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第10話

「そうか、カナンの事はリュウ達に知らせるのはやめておく」

 紅玉の瞳をした無表情の倭人女性は国内ならどこでも通じる携帯電話で誰かと話していました。

 普段はコートとズボン姿のはずが、今日は珍しく膝にもいかない黒いスカートと胸元の赤いリボンが目印の黒いブレザー姿でした。

「20歳超えた女が着るもんじゃないだろ、あれ」

 精悍な顔つきをした青年は応接室で眉間にシワを寄せて呟きました。

「ええー可愛いよぉ」

 どうやら隣にいる深緑の瞳をした少女が考えたのでしょう、口の中を膨らませて青年の評価に不満をもらします。

「リュウ、研究所で何をしたか知らないが都で勝手に騒動を起こすな!」

 白スーツ姿の金髪男は苛立っていました。

 今にも銃弾をぶっ放しそうな勢いです。

「そりゃ悪いな。あれは仕方なくやったんだ」

 リュウは手頃な値段で買えるソファーに座りました。

 客室にはソファー以外に脚立が低めのテーブルがあります。

「クローンを殺すのにも最近は政府からの許可がいるんだぞ? くそ、どうやって説得する、金でも渡して引き下がってもらうか」

 客室の壁と壁を行き来しながら金髪の男はぶつぶつと何かを言っています。

 そんな様子を倭人女性は見ることなくリュウの襟首を掴んで客室から出て行きました。

「外に出るぞ」

「はいはい。とりあえず手を離せ、セツナ」

 セツナは手を離しません。

 リュウは小さくいつか殺すと呟きました。

 1階にある扉を開けた途端、セツナは電気がまだ点いていない街路灯の棒にリュウの顔面を叩きつけてやりました。

「離したぞ、これでいいか?」

 あまりの痛さに顔面を両手で覆うリュウは、

「……」

 何も言えませんでした。

「わわ、置いてかないでよー」

 慌てて2人の後を追いかけてきた少女は一部始終を見ていないので首を傾げます。

 リュウは、

「……」

 何も言えません。

「リュウ、エリス、私は今から街に戻る」

「ええー!? なんで?」

「えーなんでー」

 棒読み口調の全く感情のこもっていない声でリュウは呟きました。

 突如セツナの膝がリュウの股間へかなりの速度で入ります。

「ーーーーーー!!」

 声にならない声でした。

「あっちで問題が発生した。とにかくあまり外出はするな、もし危険ならばすぐに都を出てさらに遠くへ逃げろ」

「はーい」

 セツナはそのまま2人と別れて去っていきました。

「くそぉ、あいつはなんだよ」

 ようやく引いてきた痛みにリュウは不満を声に漏らします。

「セツナだよ?」

「いや、名前は知ってる」

「ねぇねぇ、私も研究所行っていい?」

「……多分大丈夫だろ。行くか」

 リュウは昨日行った道を2人で進みます。

 人通りの少ない道を選びながら研究所まで向かっていくと、途中リュウはまたも区別された分厚い壁を見渡しました。

「ここは?」

「ん、ああ。クローンが住んでる廃墟地区だったかな」

 その言葉にエリスは寂しそうな瞳で分厚い壁に手を触れます。

「駄目だよ、クローンの皆は長く生きられないのに……何も悪いことしてないのに」

「……そうだな、じゃあそれを失くす為にも、お前の為にも研究所へ行って解決方法を探そう」

「うん!」

 微笑むエリスに安心したのでしょう、リュウは一瞬笑みを浮かばせました。

 辿り着いた研究所は前と変わらず無数の本棚が沢山あります。

 2人でも全部を読むのは難しいでしょう。

「わぁー、すごい量」

 驚いたというより、この中から探さないといけないのか、というこの疲労感を2人は早くものしかかってきます。

「とにかく……探すか」

「うん」

 一冊一冊、厚いものから薄いものまで丁寧に読んでいくこと数時間。

 2人は背中合わせにして読んでも読んでも終わることのない本の数に嫌気が差してくるのではないのでしょうか。

 音の無い静かな時間、

「なぁ、エリス」

「なぁに?」

 息抜き程度にエリスへと声をかけました。

「聖母の候補だったんだよな? カナンも」

「うん、でも私聖母になるつもりは無かったよ。カナンの方がずっと有名だったもん、だから前まで私カナンのこと嫉妬してた」

「カナンに嫉妬? なんでだよ」

 自然と笑ってしまいます。

「もう、ほんとだってば。私なんかより長生きで聖母に選ばれても不思議じゃないし、クローンなのに誰にも差別されずにいたから……すごく羨ましかったの」

「それが、どうやって友人になったんだ?」

「5年前にね、カナンが血まみれになって瞳も赤くなって完全に穢れてたのに、それでも必死でクローンを守る為に戦ってて……希望を与えてたんだ。嫉妬してた私のことも守ってくれたんだよ?」

「……」

 2人の手が止まっていきます。

「それで私が、戦うカナンを支えられたらなって思うようになってそしたらいつの間にか仲よくなってたんだ」

「……そうか」

 本を閉じて微笑むリュウ。

「リュウはカナンのことどう思ってるの?」

「あいつの目は怖い、あいつも俺と同じハーフのクローンだっていうのに青い瞳は本物だ。しかも何があってもどういう状況でも笑う。おかしいとしか言いようが無いな」

「……寂しいんだよカナンは、笑うことでそれを紛らわせてるつもりなんだけど。今度こそ甘えさえちゃうから、そしていっぱい泣かせて思いをうけとめるの」

「俺の分も泣かせてやればいい」

 この声だけは誰にも聞こえないように呟いたリュウでした。

読んで頂ければ幸いです。

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