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表情観察感情読取機『Refa(リーファ))』

作者: 結城 刹那
掲載日:2023/07/09


 1


「入江、ノートサンキュー。やっぱ、天才は頼りになるわ。また宿題が出たら貸してね」


 そう言って、クラスメイトである星野ほしの 愛羅あいらは俺にノートを渡した。サンキューと言いながらも、彼女の笑みから読み取れる彼女の感情は『無関心』だった。俺からノートを借りるのは当たり前だと思っているみたいだ。


 星野は自分の友達のところへ行くと彼女たちの会話に混ざる。その時の星野から読み取れる感情は『幸福』。俺にお礼を言った時に見せた笑みと今の笑みは雲泥の差だった。

 雲泥の差と言いつつも、スマートコンタクトレンズにインストールされたアプリ『Refaリーファ』を通してでしか分からない。裸眼の状態で渡されていたら、喜んでいると思って俺も嬉しくなっていたことだろう。


 まあ別に、喜んでいようがいまいが俺にとってはどうでもいい。彼女にノートを貸したからって俺の成績に響くわけではないのだから。それに、喜んでいなかったからと言って貸さないと星野は不満を抱く。貸してゼロか、貸さなくてマイナスかと言われれば、貸した方がお得であろう。


 あいつには、関心を持たれない方が今後の人生においてはプラスなる。あいつだけじゃない。このクラスの大半に該当する話だ。関心を持たれたくない人間には、都合の良い存在でいつつ、いなくなったら忘れられるくらいがちょうど良い。


 そういえば、あいつの名前、『あいら』じゃなくて『てぃあら』だったか。全くもって、覚えにくい名前だ。


「入江くん。これもついでに渡しておくね」


 星野の方を見ていると不意に手に持っていたノートの重量が増す。見ると俺のノート上に『学級日誌』が重ねられていた。俺は日誌を置いた少女の顔を覗く。

 黒髪のロングヘア、先天的な鋭い目つきは近寄りがたい雰囲気を醸し出している。事実、彼女の周りに寄ってくる生徒は皆無だ。


「何で俺に渡すんだよ。相川が書けば良いだろう?」

「前回私は『学級日誌記述』で入江くんは『黒板消し』だった。だから、今回は逆にするのが定石かと思ったのだけど何か間違っているかしら?」


 相川に言われ、俺は教室前の黒板に視線を移す。前の授業で先生の書いた板書は綺麗さっぱり消えていた。これでは、違うと言ってももう手遅れだ。


「わかった。学級日誌記述でいいよ。ただ、担当決めは先に報告してくれ。俺が『黒板消し』大好きで『黒板消し』やりたいって言ったらどうするんだよ?」

「……それもそうね。ごめんなさい。私が悪かった」

「いや、謝ることじゃないけど……次からは分担決めはやる前に先に相談してくれ」

「わかったわ。じゃあ、ごめんだけど、学級日誌よろしくね」

「了解」


 俺はペンを持つと学級日誌の未記載の部分に日付と前授業の科目・授業内容を明記した。ついでに今日一日の科目も記述し、一日の感想も記載しておく。

 できることは早めに終わらせる。それが俺のやり方だ。


 書き終えるとチラッと隣に目をやる。隣の席には、先ほど学級日誌を渡してくれた相川の姿がある。彼女は小説を読んでいた。図書室での借り物のためかカバーはない。ジャンルは恋愛だった。


 彼女の表情から読み取れる感情は終始『無関心』だった。それは俺と話す間もずっと同じ。それどころか、俺が『Refa』を使い始めてから感情はずっと『無関心』のままだ。一度も別の感情になったところを見たことがない。


 クラスの大半が示す無関心には興味がない。

 だが、彼女が見せる無関心だけにはずっと興味があった。

 俺は相川あいかわ 春海はるみが感情を灯す瞬間を見てみたかった。


 ****


 想像力というのは使い方次第で武器にも凶器にもなりうる。

 都内有名大学を卒業した両親から生まれた俺は、幸いにも想像力に恵まれていた。自分の行動がどんな結果を招くのか大体のことは想像できる。


 しかし、どれだけ想像力が豊かでも人間の感情まで想像することはできなかった。

 今から5ヶ月前、中学2年の5月頃のことだ。当時、俺の後ろの席にいた女子が積極的に俺に対して話しかけてきた。


 授業で分からないところがあったらすぐに聞いてきたり、グループワークで席をくっつけたら俺の筆箱を探って中身を確認してたり、俺が困っている時はすぐに声をかけて手伝ってくれた。


