48 ローズちゃんの誇り
マイリの街の領主、サハミ子爵邸に到着した。
ローズちゃんを助け、中の人間を皆殺しにするためだ。
今の私は早く走るためにヘラクレスガード、パピヨンマスク、身体強化以外は解いている。
だけど、「異形変身」はしてないのに、この建物の中の人間を殺したくてたまらない。
メイドだって執事だって殺してもいい。ローズちゃんをさらった側にいるやつは獲物だ。
子爵邸の扉は閉ざされているが、中が騒がしい。
嫌な予感がした。
門番が剣を抜いたから、スパイダーネット20発で門番ごと入り口を封鎖。そのまま「蜘蛛の糸」を塀の一番上に飛ばして、塀の上に立った。
眼前には、門から屋敷の間を通る優雅な装飾が施された50メートルの通路。両脇に花壇が作られている。
薄暗いが、その真ん中にいるのはローズだ。たった今、戦闘を繰り広げている。
彼女は両手に剣を持っていた。
「ローズちゃん!」
私の声にも気付かない。
余裕がないのだ。
何人もの男がローズの足元に倒れていた。
だけど、彼女には前に見た流れるような動きがない。
屋敷とは違う建物から兵士の後続部隊が出てきたが、今、彼女と戦っているのは1人。
もう闇色が強くなり、肉眼ではローズの状態かわわからない。
走り寄りながら「魔力ソナー」をかけて、声が出てしまった。
「ローズちゃん、足が・・」
体中にたくさんの切り傷。縛られた縄を強引に外したのか、両手首にひどい裂傷。水着は着けているが、破れている。
そして・・
そして右足の太ももに大きな刀傷がある。脛が曲がり、足首も辛うじて繋がっているだけだ。背中にも・・
足の腱どころか、体中を切られていた。
応急措置で布は巻いてあったが、太ももから血がにじんでいるのが分かる。
持っていた剣の1本は武器ではない。杖がわりに使っていた。
最後の兵士が剣を振り上げた。
「しぶとい女め、死ねえ!」
「ふうっ!」
私が辿り着く前に、ローズは左足1本で回転して敵の剣をかわし、横なぎの剣を兵士の首に叩き込んだ。
「げほっ、うぐっ、う、ぐぐぐ、はあっ、はあっ・・・・あ・・」
ローズはこっちを見て、初めて私に気付いた。
綺麗だった頬に艶がない。
「おう・・アヤメ、こんなとこで会うとはな」
「ローズちゃん。助けた奴に裏切られたのね」
「まあ、私が甘かっただけだ」
「そんな・・」
「それに、こんな奴らには負けていない」
「うん、うん」
「死んでも負けん」
「うん、うん、ローズちゃん」
「屈しない・・」
「ローズちゃんが、一番強い」
彼女を支えるように、正面から抱き締めた。
「・・アヤメには謝らないといかん。こんな体では、一緒に冒険者はできない。私の不手際でコンビ解消だ。すまん、本当にすまん・・」
「あやまら・・ないで」
助けに来た私の方が泣いている。
「・・アヤメ」
「ローズちゃん・・」
「来てくれてありがとう・・」
「遅くなって、ごめん」
「ありがと・・う」
ローズは体から力が抜けて、目を閉じた。
生気はなくなり、背中にはナイフが刺さっていた。
「ローズちゃん」
「・・・・」
「コンビ解消なんて許さない。絶対に死なせない」
座って彼女の背中のナイフを抜き、傷口に手を当てて抱き締めた。
「ごめんローズちゃん、足は血止めだけで許して。あとで時間をかけて治してあげる。まずは背中と内蔵にトカゲ再生。300回」
ゴキゴキッ、ゴキッ。ベキベキベキ。
ローズは致命傷を負っていた。だから背中からの傷を優先させた。
「トカゲ再生」は、その断たれて潰れた筋肉、骨、神経、内臓を引っ張って、強引に繋げていく。想像を絶する痛みにローズが悲鳴をあげた。
敵が迫ってきた。
「新スキル、ハサミ虫のロングテイル」
私の下半身が幅30センチの蛇腹状の平たい尻尾に変化して5メートルも伸びた。先端には、2本の刃が付いている。
子爵邸から何十人も兵士が出てきたが、10人ほどが最初に迫ってきた。
先頭の兵士が剣を振りかざした。ローズを抱いた私は無抵抗で座り込んでいるように見えるだろう。
私の変身に気付かず、表情は勝利を確信していた。
だけど、私の頭の後ろから、凶悪なロングテイルが現れた。サソリ魔獣が猛毒の尻尾を持ちあげたときのように、禍々しい輝きに満ちていた。
「なっ、ぎゃげっ」
ロングテイルは先頭の兵士を脳天から突き刺した。そのまま左に動き、兵士の頭を爆散させた。次は固まった3人の腹を裂きながら、刃を上に持ち上げた。
ボシュッ!ジャクッ!
動きが止まった兵士達を1人ずつ、速く的確な動きで仕留めていった。
次陣の兵士達は、怯んで10メートルほど下がった。
ローズの呼吸が、やっと落ち着いた。辛うじてだけど、戻ってきた。
「・・なんとかなるよね。一旦、避難させたい。お願い、ローズちゃんが入ることも認めて、「カプセルホテル」」
祈りながら、スキルを発動させた。




