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【地球儀】

作者: 笹


ーー安全を確認、ロックを解除します。


 機械音のアナウンスが流れ、前の扉がスライドして開く。

「こんな厳重に管理してるんですね」

「これから見るものを知れば、「この程度でいいんですか」と言いたくなるぞ」

 所長はこちらを一瞥すらせず、眉間にシワを寄せたままそう言った。

 長い廊下を歩いていく。一面が白で、かれこれ10分は歩いている。気がおかしくなりそうだ。

「ついたぞ」

「あれですか」

 長い廊下の果てには、廊下同様一面が真っ白の大部屋の中央に、美術館の展示物のように、ショーケースに入った地球儀が鎮座していた。

 近づいてみると、地球儀はゆっくりではあるが回転しているように見えた。自動で動く機能がついているのだろうか。

また、ショーケースは非常に頑丈で、軽く叩いても中に衝撃が一切伝わらないような厚みと硬さがある。

「音一つ、中に届いてはならんのだ」

 所長は言う。

 ある日突然、この所長に「君になんとかしてもらいたいものがある」と言われ、招待も明かされぬまま、今に至る。

「いい加減、この地球儀が何なのか教えて下さいよ」

「察すると思ったのだがな」

 はぁ?と言いたげな表情だけ見せて、再度、地球儀を見つめた。

 いやにリアルだ。地形一つ一つ、山々や渓谷も非常に細かく作られているどころか、よく見れば国の都市部と思われるところにはビル群も生えている。

「すごい、力作ですね」

「馬鹿者が」

 所長に怒られたが、流石に冗談だ。もう察しはついている。

「この地球儀……というか、地球をどうにかしてくれってんですよね」

「そうだ。壊すわけにもいかなくてな。

 もしくは頭のおかしい連中が壊すやもしれん。ここだって安全が完全に保証されてるわけではないのだから」

 所長はわたしに今までの実験の結果を見せてくれた。

 それはこの地球儀を触っている映像と、一週間後に世界で起きた不可思議な現象の映像だった。

 そう、この映像は私も見たことがある。突然雲の上から巨大な指先が現れて、エベレストの頂上を少し触って引っ込んだのだ。

 次の映像。太平洋の真ん中に突如空から巨大な「ペン」が落下し、沈んでいった映像。その事件の一週間のこの地球儀の映像には、ペンを地球儀に落下させた研究員の姿が映っていた。

 この地球儀に起きたことは現実に同様に影響を及ぼす。

 それ故、間違った人間に扱わせてしまえば、国を、いや人類をどころかこの星そのものを滅ぼしてしまいかねない。

 この危なげな代物の処分をこの所長は私に依頼してきたのだ。

「ペンキで赤く塗りつぶして地球じゃなくすればいいのでは?」

「君はこの宇宙に火星をもう一つ作りたいようだな」

 案①、却下。

「この回転軸から無理矢理外してしまえば自転が止まって、この地球ではないことになるから破壊できる!」

「回転軸から外すと、この地球の自転が止まることは検証済みだよ」

 案②、却下。

 検証映像を見せられた。


 せっかく2つも考えたのに、却下された。

 しかしこんなものどうしようもないだろう、何かをすればこの地球に影響を与えるのだから、処分の方法がない。処分イコールこの地球の処分だ。

 とりあえずはこのショーケースに入っていては対処のしようがない、と伝えて、ショーケースから地球儀を出してもらった。

 ちょっとの振動がこの地球では大地震になってしまうから慎重にだ。

「………」

 私は所長にお願いすることにした。

「所長、これを持って、この研究所近くの原っぱまで行かせてください」

「それで?」

「それで解決させます」

「……何も解決しなかったら、君には帰ってもらう」

「わかりました」

 そう言って、地球儀を持って私は研究所近くの原っぱに出た。

 顕微鏡と極細のピンセットを手にして。

「さてと」

 私は顕微鏡越しに自分の背中を見た。

 もちろん、そこに映っているのは、地球儀の上の私だ。

 地球儀の上の私は同じように地球儀を顕微鏡で見ている。もう片手でピンセットを使って、私は地球儀の上に存在する極小の地球儀をつまみ上げた。

 私はピンセットで間違いなく掴んだことを確信しながら、顕微鏡から顔を離した。

 さっきまで目の前にあった地球儀はなく、それは今上空にあった。

 上空から伸びたピンセットに摘まれている。この地球ではなく、地球儀が、だ。

 私は今右手のピンセットで抑えている極小の地球儀に、力を入れて、破壊した。

 同時に、上空で巨大なピンセットに挟まれていた地球儀も同様に破壊された。

 この地球に影響はない。

 地球儀を通して、この星に影響を与えるのなら、地球儀の中にある地球儀を破壊すれば、自ずとこの地球における地球儀も破壊される。

 地球に影響は出さない。

 あくまで地球儀に影響が出るように動いたのだ。

「なるほど、その地球儀自体に何かをしたらこの星に影響が出るのなら、地球儀の中の地球儀を壊せばよかったということか」

 所長は満足げな様子だった。

 しかしその笑顔はすぐに止まった。

 不安げな顔で所長は語る。

「だが待て。地球儀の中の地球儀を破壊したことで、地球儀も破壊されたとしたら、この地球も、上位の存在からしてみれば地球儀なのだろう。だとすれば、この星もまたもっと巨大なピンセットで……」


 答えは、一週間後にわかる。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章が丁寧であり、ストーリーも独創的でとても面白かったです。 一週間後の地球がどうなったのかも気になります。 [一言] 拝読させて頂きありがとうございます。
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