 ある程度の想像力があれば、彼女が俺に好意を抱いていると思うに違いない。少なくとも俺はそう思った。だから彼女に聞いたんだ。「お前って俺のこと好きなの?」って。そしたら、彼女に「馬鹿じゃないの。そんなわけないでしょ。キモッ」って罵られた。その日から俺はクラスの笑い者になった。


 ナルシストや変態妄想野郎と言われる日々。今思い起こしても、どうしてそこまで言われなければいけないのか意味がわからなかった。

 もうあんな失敗は起こさない。そのために俺は下校すると部屋に閉じこもって『Refa』の作成に勤しんだ。


 通称『Reading emotion from aspect』。その名の通り、表情から相手の感情を読み取るアプリだ。これを使えば、表情から相手がどんな感情を抱いているのかが手に取るようにわかる。それ以降、俺は自分に頼らず、全て『Refa』が解析した感情に従うことにした。そうしたら、面白いことに誰も俺のことをよく思っていなかった。積極的にアプローチしていたのは優秀である俺を落とすことを楽しんでいるだけだったらしい。


 それからも俺は『Refa』の解析に従うことにした。これさえあれば、俺は対人関係において何一つ間違った選択をせずに済む。そう思っていた。

 ただ一人の生徒を除いては。


 それが相川だ。

 俺がからかわれていた時、彼女だけは前と変わらず俺と接してくれた。彼女は何を思って俺と接してくれているのだろう。そう思い、『Refa』を使うと答えは『無関心』だった。それだけなら、失望して終わりだ。ただ、彼女はあらゆる物事に対して『無関心』だった。


 俺は彼女の存在が不思議でたまらなかった。

 彼女が何を思って日々生活を送っているのかとても気になった俺は、終始彼女を観察することにした。それから4ヶ月。彼女の感情は依然として『無関心』のままだった。代わりに俺の彼女に対する『関心』だけが増すばかりだった。


 2


 相川は授業後、必ず図書室で本を読んでいる。

 俺もここ1ヶ月間、図書室へと通い詰めていた。適当に科学系の本を手に取り、相川の座ってる席に近い席を選定して座る。


 この際に注意することは一点。『選ぶ本』と『座る席』をランダムにすることだ。同じことをずっとしていると相川に怪しまれる確率が高くなる。俺はあくまで『最近、図書室に通うようになった』という体でいなければならない。


 本を広げ、読むふりをしながら相川の読んでいる姿を横目に見る。相川の表情から読み取れる感情は依然として『無関心』。図書館にいても、それは変わらない。

 彼女の机には『恋愛』や『ホラー』、『コメディー』など多種多様のジャンルの本が置かれている。


 ただ、どの本にも共通しているのは『感情を抱く』ということ。恋愛もホラーもコメディーも、どれをとっても読者の感情を揺さぶることを目的としている本だ。

 しかし、彼女はいずれも『無関心』のまま。何を思ってあのジャンルの本を読んでいるのか皆目見当もつかない。


 そうして図書室に居座ること1時間30分。相川は机に置かれた本を自分のバッグに入れると、そのままバッグを肩にかけて、図書室を後にした。

 いつもなら、下校を告げるアナウンスが鳴るまで読書に勤しんでいるのだが、今日は30分早めに帰宅するようだ。


 今日も今日とて彼女の感情が変わることはなかった。

 一体いつになったら、変わるのだろうか。そして、一体なぜ感情が変わることもないのに恋愛やホラーなどを読んでいるのだろうか。本当に相川は不思議なやつだ。


 相川が目的であるため、もう図書室には用がない。相川が図書室を出たところで俺は持っていた本を本棚に置いて、5分くらいしたところで図書室を後にした。タイミングをずらすことで鉢会う可能性をできる限り下げる。

 図書室は校舎3階にあるため、階段を降りて下駄箱へと足を運んでいく。


「あっ……」


 人知れず、小さな声を響かせ息を漏らす。一つ降りた3階と2階の間のスペースで相川がこちらを見て佇んでいた。何のつもりだろうか。俺はできる限り平静を装いつつも、軽く会釈して2階につながる階段へと足を運ぶ。


「ちょっと待って」


 そう言って相川は肩を握ると自分の元へと俺を引っ張る。どうやら、バレたらしい。


「何だよ?」

「入江くん、最近、私のことよく見てるよね? どういう理由か教えてもらってもいい?」

「はあっ? そんなわけないだろ。自意識過剰にもほどがある」

  

 バレた可能性は高いが、俺は悪あがきをするかのように惚けることにした。


「自意識過剰ではない。証拠にこれを見てもらっていい?」


 そう言って、相川は数取器を俺へと見せてきた。なんで学校にそんなものを持ってきているのかと思ったが、それは置いておこう。数取器に表示された数字を見ると20と記載されていた。


