64 魔法使いの混乱
侯爵家の訓練場で、人前で使える魔法を披露した。
続いて騎士と真剣での模擬戦だ。こちらは引き分けか負け。原因もはっきりしている。
隠密3点セットを使えば有利になったが、体術のみではダメ。
ガンッ。
最後の対戦相手、侯爵様に大剣の上段切りを食らったとこだ。ヘラクレスガードがなければ頭が割れていた。
「参りました。全くかないません」
「いや、渾身の一撃でも、アヤメ殿は無傷ではないか。今、殺傷能力が高い魔法を使われていたら、何人でかかって行ってもバラバラにされる」
どよどよどよ。
「そんでも、やっぱすごいです」
侯爵様の顔も立ったと思う。
最後に若い魔法使いにせがまれて、エレキガン、ポイズンニードル、スライム酸、ウオーターガンの瞬時切り替えをやったら、なぜかウケた。
夜は食事会を開いてもらい、お礼に「極上蜂蜜」を渡した。
◆◇魔法部隊長ロジク◇◆
私の名前はロジク、カフドルス侯爵家に連なる男爵家の次男だ。継ぐ領地もなかったが、土魔法の才能を見いだされ、実力主義の侯爵家で魔法部隊のトップに立てた。
今、侯爵様の元を訪れ、騎士隊長ランスと3人で話をしている。
「ロジク、ランス、アヤメ殿の評価はどうだ。率直な意見を聞きたい」
「まず剣技の方から言わせて頂きますと、全くの素人でした」
「うむ。それはワシも思った」
「しかしアヤメ殿はふざけている訳でもなく、自分に迫る本物の刃をもってして、剣技を観察しているかのようでした」
「同意見だ。ロジクはどうだ」
「先に謝らせて頂きます。オスカー様のアヤメ像が余りに現実離れしていたため、嫉妬心というか、舐めてかかっておりました」
「実際にはどうだった」
「オスカー様に聞いていた以上でした。アヤメ殿は化け物クラスです」
「それほどか?」
「恐らく彼女は魔法を正しく学んでおりません」
「まさか・・」
「アヤメ殿は魔力を抑えてはおりましたが、魔力の練り方がなっておりませんでした。そうですな、あれが火魔法使いなら指先に火も灯りません」
「実際に魔法を撃ちまくったぞ」
「魔力操作の甘さを見て、侮ってしまいました。私の常識で彼女を計ったことが間違いでした。彼女が水魔法を使い始めたとき、瞬時に魔方陣を構築されました。そしてワンランク上の水魔法、見たこともない雷魔法、高威力の土魔法乱発。全て同じ速度で構築しました」
「確かに速かったな」
すべての魔法が同じ速度で構築される。剣士から見ればピンと来ないだろうが、魔法使いから見ると異様だ。
「魔力量も並外れていると思われますが、発動数がおかしいのです」
「おかしい?」
「はい、彼女は全部の行動を魔法で済ませておりました。あれほど純粋な魔法使いを見たことがありません」
「しかし、近接戦闘をしておったぞ」
「なんと言いましょうか。侯爵様と対戦するときさえ、アヤメ殿は武器も防具も用意しておりませんでした」
「いや、1度は短剣で騎士の剣を切った・・・・あっ」
「お気付きになりましたか。彼女が持っていたナイフは、土魔法で撃った刃先そのものでした。また防具も魔法かスキルです。魔力が循環しておりましたから、間違いありません」
「切れ味抜群で飛ばせるナイフ。プラスして剣でも切れない防具スキル・・」
「あれをいつでも発動できるのか・・」
「我々、魔法使いが驚異に感じたのは、魔法の多重起動です」
「ロジクは土と火の2属性持ちだが、同時起動はできるか?」
「出来ますが、ストーンショットを撃ちながらですと、指先に火を灯すのがやっとですな」
「彼女は何種くらいを発動させた?」
「3番目の騎士ケントと対峙したときですが、クロビカリする防具、武器の土魔法、身体強化を維持したまま、姿を消し、牽制の水魔法を撃ちましたよね」
「なんと5種同時か!」
「いえ、姿を消すときの反応からすると、光魔法ミラージュハイド、闇魔法隠密、もしかすると消音魔法まで使ったかも知れません」
「属性が違う7種か。どんな相手にでも対応できるな」
「それに加え、神経が切れたオスカー様の腕を治した回復魔法ですか」
「さらに時折見せた、大跳躍とダッシュスキルです」
あの場にいた魔法使いは誰も帰らず、詰所でアヤメ殿に関する議論を交わしている。
差し入れに高級な蜂蜜を大量にくれた。
アレを自力で捕ったのなら、危険なセチバの森の奥で活動していたということだ。
彼女は明後日から、「緑の地獄」と呼ばれるトレントの森に行くという。
恐らく散歩気分で歩いて来るだろう。
同行して彼女の強さの秘密を知りたい衝動に駈られているが、私では足手まといになるだけだ。




