45 復讐4人目に敗走
鬼の牙の4人目、ザハンの剣は鋭い。
手下は1人減らしたが、残り5人。さらにギャラリーは30人いて、異形変身はできない。
逃げ場がない高台で使っているのはヘラクレスガードだけ。
「姉ちゃん、首を落とせたかと思ったが、すげえ防御力だな」
「ありがと。自慢の魔道具よ」
「それにレベルが高いのか速さもあるが、ナイフの扱いも体さばきも素人だな」
「そこは否定できないけど、あなた方を倒すには十分よ」
「ほざけっ!」
猪突猛進を再発動して急接近し、短剣を振るったが、ザハンの剣で腕を巻き上げられて右胸に斬りつけられた。
「くっ、効いてない」
「固えな。だけど岩トカゲを相手にしてると思えばいい。同じとこを何度か切ってみるか」
キイン!ギン!キン!
何十回も私の右胸に斬撃が当たる。
「トノサマホップ」
高速の低空飛行でザハンに向かって飛び、右手で剣を振るった。
ギイン!
下から上に弾かれ、体は半回転して空中で仰向け。それを見逃すザハンではなく、私の右胸に向かって思い切り剣を振り下ろした。
どんっ。
「ぐうううう! 後ろにトノサマホップ」
距離をとった私だが、右胸を押さえて膝をついた。
「へへっ。やっと俺の剣がお前の体まで届いたな」
ぽたっ、ぽたっ、ぽたぽたぽた。
私の黒いボディーの足元にどんどん血がたまっていった。
「よし、女を捕まえろ」
「はいっ」
「今、捕まりたくないわね」
「後ろは激しく流れる川、横は直滑降の崖。逃げ場はねえぞ」
「仕方ない。捕まるより川だね」
胸を押さえたまま後ろを振り向いて「猪突猛進」を発動した。
「ひえええっ。怖い! やめれば良かった。けど見られてるうちは追加スキルは我慢。このまま飛ばないと」
ぶわっ。
「猪突猛進」で強制的に走らされ、10メートルの高さから急流へと豪快に身を投げた私。敵もギャラリーも何か叫んでいたが、聞こえない。
◆
30分後。
私は水から上がって草地で虫取をしている。
「新しい昆虫魔獣発見。ハサミムシ虫と青黒い大蟻だ。場所が変われば、新しい奴がいるな」
急流に飲まれたあと滝から落ちたが、「クラゲユラユラ」は簡単に水中から空中に体を脱出させてくれた。
実際には無傷で、やっと仕込みが完成した。
ダンガル商会は当然として、さらに後ろにいるこの街の子爵家を相手にする可能性がある。
私はカフドルス侯爵家の「恩人」らしい。その私が子爵クラスを殺して、普通にお尋ね者になるならいい。
だけど、侯爵家が私をかばうことかあれば、貴族間の軋轢が生じる。
で、敵も味方も私を探すという、面倒な追われ方をする。
そんなの私の頭の処理能力を越えている。
だから、「アヤメ」には一旦、退場してもらった。
「アヤメ」が重症を負って身を投げたところを40人近い人間が見ている。
あれだけ斬撃を浴びて、ヘラクレスガードに何の攻撃も通っていないとは思わないだろう。
血が胸から出たように見えたのは、空間収納「ガマ袋」を使った演技。胸を押さえたとき、用意していた大量のオークの血をガマ袋から取り出した。
もうすぐ日も暮れる。
今夜、ダンガル商会と長男ヤリステは「謎の生物」に襲われるのだ。