「これが?」

「今日、あなたが私のことをチラ見した回数。図書室ではざっと10回見ていた。一応、私以外の生徒に対しても、チラ見しているのか気になって調べてみたけど、せいぜい5回がいいところ。どうして私だけそんなにジロジロみているわけ?」

「特に理由はないさ。たまたまだろ」


 流石に「お前の感情を知るためだ」なんて気持ち悪いこと言えるはずもない。まあ、今でも十分気持ち悪いんだが。


「ひょっとしてだけど、入江くんって私のこと好きだったりする?」

「はあ!? そんなわけないだろ。何で俺が相川のこと」

「だって、それくらいしかジロジロ見る理由はないと思ったから。それとも、霊的なものが見えていたりする?」

「俺に霊能力はないよ」


 そんな非科学的なものを信じてはいない。心霊写真にしろ、心霊現象にしろ、合成だったり、まだ人類が解明できていない科学的な現象が発生したに過ぎないのだから。


「じゃあ、どういう理由なの?」

「だから、たまたまだって言ってるだろ」

「相川くん、昨日あなたが読んでいた『空想科学シリーズ』に書かれていた内容覚えているかしら?」

「ああ、人間が蜘蛛の糸を上ることができるかだな」


「他には?」

「デコピンで人は何メートル吹っ飛ばせるかとか」

「他には?」

「……」


 尋ねられた時用に抜粋して項目を読んでいたが、流石にもうストックはない。


「もう出てこないの?」

「忘れちまったよ」

「そんなことはない。いつもテストで高得点を取っている入江くんが18項目の中の2項目しか覚えていないなんてありえないことだと思う」


 相川のやつ、良い勘してやがる。まったく、勘の良いガキは嫌いだ。


「仕方ないだろ。それだけしか頭の中に入らなかったんだからよ!」

 

 キレるように言って、俺は逃げるように2階につながる階段へと歩いていった。これ以上、尋問されたらボロが出てしまいそうなのが怖かった。まさかあそこまで入念に調べられているとは。むしろ相川の方が俺のこと好きなんじゃないか?


「待って! 話はまだ終わっていない」


 階段を降りようとした時、再び相川が俺の肩に手を置いて引っ張る。俺はそれを振り払って相川に罵倒を浴びせようと思い、腕を思いっきり上にあげて彼女の方を向いた。

 刹那、勢い余ったからか俺は自分の足を絡ませ、背中越しに倒れそうになった。


 あ、やばい。これ死ぬやつだ。


 倒れる寸前、走馬灯のようなものが浮かんだ気がした。しかし、相川が俺に覆い被さったことでそれはすぐに破壊された。

 何でお前まで一緒になって落ちるんだよ。俺は前にいた相川の頭を胸に抱くとそのまま二人一緒に2階へと落ちていった。


「痛って……」


 幸い、頭を強打することはなかった。見ると相川の持っていたバッグがクッションのように頭に敷かれていた。あの状態でよく冷静に俺の頭にバッグを敷けたものだ。さすが無感情。パラメーターが全部思考に注がれている。


「相川……大丈夫か……」


 俺は胸の中で抱えた相川へと目を向けた。手を退けると彼女はゆっくりと状態を起こす。

 その瞬間、俺と相川は至近距離で互いの顔を見ることとなった。紺碧の綺麗な彼女の瞳が俺の瞳と交差する。きめ細やかな肌。柔らかそうな唇。シャンプーの心地いい香り。彼女の口から流れる吐息。それらの要素が合わさり、心臓の鼓動が強く打たれるのを感じた。

 

 相川は俺の顔を見るとすぐに顔を退けると状態を起こす。相川の咄嗟の行動に救われた気がした。あのままの状態が続いていたら、俺は危なかったかもしれない。


「ごめんなさい」

「いや、別に。助けてくれてありがとう」

「いえ、私が無理に引っ張ろうとしたのが原因だったから」


 相川とやりとりをしていると2階の教室から先生がこちらへと駆けつけてきた。大きな音がしたようで何があったのか見にきてくれたらしい。二人とも運よく大きな怪我はなかったので、そのまま一緒に帰宅することとなった。俺たちは帰路を分かつまで、最後の「さよなら」を除いて一言も話すことはなかった。


