第11話
広大な大陸を持つ洋国。
その真ん中付近に位置するレンガで造られた街での事です。
都から先程帰路した紅玉の瞳をもつ倭人女性。
表情に感情は無く、冷ややかで睨んでいないのに睨んでいるように見える目付きでとある建物の前に立っていました。
その邸宅は真っ白で、3階建ての豪邸です。
ガレージには5台の高級車が駐車していました。
豪邸の裏には犬などが走り回れるほど広い庭。
「健児とカナンは?」
倭人女性は、鼻歌を交えて洗車している厳つい男に訊ねました。
男は、
「ボスはいつもの部屋に、カナン様は3階の倉庫で保護されています」
直立でしっかり倭人女性の目を見て答えました。
「……」
倭人女性は黙って玄関の扉を開けます。
中は意外とシンプルかつ必要最低限の物しか置いていません。
一般人には届かない高級な絨毯を当たり前に踏みながら進む倭人女性。
2階へ上がってすぐ手前にある部屋のドアノブに手を伸ばします。
「健児、なんだその大量の本は」
「セツナ、お帰り。いや、君こそなんて格好を」
黒いビジネススーツ姿の健児はテーブルが埋まるほど積まれた分厚い本から少し薄めの本までを読み続けていました。
「エリスが選んでくれた」
太腿まで露出した黒のミニスカート、黒のブレザーにリボンを身に付けています。
「そ、そう。あはは、似合っているよ」
眠たそうな表情をした健児を見てセツナは眉をしかめました。
「いつから、寝ていない?」
「まぁ……2日ぐらいずっと」
答えを聞いたセツナは目を閉じてため息を吐きます。
「なんとしてでもカナンの精神を戻さないといけないんだ。彼女だけが唯一の救い手なんだ」
「まさか、健児お前は……」
セツナが初めて見せた驚く表情。
「ほぉほぉ、なんじゃあ悪い虫がまた帰ってきたのかね?」
部屋に入ってきた1人の老人は車椅子に乗っていました。
胸元まで伸びた白い髭を大切そうに撫でながら、セツナに対して毒を吐きます。
「カナンに会わせろ!」
セツナは老人の襟首を掴み上げては乱暴に揺らしました。
「会いたければ会うが良い、だがこれから一切健児に近寄らないように」
いつもの口調で喋る老人を手から放すと、セツナは落ち着きを取り戻しながら呟きます。
「カナンに会うことができるのならなんでもいい、これ以上は健児に接触などしない」
「セツナ、カナンに会ってどうするつもりだ? 会っても意味なんてない」
健児が慌ててセツナに近寄ってきます。
ですが、
「来るな、触るな」
静かに拒絶という答えを返して、セツナはすぐに部屋から出て行きました。
「カナンに会いにきた」
3階の奥に設置された倉庫部屋。
扉の前で門番をしている部下にそう呟きました。
「は、はい」
終始戸惑いながらも部下2人は扉を開けます。
部屋には黄金色の花瓶や壺など照り輝く物がありました。
セツナは興味無さそうに真っ直ぐ歩きます。
「カナン」
「……」
セツナは足を止めて、紅玉の瞳を細めました。
目の前には膝を抱えてうずくまる1人の少女。
血で穢れたような瞳は遠くを見ています。
「カナン、ドイゾナーに何をされた?」
「……」
話し掛けますが、カナンは何も応えません。
「あ……う?」
ふと、カナンの口から言葉が出てきました。
ゆっくり立ち上がり、セツナに視線を送ります。
「セ…ツナ……助けて」
大粒の涙が穢れた瞳から零れ、頬から顎へ、そして雨漏りのように地面へ落ちました。
「カナン、どうしてそれを早く言わない? リュウがいた時に、エリスがいた時に、どうしてその言葉を伝えなかった?」
カナンの涙を掬うように頬に右手を添えました。
「ころ、して、殺して」
「もう一度前を向け、見ろ、意識の中で見てきたカノンの姿を言葉を、ヘレナがしてきた全てを無駄にして命を捨てようと思うな」
「ヘレナ……」
「セツナ!」
カナンとセツナの会話を遮った声。
