38 ある子爵、毛根の危機
アヤメがマツラ子爵家のシヨーンと会って不快な思いをした直後のこと。
キタカ男爵家の三男セイルはマツラ子爵邸に向けて、単独で馬を走らせていた。
◇セイル◇
カフドルス侯爵家の次男、オスカー様から先日、ご自身が絶対的な保証人となる魔法メダルを発行されたと連絡を受けた。これは重要な話だ。
渡した相手は、色黒の女性で名は「アヤメ」。オスカー様一行を襲ったハイオーガを単独で討伐し、負傷者の手当てまでして一行を救った。
謝礼を申し出ると、二束三文にしかならない魔石1個を要求し、それを報酬として立ち去った。
去り際にオスカー様がメダルを渡し、その一点だけが女性との繋がりになっている。
そのクロビカリする聖女の話を聞いた侯爵様もいたく感動されたが、手がかりが少ない。
誰か「アヤメ」をラヒドに連れてきてもらえるなら、相応の礼をしたいという「お願い」もあった。
アヤメ殿には悪いが、男爵家三男が這い上がるチャンスだった。
話してみると、彼女は我々のことも気遣ってくれたし、話が通じるタイプだった。
侯爵家が客人として迎え入れようとしている探し人に、他家よりも先に会えた幸運。
丁重に扱い、ラヒドまで護衛として付いて行ければ、侯爵様から直々に取り立ててもらえるチャンスだと思った。
だが、今までも身分を傘に着て失敗ばかりしてきた、バカなシヨーンが高位貴族が魔法メダルを発行することの意味も理解しておらず、全部をダメにしやがった。
雇い主の長男だか、潰さないと気が済まない。
◆◆
子爵家に行くと、無礼は承知で子爵様に面会した。
来客中であったし、俺の態度に激怒して真っ赤だったが、俺の話を聞くと顔色が青くなった。
「セイルよ。何点か改めて確認したい。我が息子シヨーンは、メダルが本物と確認した上で、アヤメ殿に暴言を吐いたのだな」
「はい。そのためアヤメ殿は、オスカー様のメダルには1ゴールドの価値もないんだ、とあきれられておりました」
薄くなった子爵様の頭頂から、何かがパラパラと落ちてきた。
「そして護衛騎士に向かってアヤメ殿を斬れと、はっきり命令したのだな」
「はい。それに対してアヤメ殿は瞬時に武器を取り出しました」
「もし、戦っていたら勝てそうだったか」
「アヤメ殿の立ち姿は完全な素人でした。しかし、殺気を向けられた瞬間、裸でメガスズメバチの巣に放り込まれたような感覚に陥りました」
「・・ハイオーガの単独討伐は本当のようだな」
「間違いありません」
「一番の問題点だ。そのアヤメ殿は今、オスカー様のメダルを持っていないのだな」
「メダルはマツラ子爵家に盗まれた。なので、自分とカフドルス侯爵家との縁は切れたとおっしゃいました」
子爵様の髪がさらに落ち始めた。
「セイルよ。侯爵家の使者殿が、そのアヤメ殿は「侯爵家の恩人」と申された」
「それほどですか・・」
「医療にも長けており、瀕死の怪我人を治す「ついでに」、オスカー様の動かなくなっていた右腕まで治したという話だ」
それほどの「大物」をシヨーンのせいで逃してしまったのか。
「縁を持ちたかったのはアヤメ殿ではなく、侯爵家の方なのだ。そのわずかな繋がりがオスカー様のメダルだったのだ」
「その「細い繋がり」をシヨーン様がマツラ子爵家を代表してぶったぎった格好ですね」
そう、あの馬鹿シヨーンは侯爵家に喧嘩を売ったようなものだ。
「うぐぐ」
「止められなかった私も処分を覚悟しております。ですが、アヤメ殿にはマツラ子爵家がオスカー様にメダルを返すように、と伝言を承っております」
ぱさっと子爵様の頭から毛が落ちた音がしたあと、子爵様は武装した騎士にシヨーンの拘束を命じた。
そしてメダルを取りあげ、親子揃ってラヒドの侯爵家に旅立った。
俺も一緒だ。
ただ、俺は一か八かだがチャンスを狙っている。
子爵様には悪いが、事件の直後、一緒にいた信頼できる護衛騎士ナグに、俺の実家であるキタカ男爵家に走ってもらっている。
父上は聡明な方だから、ナグの話を聞けばすぐに動く。
そして子爵家一行がラヒドに到着する前に、「クロビカリ聖女発見、そしてメダル盗難劇」を侯爵家に伝えてくれるだろう。
そうすれば、少なくとも実家は悪いことにならないと思う。
アヤメ殿は侯爵家を訪れる気がしてるし、再開できれば男爵家三男も夢を見るチャンスがあるかもしてない。
シヨーンのことだか、問題はない。どうせ子爵家には直系男子が5人もいる。シヨーンは長男というだけの無能な問題児だ。
この一件が引きがねとなって、奴が廃嫡されるのを楽しみにしている。
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