 分かれ道、彼女の帰る背中に目をやる。

 相川と顔が近づいた時は、冷静さを失っていたが、今になってあの時の詳細が蘇る。

 あの時、確かに相川の感情は『羞恥』そして『驚愕』へと感情が灯り、推移していた。


 3


 翌日。晴れと予報されていた天気は、昼頃にかけて曇り空となり、授業後には雨が降ることとなった。傘を持ってきていなかった俺は渡り廊下で外に目を向けながら黄昏ていた。

 昨日の件があったからか、図書室に行くのは憚られた。


 よりにもよって、あのタイミングで初めて相川の『感情が灯る瞬間』を見られるとは思いもしなかった。それにしても、羞恥と驚愕ってどれだけ俺に抱かれるのが嫌だったんだよ。それなら、わざわざ自分から来なきゃよかったのに。


 本当は教室にいたかったのだが、教室には星野たちが屯ろしていた。あいつらに揶揄われるのは勘弁願いたかったので、行く当てもなく渡り廊下の壁にもたれかかって雨が止むのを待っていた。


 雨を見ながら思い出すのは昨日の相川との話だ。

 相川が俺に「私のこと好きだったりする?」と言った時、不覚にも強く否定してしまった。人というのは、自分の思っていることを当てられると総じて反論したくなるものなのだろうか。それならば、あいつの言っていたことは違う意味だったのかもしれない。まあ、今更遅い話か。


「入江くん、何やってるの?」


 ボーッと雨を眺めていると、見知った人物の声に惹かれ、我に帰る。見ると相川の姿があった。昨日のことなんてなかったかのように、いつものように無の表情を浮かべて俺を見ていた。意識しているのは俺だけと言う構図に何だか気持ちがモヤモヤする。


「別に、お前に言う必要はないだろ」

「もしかして傘忘れたとか? 私の傘大きいから一緒に入る?」


 こいつ、本当に昨日のこと忘れやがったのか。相手は自分に恥ずかしい思いをさせた相手だぞ。それとも、こいつも俺を揶揄おうとしているのか。


「止むまで待つからいい」

「この後もずっと雨だよ。それにどんどん強くなってくらしい。雷も降るって言ってた」

「……悪いけど、入れてもらっていいか?」

「だからそう言ってるじゃない」


 仕方なく相川の言う通りにする。弱くなってから帰ろうかと思ったが、どんどん強くなっていくのならそう言うわけにもいかない。それに落雷中に外にいるのは流石にごめんだ。超低確率なのは分かっていても0%ではない限り、信用はできない。


 下駄箱で靴に履き替えると相川は持っていた赤色の傘を広げる。彼女の言っていた通り、二人入っても平気なほどの大きな傘だった。

 相川は傘を空に広げると俺の方を向いた。俺は会釈して、彼女の傘に入り、二人で校門へと歩いた。恋人でもない女子と相合い傘とは何だか複雑な気持ちだ。


「その、昨日の件なんだけど」


 校門を出て少ししたところで相川から話しかけられる。おいおい、俺を逃げられない状態にしてから揶揄う気だったのか。とんだ鬼畜野郎だな。俺は恐れながらも彼女の話を聞く。


「まだお礼を言ってなかったね。助けてくれてありがとう」


 身構えていたのだが、相川からの言葉は予想外だった。いや、冷静に考えていれば予想できていた言葉だったろう。


「いや、お前が先に助けようとしたんだから、礼を言うのはこっちだ」

「そう。なら、どういたしまして。怪我がなくて良かった」

「そこは謙遜しろよ。何で鵜呑みにするんだよ」


「入江くんが言ったから従っただけだけど。入江くんって面倒くさいタイプだね」

「あー、はいはい。面倒臭いタイプですよ」

「……それで、昨日の件なんだけどさ」


 まだ続きがあるのか。揶揄うのはここからってか。


「私、入江くんのことが好きだったみたい。だから付き合ってもらっていい?」

「……はあ!?」


 予想の斜め上をいく相川の言葉に思わず、大きな声をあげてしまった。

 いや待て。これも予想できたことではないか。あの時、彼女が見せた『羞恥』が俺への好意からくるものだとしたら確かに辻褄が合う。もしかして本当に俺のことを。


 いや、もう二度と同じ鉄は踏まない。

 まずは一つ気になったことを聞いておくとしよう。


「付き合うと言うのは置いておいて、何で『好きだったみたい』って推定なんだ?」


 俺がそう聞くと、相川は後ろや横を目で見る。俺も一緒の動作をしてみるが、特に何もなく、誰もいなかった。それが狙いなのか、安堵の息を吐くとこちらをもう一度見た。感情は相変わらず『無感情』だ。


