへ向かうというのでしょう。
「?」
内ポケットから鳴り響く携帯電話の着信音。
一瞬、何かを期待したリュウでしたが、耳に受話器を当てた途端。
『リュウ! 無事か?』
期待はずれの声。
「ああ、あんたか。無事だったんだな、健児」
相手は犯罪組織のボスである倭人男性保住健児。
『街で生き残ったのは俺だけだ。住民も部下も、主も……セツナもカナンも皆』
寂しそうな呟き声。
「……ホントに死んだのか、セツナもカナンも」
『ああ、エリスは無事かい?』
「……いや」
なんと答えようか、
「守れなかったんだ……俺のせいでエリスは誘拐されてしまった」
『それはまずいことになった。とにかく一旦街に戻ってくるんだ!』
「ああ」
そこで通話を切ったリュウはどうにもならない苛立ちを発散できるわけもなく、貨物車のスピードをあげていきます。
「なんで急に死ぬんだよ。もう、頼むから……誰も消えないでくれよ」
左胸が痛み出してきました。
短い間隔で痛みが走ってきますがそんなことを気にしている暇はありません。
疲れきった瞳は、とても弱々しそうです。
片道数時間の道のりを進んでいた最中でした。
リュウの視界に映り込んだ見覚えのある人物。
「……カナン!?」
思わず急ブレーキを踏んでしまいます。
「ぐお!」
その勢いで顔面をハンドルにぶつけて、クラクションが鳴り響きました。
顔面を両手で覆いながらも窓から外へ体を乗り出して確認。
相手も先ほどのクラクションの音で気が付いたのでしょう、こちらを見ています。
「カナンだよな?」
純白のワンピースを着こなす少女。
手には誰かが所持していた白銀の刀を持っていました。
か細く白い肌、聖女に相応しい容姿。
瞳だけは穢れたように赤く濁っているのです。
無表情というわけではないのでしょうが、どうも悲しそうな表情。
季節は冬なのです、この国では気温はさほど変わらないのですが袖のないワンピースは少し寒そうに思えます。
ドアを蹴り開けては急いでその少女へ駆け寄りました。
近寄れば近寄るほど、その人物が予想している存在だとわかればリュウの顔からは嬉しそうな表情。
「カナン!!」
カナンと呼ばれた少女。
「セツナ……いないの?」
「よかった、生きてたんだな。悪い、悪かった」
しっかり抱き寄せては、カナンの柔らかな茶髪を撫でました。
どう謝罪すればいいのか、どんな言葉をかければ分からない。
ただリュウは一時的な温もりを感じずにはいられませんでした。
いろんな意味でよろしくお願いします。




