椎名 賢也 88 迷宮都市 地下11階 シルバーウルフのマント&新メニューのシチュー
誤字脱字を修正していますが、内容に変更はありません。
日曜日。
教会の炊き出しを済ませ、子供達へりんごを土産に渡して見送ったあと、華蘭へ寄るためにホームへ戻り、服を着替えて再び異世界にやってきた。
注文したシルバーウルフのマントを受け取りに行くのが嬉しいのか、沙良はルンルン気分でスキップをしながら移動している。
そんなに毛皮のマントが欲しかったのか?
俺は正直、毛皮で作られた物を着るのは、ゴールドのネックスレスを着けた強面の人や成金のイメージが強いので、あまり着たいとは思わなかった。
それより肌触りが良く軽いカシミヤのほうがいい。
それに雪が降らない異世界では、そこまで防寒する必要性を感じないんだが……。
華蘭に入ると、いつもの老紳士が対応して来客室へ案内される。
それほど待たされる事なく、老紳士が仕立て上がったマントを手に入ってきた。
「いかがでしょうか? 歴代でも最高の仕上がりとなっております」
俺達によく見えるようマントを広げ、誇らしげに聞いてくる。
銀色の毛皮は艶々と輝いており、見るからに金が掛かってそうだ。
そして派手すぎる……。年若いC級冒険者の俺達が着れば目立つだろうな。
これは完全に貴族仕様のマントだ。
沙良が着たら金持ちの娘に思われて誘拐されるんじゃ……。
そんな俺の心配を他所に、妹は目の前のマントを見つめ目を輝かせている。
「とても素敵ですね! 職人さんに感謝します」
そして満面の笑みを浮かべ、お礼を言った。
「ありがとうございます。またいつでも、ご注文下さい」
沙良が満足したのが分かり、老紳士も嬉しそうな様子を見せ頭を下げる。
沙良はホクホク顔で3枚のマントを受け取り、アイテムBOXに収納していた。
店を出て直ぐ、沙良がマントを取り出し着てみようと言う。
ここで断ったら機嫌を損ねるだろうと、渋々ながら了解した。
それに沙良が独りで着るより、3人一緒のほうが危険は分散されるだろう。
3人を同時に誘拐するのは難しいし、道の途中なら人の目もある。
俺は渡されたシルバーウルフのマントを何気なく羽織り、その軽さに目を瞠った。
毛皮は重いと思っていたが、魔物の毛皮は違うのか?
「見て見て~、凄くゴージャスだよね~」
マントを着てはしゃいだ沙良が、その場で一回転して見せる。
セレブ気分を味わっていそうだな。
「わぁ~、思ったより軽いね~。沙良ちゃんは貴族みたいだよ!」
旭はそう言って沙良の姿を褒め、手を叩く。
だから問題なんだろうが! 呑気に見惚れてる場合じゃない。
すれ違う人々の視線が刺さり、俺は落ち着かない気分で周囲を警戒した。
幸い沙良を知る町の人は、俺達が身の丈に合っていないマントを着ていても微笑ましく思っているようで、襲ってくるような者はいなかった。
子供達の支援を積極的にしているからか、俺達に対する態度は好意的なものが多い。
冒険者だと分かっているので、多少散財しても不思議に思わないんだろう。
実際は毛皮を持ち込み、仕立て料を無料にしてもらったので金は一銭も払っていないんだが。
安心した傍から、今一番会いたくない人物がやってきた。
「そのマント、どこの店で売っているんだ?」
警戒対象のエンダが、俺達が着てくるマントを目敏く見付け声を掛けてきたのだ。
旭の顔に僅かに緊張が走る。
もし沙良からマントを奪おうとしたら、その瞬間に蹴り倒しそうだな。
「華蘭に売ってますよ」
沙良は端的に答え、足早にその場を立ち去る。
素直に店の名前を教えた事で、これ以上の接触は避けようとしたのだろう。
俺と旭も置いて行かれないよう、あとに続く。
エンダの登場に、それまで機嫌の良かった沙良が気分を害し不機嫌になる。
無言で肉うどん店まで歩き、その手前でマントを脱いだ。
このまま店に入ったら、従業員の母親達が腰を抜かすかもしれないしな。
休日で客のいない店内には、母親達がテーブルと椅子を片付けたのか何もない。
部屋を広くして子供達と遊んでいた。
「こんにちは~、新しいメニューは決まりましたか?」
そこに顔を出した沙良が声を掛ける。
「オーナー! いらっしゃいませ。私達も考えてはいるんですが、中々決まらなくて……」
何だ? 肉うどんの他にも料理を出す心算なのか?