「今から言う話は他の人には秘密にしておいてもらっていい?」


 相川の言葉に思わず心臓が跳ねる。女子に秘密の話をされるのは何だか照れる。


「ああ。と言うより、俺は友達いないから暴露する相手もいないけど」


 照れを隠すために、自虐に走る。相川は特に反応することはなかった。せめて嘲笑でもいいから反応が欲しかった。


「なら安心だね。私ね、アレキシサイミアって言う障害を抱えているの?」

「アレキシサイミア……何だそれ?」

「そっか。流石に一般の中学生が知っている単語じゃないよね。アレキシサイミア、別名『失感情症』。自分の感情を認知したり、感情を言葉で表現したりすることに対して障害を持っているの」


 相川の言葉に俺は驚いた。自分の感情を認知したり、感情を言葉で表現したりすることに対して障害を抱えている。だから相川の表情から読み取れるのは『無関心』なのか。ここ数ヶ月間、気になっていたことが解決して頭の靄が消えていくのが分かった。


「入江くんは私をよく見ているようだから知っていると思うけど、恋愛・ホラー・コメディーと感情を揺さぶる小説をよく読んでいるのは、自分の抱いている感情を理解する一種の療法的なものなの。でも、今のところあまり効果は見られなかった。でも、昨日入江くんが助けてくれた時、微かな感情を抱いた。胸がドキドキしていて。恋愛小説でよくある胸キュンって言う感じに似ていた気がした」


 羞恥からの驚愕っていうのは、胸キュンを感じたから起こった推移ってことか。多分だが、小説を読んだことで相川は場面での感情を理解している気がする。それなら、効果はあるんじゃないだろうか。


「今まで接してきた誰にも抱かなかった感情。だから私は入江くんのことを好きって思ったの。だからその、付き合って欲しい」

「話は分かったけど。答えはノーだ。きっと俺以外のやつでも、同じ気持ちを抱いていた」

「でも、初めてよ」

「他のやつに抱かれたことは?」

「……ない」

「なら、わからんだろ」


 状況によって感情を理解しているのなら、俺じゃなくても羞恥を抱いたはずだ。なら、それは別に俺に好意を抱いているわけではない。


「でも、相川のいう話は分かった。失感情症が相川の秘密か?」

「うん」

「なら、フェアに俺も秘密を話すよ」


 そう言って、俺は自分の目からコンタクトレンズを外した。相川はじっと俺の様子を見ていた。


「これ、見た目はコンタクトレンズに見えるけど、スマートコンタクトレンズって言って目に嵌める装置なんだ」

「それ、学校に持ってきちゃいけないやつだ」

「だから秘密にしておいてくれよ。お前に悪いようにはさせないから。このスマートコンタクトレンズには『Refa』っていうアプリが入っていて、人の表情から感情を読み取れるんだ」


「へー、すごい機能だね」

「だろ! それで俺はいつもみんなの気持ちを透視しているってわけ。ここ最近相川が俺に見られているって言ってただろ。その理由は相川の気持ちだけは透視できなかったからなんだ。お前が抱いている感情がいつも無関心だから、お前の気持ちが変わる瞬間をずっと観察してたんだ」


「そうだったんだ。あまり面白い結末じゃなくてごめんなさい」

「面白いことなんか期待しちゃいねえよ。興味があっただけだ。それで提案なんだけど、友達として付き合うってのはどうだ?」

「さっき付き合うのはノーだって」

「それは恋人として。じゃなくて、友達としてならいいってこと。友達として相川の失感情症の改善を手伝おうと思う。俺なら、一緒にいる間はいつもお前の感情を見てやれるから」


「……ありがとう」

「結構すんなり承諾してくれるんだな」

「最初に行ったのは私だもの。それに、入江くんの力で失感情症が改善できるのならば、嬉しい限りだから」

「そうか。じゃあ決まりだな」


「入江くんにこのことを話して良かった。揶揄われるんじゃないかと思ってた」

「そんなことするわけないだろ。特に相川にはよ」

「私には?」

「……何でもない」


 自覚症状なしか。まあ、そっちの方が俺にとってはありがたいかもしれない。


「とにかく、これで協力戦線の出来上がりだな。これからよろしく」

「ええ。よろしく」


 そう言って、相川は俺に手を差し出した。

 俺は彼女に差し伸べられた手を握りしめる。その手は雨の影響か、彼女の感情の影響か、とても冷たかった。いつかこの手が暖かくなるよう、彼女の感情を俺が灯してあげよう。


 感情を灯してもなお、彼女が俺に好意を抱いていると言ってくれたなら、その時は。

 俺の感情に同調するように、強くなると言われていた雨は少しずつ弱くなっていった。 

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