背後にいたのは健児でした。
「もうやめてくれないか、セツナ」
苦しそうな表情でセツナを見つめます。
「……」
無言で背中を向けていたセツナは一度目をゆっくり閉じます。
ようやく知ることのできた事実と現実を受け止めていきました。
再び視界を鮮明に映し、セツナは振り返ります。
「……そうだな、決別だな」
「そうじゃない、そんなこと望んでいない」
健児の必死な思いなど今のセツナに通じません。
目の前にいる哀れな男の方へ歩いていきます。
「ずっと俺の傍にいてくれないと困るんだ」
そして、何も言わず通り過ぎていきました。
名前を呼ばれてもセツナは反応しません。
ただ、進むべき場所へ向かいます。
街の隣に置かれた危険地区へ。
かつて犯罪組織がアジトに使用していたビルの地下へ降りていくセツナ。
地下通路の奥に設置されたドアを開けました。
紅玉の瞳は様々な機械が設置されている中で決して大きくはないモニター画面を見ます。
土砂降りの雨が降るような雑音がモニターから流れていました。
モニター画面の下には真っ赤な宝石が挿入されています。
地面には焼き焦げて黒くなっている円陣の模様が。
その中には複雑な文字と数式が刻まれています。
「ドイゾナーが使った錬金術か……」
『セツナ、セツナか!?』
女の声ですがやや低めの声、が聞こえてきました。
セツナはモニターに声をかけます。
「ヘレナ?」
なんということでしょう。過去に死んだはずの人物がモニターを通して声だけで登場してきました。
『生きていたのか……懐かしいな、貴様の声』
優しい落ち着いた様子の声です。
「ドイゾナーに意識だけ閉じこまれたのか?」
『そう、なのだろうか、いまいち記憶が曖昧で思い出せない』
そんなやり取りをしていると、ふと地下の天井から小石のような破片がセツナの頭に落ちてきました。
「なんだ?」
その次に地上から響く破裂音。
『この銃声、アドヴァンスか』
「ここにいるのは分かっている! さっさと出てこい!!」
かなり近いようで、男の声が鮮明に聞こえます。
天井の上から複数の足音が響きます。
『まだ狙われているのか、今度は何をした?』
「知り合いが問題を起こしたのでその処理を任されている」
『はぁ、久し振りに再会したと思えば忙しい奴だ。まぁ見つけてくれたのが貴様でよかったよ……消してくれ』
呆れながらも、最後の言葉を声に出したヘレナ。
対するセツナは既に白銀の刃を構えていました。
「いいのか、カナンに会わなくて」
『肉体が死んだときに全て決別した。だが、セツナ、最後の頼みだ』
「?」
『カナンを……守ってくれ』
泣いているような声でした。
「……」
セツナは無言で刃を機械に挿入された真っ赤な宝石を貫かせました。
切っ先が触れただけですぐに粉砕された宝石。
それとほぼ同時に地下研究室のドアが勢いよく開かれます。
アサルトライフルを持った10人の武装信者達。
黒い煙を出すモニター画面に背を向けて、セツナは紅玉の瞳を収縮させます。
獣のような瞳へと変化しました。
刀を中段構えにして武装信者達へ。
「ころせぇええ!!」
先頭にいる男の声をとともに大量の弾丸がセツナに襲いかかります。
しかし、弾よりも速く先に1番前にいる男の股下にセツナはいました。
「なぁっ!?」
切っ先を男の手首へ貫通させ、すぐに抜き取ります。
「うぁあああ!」
手から武器を落として必死に止血をしている男を踏みつけました。
「邪魔だ。死にたくなければ私の前に現れるな」
「う、撃てえええええぇぇ!!」
セツナは眉をしかめます。
狙いも定められず、混乱している弾丸はセツナに当たりません。
「……」
3分程が経ちました。
刃に付着した血を拭き取ったセツナは、何も言わず地下研究室から去って行きます。
瞳を元に戻し廊下の壁にもたれたセツナ。
「疲れた……」
読んでいただければ幸いです。