「それじゃあ、次はシチューにしましょう!」
「シチューですか?」
「シチューって何?」
親子が口を揃えて料理名を聞き返す。
あぁ昨日シチュールウをトレイから外したのは、店の新メニューにするためだったのか……。
肉うどんが昼前に売り切れるので、別の料理も出す事にしたらしい。
「作り方は、あとで教えますね。それと今日は報告があります。皆さん頑張ってくれているので、今月から給料を銀貨10枚(10万円)に上げようと思います。これからも励んで下さいね!」
「オーナー……、ありがとうございます!!」
毎月銀貨5枚だった給料が一気に倍の銀貨10枚になると知り、母親達が歓喜して沙良にお礼を言う。
俺と旭は何も聞いてなかったが、元々店の経営は沙良に一任している。
赤字が出ない限りは、口を挟まないと決めていた。
沙良の教えた味を守り、毎日肉うどんが売り切れになっているのが頑張っている証拠だろう。
俺は炊き出し時のスープを何回か作り、毎回同じ味にするのは難しいと分かっていた。
その店の利益を従業員に還元するのは、理にかなった経営方針だしな。
夕方まで俺達も子供達と遊んでやり、母親達にいたく感謝される。
沙良が属性スライムの魔石を子供達へ渡し、将来店の手伝いが出来るようにと算数を教えていたのに感心した。
色違いの魔石の数を数えさせたり、皆に平等に配る方法を覚えさせていたのだ。
腕相撲で子供達に勝っていた旭とは対照的だな……。そこは大人として負けてやれよ。
病弱な妹の雫ちゃんしか面倒をみた事がない旭に、やんちゃな子供達の相手をするのは勝手が違うとは思うが、勝ちを譲らないと子供達が泣き出すぞ?
沙良は負けず嫌いだったから、俺が勝つと直ぐに泣き出したからなぁ。
茜は勝つまで止めなかった。逆に手加減されていると知ると、怒って手が付けられなくなった。
双子達は勝負に興味がないのか、勝っても負けてもニコニコと笑っていたが……。
弟妹の子供の頃の様子を思い浮かべて、個性的な性格だったと苦笑する。
皆、長男の俺の言う事は良く聞いてくれたから、世話を焼くのは楽だった。
夕食は、沙良が母親達と作った牛乳なしのシチューとオムレツだ。
ここでも堅いパンを食べる事になってゲンナリする。
牛乳の入っていないシチューは少し物足りない味がしたが、普段安全地帯で飲んでいるスープよりは格段に美味い。
とろみもあるから、肌寒いダンジョン内で飲めば体が温まるだろう。
「シチューのルウは秘伝です。こうやって、シチューにパンを浸して食べても美味しいですよ~」
沙良がすき焼きのタレと同じ事を言い、子供達が食べ易いようにと、小さくちぎったパンをシチューに浸し食べて見せる。
それを見た子供達が真似して、ちぎったパンをシチューに入れ食べていた。
「お姉ちゃん。この真っ白なシチュー? 美味しいよ! 僕、お代わりしたい!!」
「沢山あるから、好きなだけ食べてね」
母親達も、店の新しいメニューになるシチューを気に入ったようで、頷き合っていた。
高価な卵を使ったオムレツは滅多に食べられないため、子供達が慎重にスプーンを使って口に入れる。
直ぐに食べてしまっては勿体ないと思っているのだろうか?
シチューは冬季限定で1日50食。パンが3個ついて鉄貨8枚(800円)だ。
よく食べる冒険者も満足出来る量がある。
俺は、この世界の堅いパンを3個も食べたら顎が疲れそうだが……。
帰り際、沙良が計算に使った属性スライムの魔石を子供達にプレゼントしたので、母親達は恐縮しきりで勢いよく頭を下げていた。
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